Chapter3 重なるHoney Fanny! Music! 3話

2階からジャコウが降りてくると、キリとロワンが心配そうな目をして近くに寄ってきた。


「あ、ジャコウ様…!なんかさっきフィチカのヤツが喚きながら降りてきて『みんな大嫌い!』とか言って出て行きましたよ。何かあったんですか…?」

「……オレが悪い」

「え?」


ジャコウはキリの肩を叩いて頷くと、「仕事戻るわ」と言いながら厨房に戻っていった。

ロワンはキリに軽く会釈してからそれに続いた。


「ジャ、ジャコくん、ほんとどうしたの?」

「いい、オレが悪いんだ。そのうちなんとかする――」

「だめ!言いなさい!」


ロワンがジャコウの肩を両手で掴んでその身体を自分に向かせた。

ジャコウは心底驚いた表情で、瞬きを数回した。


「ジャコくんは器用でなんでもできる天才くんだから、俺に相談なんかしなくていいって⁉︎違うなら相談しろ‼︎いっつもこういうこと言うと寂しそうにするくせに‼︎言えよ‼︎じゃあ‼︎」


ロワンはそう言い切ると、肩を上下させて呼吸を落ち着かせるようにした。

ジャコウは呆然とした様子で、少しの間2人の間に沈黙が流れる。


「………ありがとう、ごめん」


その初めて聞く弱々しい声が、ジャコウのものと思えず、ロワンは驚いて顔を上げた。

ジャコウは僅かに下の方を向いたまま、唇を軽く噛んでいる。

ロワンは無意識に、彼の頭をそっと撫でていた。


「何があったの…?」


もう一度ロワンが聞くと、今度はジャコウはポツリポツリと話し始めた。





「え、それで……何…ジャコくんはふぃーちゃんに女の子紹介したの…?」

「いや……しようとしたら怒られた」


ロワンは唖然として、大きくため息をついた。


「そんな……マジか……ええ…ダメじゃん、出て行く先のサービスしちゃ…遠回しに邪魔って言ってるように聞こえるよそれ…」

「はぁ⁉︎そんなこと思ってるわけねーじゃん!オレはただアイツに嫌な思いしてほしくなくて…!」

「不器用か⁉︎」


ロワンはそうツッコミをいれてから、ハッとしてジャコウに詰め寄った。


「な、なんだよ…!」

「……もしかしてジャコくん…意外とお口は不器用…?」


ジャコウは酷く困惑した様子で「や、そんなはずは…」とモゴモゴ口を歪ませた。

ロワンはその様子を見てニヤニヤとし始めた。


「はは〜〜ん…ジャコくんはなんでも自分1人で出来ちゃうから誰かと会話する必要もそんなになかったわけだ…うんうん…だから他人の気持ちとかいつもと違ったりとかには敏感なのにそれを助けてあげようとしていつも失敗しちゃうやつだ……よぉ〜くわかったよ……ふふ、ふふふ」


ジャコウは珍しく何も言い返せなくなって、ただ唸るだけだった。


「俺は、ジャコくんみたいに視野が広くないし、自分のことで精一杯になっちゃうから人の気持ちに鈍感だけど、ジャコくんは人の気持ちやちょっとした違いがわかるけど、そんな人への接し方が実はそんなに得意じゃないんだね。なんか、ふふ、安心したよ」

「安心したっ……て…お前結構悪いヤツだな」

「物はいいようだけど俺もジャコくんだから正直に全部言うんだよ。だからジャコくん、もし俺のことを仲間として認めてくれてたら、何でも言って欲しい」


ロワンがジャコウの手を取る。

するとそこへ、ホールの仕事が片付いたキリが入ってきた。


「ジャコウ様、ロワン先輩!ランチタイム締めました!……ってなんか取り込み中…でした…?」


キリが首を傾げるのを見て、ジャコウは少し考えてから頷いた。


「お前も気づいてないようだからこの際話しておくか。これは、あくまで推測なんだが―――」





当てもなく飛び出してきてしまったことに少し後悔して、後ろを振り返る。

もうあの店は視認できる位置にない。

人々が道の真ん中で立ち止まっている自分を避けるためにちらちらと自分を確認しては通り過ぎていく。


前に向き直って、行き先があるフリをしながら歩く。

こんなの毎日のことだ。何も惨めじゃない。

歩きながらモバイル端末を慣れた手つきでタップし、耳に当てる。


(マリンチャンに電話………くそっ、繋がらないぃ…次はミイチャン……え、着信拒否⁉︎なんで⁉︎)


頼みの綱がなくなり、項垂れた。

ポケットを探って出てきたのは一食分の金のみ。とても宿泊なんてできやしない額だ。

ふと、ジャコウに最後掴まれた手を摩る。

しかし、すぐに首を横に振ってまた前に歩き出した。


(今までだってずっと1人ぼっちで生きてこれたんだ。もういい、結局離れていっちゃうんだから友達も恋人も、仲間も要らない)


フィチカは硬貨と既にくしゃくしゃになった一枚の紙幣を強く握りしめ、その手ごとポケットに突っ込むと足を速めた。



―――――



友達はみんな、ある時間になると"家族"という存在が迎えにきて、自分に手を振って、自分に見せたことがない甘えた表情でその存在と手をとって帰っていく。

ボクはいつも自分1人になってから、コミュニティと孤児院を掛け持っている先生と一緒に孤児院に帰る。

もちろん、そういった子はボク以外にもいる。

先生と一緒に、他のコミュニティの先生に挨拶してから孤児院に向かう。


これがボクの日常。

物心ついた時から、そうで。

何も不満はないし疑問に思ったこともなかった。

ただ、"家族"をあんなに疎ましそうに喋っているのに、一緒に帰る時はあんなにも幸せそうにしていて、よくわからない。

ただ、『自分は違う』ということだけわかった。


「せんせ、ボクのかぞくって、だれ?」


そう聞くと、手を繋いでいる先生は皆一瞬言葉に詰まる。そうして決まって言う。


「私たちが、フィチカくんの家族だよ」


でも、先生たちにだって家族、いるんでしょう?

そんなことは聞けなかった。

一回聞いたら、すごく面倒くさそうな顔をされたから。

ボクはいつも通りの答えだ、と思いながら、納得したふりをしていた。


いつも通り、夕食をとって自分の部屋に戻る。

自分のいる部屋は8人部屋で、2段ベッドが4つ置いてある部屋だ。衣服などは共用スペースのクローゼットから明日着る服を選んで部屋に持っていくことになっている。

ボクは服を腕に掛けて部屋の扉を開いた。

すると、みんなが団子になって集まっていた。


「どうしたの?」


ボクが声をかけるとみんな振り向く。すると集まりが開けて、真ん中にいる知らない男の子がボクに笑顔を向けた。


「はじめまして、今日からここで暮らすことになりました。マコトと言います。よろしくね」


ボクは妙に大人びたその少年の差し出してきた手を、ゆっくりと取り、握手した。





「マコトにい、13歳なの?すごい…大人なんだね…」

「あはは、全然だよ。でも、ここにいるみんなよりは一番上なのかなぁ」


マコトにいは物腰柔らかで、お兄さんな分、みんなから頼られてすぐに院の人気者になっていた。

ボクはそんなマコトにいと他の子達が眠った後で2人きりで夜空を見上げながら話す時間が好きになった。

マコトにいは背丈こそそこまで変わらなかったが、ずっとずっと大人に見えた。でも、マコトにいは院にいる時の方が少なく、いつもどこかに外出しているようであった。


ボクは、マコトにいにも聞いてみようと思い、あの質問をした。


「マコトにい、ボクのかぞくって、どこにいるのかな」


マコトにいは笑った。


「フィチカは、家族に会いたいの?」


ボクは考え込んだ。

それは会ってみたいとは思うが、会いたいとは特に思ったことがなかった。ただ、コミュニティの友達が家族にしか見せないあの表情を自分はしたことがなくて、ただ、家族に抱く感情がどんなものなのかが気になるだけだ。

でもそれを何と言えば良いのかわからず、ボクは唸りながら首を捻っていた。


「大丈夫、気持ちはわかるよ。家族って、定義は結構色々あるみたいだし、難しいよね……フィチカが家族だと思ってる人は誰?」

「えっ、えっと…」


考えたこともないことばかりでボクはしどろもどろになってしまう。


「マ、マコトにいは?マコトにいの家族は?」


なんだか言い返すような口振りになってしまう。マコトにいは薄ら微笑みを浮かべると、夜風に髪を靡かせながら、月の方に目を向けた。


「今はいないよ。ひとりぼっちだ」


ボクが何も返せないでいると、マコトにいは少し間をあけてからまた口を開いた。


「産んでくれたのは顔も知らない母親。俺は物心ついた時からずっと父子家庭で、世界中飛び回る父親の仕事にずっとついていってた。一応名前の通りカブキ出身なんだけど、殆ど記憶ないね。父親が何の仕事してたかはわからないけど、ある日このドギーに来た時ね、空港で俺がトイレに行っている間に、父親は俺を置いてどこかに行った。

俺を養うお金がもうなかったんだなぁ、と思ったし、父親と言えど生活する場所を提供してくれてただけで、まともに俺の名前を呼んでくれたことだってなかったし。特に寂しくはなかったよ。

取り敢えず俺だけじゃまだ生活できないから、ここに来たんだ」


マコトにいの話は、とても悲しいことに聞こえたが、マコトにいは何とも思っていなさそうだった。


「…ね、俺もフィチカと一緒。家族の良さを知らないんだ。父親には俺が1人である程度行動できるようになるまで面倒見てくれてたことに関して感謝しているけど。

俺は今、父親から離れられた今の方が、あの頃より幸せな気がするんだ。」


マコトにいの話は難しい。


「フィチカは、家族が欲しい?共同生活をする団体の単位として家族を捉えるのなら、ここのみんなは家族になるよ」

「ボクは………」


「…ボクは、家族のいる友達が、うらやましい。ボクだけの家族が欲しい。ずっと一緒にいてくれる、家族が、欲しい」


ボクの声は少し震えた。込み上げてくるものを押し戻すように唾を飲み込み、大きく息を吸い、上の方を向く。

マコトにいはそんなボクの頭を優しく撫でた。


「フィチカならいつかできるさ。大丈夫。だってフィチカはこんなにいい子だもんね」


マコトにいの手のひらの温かさでボクの中の氷が溶けたのか、涙が出そうになった。

そんな時、つい、言葉が溢れてしまった。


「マコトにいは…ボクの家族じゃないの?」


マコトにいは少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「俺は……16歳になったらここを出るから。フィチカとずっと一緒にいられないし、無責任になっちゃうからやめた方がいい」

「え、マコトにい、そんな早く出て行っちゃうの…?」

「うん!俺ね――」


マコトにいがそういってバルコニーから身を乗り出して次に手を伸ばしたので、ボクは慌てて彼に手を伸ばした。


「俺、世界一のアイドルになんの!16までにコミュニティの出席日数稼いで、卒業必須単位取って、さっさと卒業する!そしたらさ、フィチカ、毎日会えるよ!画面越しだけどさ!」


目を輝かせてそうはつらつと述べるマコトにいの表情は、見たことないほどあどけなかった。その瞬間は、同い年どころか年下に見えるくらい。


「なんで、なんで?アイドルになるの?」

「…約束したんだ。父親に内緒で外で歌ってお金貰ってた時、毎日見にきてくれたおじさんが。もっと眩しい場所で歌いなさいって、たくさんの人が必ず君を照らしてくれるよって、そう言ってくれたんだ。もうね、顔も覚えてないんだけど…俺、眩しい場所で歌ってみたくなった。何があってもそんな場所に行きたくなった。

……抽象的でごめんね。ていうかめちゃくちゃ喋っちゃったな」


ボクは、そう言って照れくさそうに笑うマコトにいを見て、ドンと突き放された気がした。


「……マコトにいならきっと、絶対できるよ。ボク、応援してる」

「ありがとう!フィチカ!……あー、もうこんな時間か。早くおやすみ。俺は少し勉強してから寝るから。」


マコトにいは元気よく手を振って部屋の中に降りると、寝室から出て行った。

吹き込んでくる風が急に寒く感じて、ボクは腕を摩りながらバルコニーから降りて、窓を閉めた。





マコトにいは、本当に16歳の誕生日を迎えた頃、院から出て行くことになった。

今日はマコトにいのお別れ会。ボクも3年経って少し大人になった。お別れ会は新しい『家族』に迎えられることになるか、院にいられる歳、18歳の誕生日を迎えて出て行くかの2択であったが、マコトにいのような例はこの院でも初めてらしい。

マコトにいが小さな壇上で別れの言葉を話している間、啜り泣く声があちこちから聞こえた。

ボクはこういう会の空気が苦手で、今までもお別れ会は何度かあったが欠席してきた。けれど、マコトにいのお別れ会には欠席したくなかった。


最後のブュッフェのお食事パーティーの時間、マコトにいから人が剥がれた瞬間すぐにボクは駆け寄った。

こうしないとマコトにいが人気過ぎて話ができずにパーティーが終わってしまうからだ。


「フィチカ!来てくれたんだね、嬉しいよ」

「マコトにいは特別だもん」


マコトにいがにっこり笑った。マコトにいとはあれ以来結局まともに話せなかった。毎日コミュニティが終わったら遅くまで勉強している日もあれば、出稼ぎに街に出て夜遅くに帰ってくる日ばかりだったから。


「そうだ。フィチカにプレゼントがあるよ。大したものではないけど」


マコトにいはポケットから、金色のリングを通したチェーンを取り出し、ボクの首にそっとかけた。


「……なぁに、これ?」

「俺が初めてお金を貯めて買ったアクセサリー。浮浪者の商い場で、ガラクタの中で光ってた、その中では1番高かったリング。俺の、最初の"夢"。」

「……夢…?」


ボクが見上げると、マコトにいは優しく微笑んで頷いた。


「……フィチカの家族になれなかったけど、俺は夢にすごく人生を支えられてるから、フィチカにも自分だけの夢を見つけられますようにって願いを込めて」


ボクが胸元で光るリングを手で摘むと、チラリと金色が光る。

夢を抱くマコトにいは本当に幸せそうだから、ボクが嫌だと引き留めてその夢を彼から奪うのは、気が引ける。

でもボクからマコトにいを奪った夢とかいうヤツを、ボクにもと言うマコトにいに少しイラッとしてしまう。

こんなもの、とリングをぎゅっと握りつぶすように握りしめる。


「夢の先で、また会おうよ、フィチカ」


ボクは目を見開く。


「君が見る夢の先に、きっと俺もいる。だから、そしたら、そのリングを俺に返して、君の叶えた夢を聞かせて。それで、俺のことなんか忘れてまたさらに先へ進んで欲しいな。」


ボクがゆっくり頷くと、マコトにいは安心したように微笑んでいた。

忘れるなんてイヤだけど、マコトにいに次会う自分は、きっと今のままじゃダメなんだなということははなんとなく感じていた。


「――難しいけど、マコトにいにまた会うために、ちょっと頑張ってみる」




――――




「…………夢なんて見つからなかったよ、マコトにい」



フィチカは路地裏のゴミだめで、金色のリング越しに狭い空を仰いだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MELODY FOR A⭐︎LIVE! 塩胡しょこ @syoko_yasou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ