Chapter3 重なるHoney Fanny! Music! 2話

「ウェスタンツリー?え、そんな遠くまで行くの…?店は…?」


ロワンの表情が不安気になると、ジャコウが少し怒ったように彼を睨んだ。


「…お前な。いい加減にしろよ。アイドルも料理もやってくって言っただろ。おい、アイドルは片手間にってか?趣味か?オレはお前のお手伝いさんじゃねえんだぞ」

「あ……えっと……そう…だよね…ごめん…そしたら店はその間休業しようか」

「当たり前だろ」


ジャコウが大きく息を吐いた。

ロワンは少し申し訳ない気持ちになり、目を伏せた。


(どっちもやりたいのは本当……でも、アイドルとか、本当にやったことなくてどうすればいいのかわからなくて…うんん、ジャコくんだって手探りなはず。だけどこんなに仕切ってくれる、何でもできちゃうジャコくんに頼りすぎたな…)


「ごめんね…ジャコくん」


ジャコウは黙ってモバイル端末を操作しながらキリとフィチカを見ているので聞いているのかどうかわからなかった。


「――キリちゃん、フィチ。今日は取り敢えず店を手伝え。それと、ロワン。明日は店休みにするぞ。これから店は結構閉まってる日増えてくると思うから、そのつもりでいろ」

「あ、うん…わかった!」


ロワンが少し言葉に力を入れて、自分を奮い立たせるように、そう返した。


「イヤだね」


フィチカがそう答えた時、店内の空気がピリつく。

キリは眉を寄せてフィチカの隣に立った。


「おい…どういうつもりだよ。お前自分からここに来たんだろ」

「は〜?てかボクはみんなにチヤホヤされるアイドルになるためにここに来たんであってウェイターなんてするつもりなかったしぃ。拒否権くらいあるっしょ。聞いてなかったんだからさぁ」

「それにしたって、この状況でお前だけ何もしないのはナシだろ。空気の読み方も知らないのか⁉︎」


詰め寄るキリに、フィチカは片目だけ開けて睨む。


「うっざ……したくねーことしたくねーって言って何が悪いわけ?」

「お前っ……!」


キリがフィチカに掴みかかろうとして、それをロワンが止めた。

思わずその時、ロワンはジャコウの顔を見そうになったが慌てて首を横に振った。


(すぐジャコくんに頼るの、やめなきゃ!)


「……ごめん、ふぃーちゃん。これは俺のやりたいことだから、ジャコくんも付き合ってくれてる側なんだよね。だからいいよ、大丈夫。」


ジャコウが少し顔を上げてロワンの方を見た。

フィチカはフンと鼻を鳴らして顔を逸らした。


「で、ボクはどうしてたらいいの?お部屋とかあるんだよね?」

「お前どこまで態度デカいんだよ!やることないなら手伝え!」

「だーからヤダっつってるだろ!」

「このアホ浮浪者!」

「今浮浪者関係ないでしょ‼︎」

「もうやめろ」


ジャコウが冷静にそう言い放つと、フィチカもキリも押し黙った。


「…フィチ、上の階にオレとロワンの部屋がそれぞれある。その奥の空き部屋、使っていいぞ。なんもないけどな」

「はぁいはい。お店終わったら呼んでね〜」


フィチカが欠伸をしながら上の階に上がっていくのを、キリは納得できないようで眉を吊り上げながら見ていた。


「ジャコウ様っ!納得いかないです!あいつのこと…俺、嫌いです。」


ジャコウは憤るキリの頭の上にポンと手を乗せた。


「オレらのために怒ってくれて、ありがとな。でもいいんだよ。アイツは多分………」


ジャコウは階段の上をぼんやり見つめてから、一つため息を吐く。


「……まぁいいや。キリ、しっかり働いてもらうぞ。しばらく元々手伝ってくれてたウェイターくんたちがいねえからな」

「も……もちろんです‼︎なんなりと!」


目を輝かせて見上げてくるキリに、ジャコウは少し苦笑いした。


「やめろとは言わねえけどさ…その、オレのことやけに敬うのなんなの?会ったことある?オレたち」

「あ、それ俺も気になった!」


カウンターの中で既に開店準備に戻っていたロワンも顔を出す。キリは少し照れくさそうに話し始めた。


「……実は俺、ファッションデザイナー目指してて、その時に購読してた雑誌でモデルのジャコウ様を初めて見た時、その、一目惚れしたんです。絶対この人の専属のデザイナーになりたいって…この人の魅力を最大限に引き出す服を、俺の手で作りたい一心であの時から努力を重ねて来ました。

ジャコウ様はすぐにモデルを辞めてしまったようでしたが…俺にはジャコウ様以上に目を惹く人にまだ出会えてません。

だから…ジャコウ様のライブと、このお店の求人を見た時は居ても立っても居られなくて…」


ロワンは口笛を吹いてジャコウを小突く。


「やるじゃんジャコくん♪ すごいラブコールだよ!」

「茶化すなよ………なぁ、キリちゃんよ」


ジャコウはキリに向き直る。


「……過去のオレがお前を引き寄せてくれたのなら、過去のオレに感謝すべきだけどさ。お前はオレの専属ファッションコーディネーターになったわけじゃない。RadAppleの仲間になったんだ。だからメンバー全員の魅力を最大限引き出す服を作ることを考えてくれ。オレだけじゃなくてな。もちろん、フィチの分もだ。」


キリは笑顔を曇らせ、少し考えてから、ゆっくり頷いた。


「………はい。」





「いらっしゃいませー!窓側の空いてるお席へどうぞー!」


キリはかなり要領よくホールで動いてくれている。

おかげでロワンも厨房で集中できるし、ジャコウの負担も減った。


「キリちゃん、すごいね!初日なのにチヒロちゃんとタユちゃんの分、じゅうぶん動けてるよね!」

「あぁ。助かるな。あとはあいつがどれくらいアイドルとして資質があるのか…」


ロワンは少し間を置いてから、ジャコウへ真剣な表情を向けた。


「……ねえ、ジャコくん。あの2人のこと、どう思ってるの?面接の時は『そうだな』しか言わなかったでしょジャコくん」


ジャコウは忙しなく動かしていた手を止め、手についた水を軽く払った。


「別に……間違ったことは言ってねえよ。お前の言った通りだったし。フィチは経験もあって結構客前での振る舞いはわかってそうだったが、あのマイペースさと態度じゃあこの先やってていくのは実際難しそうだ」

「マイペースさならジャコくんといい勝負だよね」

「オレは気を許せるヤツの前だけだよ」


ジャコウは突然ドキリとするようなことを言うから狡い、とロワンは思いながら少し照れたように頬をかいた。


「あ…ってことは、キリちゃんのことも…?」 

「ああ…アイツは歳の割にはしっかり者だし、なんでも器用にこなすから即戦力にはなる。ただ、感情的に動き過ぎるところと、あの性格じゃ――成長速度は遅いだろうな」


ロワンは少し驚いたように目を大きく開いた。


「え、なんで…?」


ジャコウは小さくため息をついてから、ロワンの額に人差し指をぐりぐりと押しつけた。


「その調子じゃあ、お前フィチの"アレ"にも気づいてないな…まぁいいや。店閉めるまではこっちに集中しようや」


ジャコウは再び手を忙しなく動かし始めた。

ロワンも手を動かし始めたが、少しジャコウと話す前よりも寂しい気持ちになっていた。





フィチカは指定された部屋の中にしばらくいたが、あまりの何もなさに、退屈を持て余していた。


(あ〜〜なにこれなんの拷問…?店手伝ってた方がまーだマシだったかも……でも今更行けね〜〜)


フィチカは冷たい床に寝転んだまま、顔を横に向け、床の埃を人差し指で掬った。


(ベッドがいいな…せめて……あ、そうだ)


フィチカは身体を起こして部屋の外に出た。

そして少し周りを確認してから、隣の、ジャコウの部屋の扉をそっと開けた。


「別にボクにそんな趣味はないけど……ベッド拝借しちゃうよぉ〜、オヤブンくん」


ジャコウの部屋はとても片付いていた。

言い換えれば簡素過ぎる、とも表せるほどに。

ベッド、机、ライト、クローゼット。部屋にあるものとして最低限のものしかなく、どれもシンプルなデザインのものばかりであった。


(へ〜…派手な見た目してるくせに…つまんね〜部屋………ん?)


机を二度見したフィチカは、窓際に写真立てがうつ伏せに寝かされているのに気づいた。

フィチカはそれに手を伸ばし、指が触れそうになった時、


「よぉ、いい趣味してんじゃん?」


フィチカはひどく驚いて振り向く。心臓の動きが大袈裟になるのを隠そうとそっと胸に手をやる。


「あ、いや、あの、これは………」


ジャコウが扉に手をついて、黙ってフィチカを見つめている。

フィチカは冷や汗をかき始めた。


「いいよ別に、大したものねーし。その写真立てだって…起こしてみろよ」

「えっ」


遠慮して手を引くが、ジャコウが顎をくいくいと動かして促すので、フィチカはおそるおそる写真立てを起こした。

起こしてフィチカは驚いた。なにも入っていなかったからだ。


「お、おい!なんも入ってない写真立て伏せとくなよー!」

「はっはっは、お前みたいなのが来たらプライバシーもくそもねえからなぁ?」

「くっ…!」


ジャコウはフィチカの元へ歩み寄り、その肩をぽんぽんと優しく叩くと、ベッドに座った。


「あの部屋マジでなんもなかったろ?当たり前だけどさ。いいぜ。少し休憩取れたから今お前の様子見に来たとこだったし、ちょっと話そうぜ、ほら。」


ジャコウが自分の隣を手で叩くと、フィチカは少し戸惑いながらそこに座った。


「……」


少しの間、2人ともなにも話さなかった。

沈黙に耐えられずフィチカが何度も咳払いをしていると、ジャコウが口を開いた。


「なぁ。お前、なんでオレの誘いに乗ってくれたの?」

「え?それは……別に、行く当ても特になかったし、気まぐれというか…」


もごもごと小声で目を泳がせながら答え、ふとジャコウの方に視線を向けると、彼は気だるげな姿勢だが真剣な眼差しを自分に向けており、つい視線を逸らしてしまう。


「……ほんとは、あんたの言う、居場所ってやつに、興味があったからだよ。」


「ふーん」と顔を覗かせてくるジャコウに、フィチカは顔を上げて少し反り返る。


「だーっ!ほんとだって言ってんじゃんかぁ!」

「いや、信じてるよ。だから聞きてえんだけど」

「な、なんだよ」

「お前さ、ここがその、"お前の居場所"でいいの?」


フィチカは言葉を飲み込み、ひくっと小さな音を漏らした。


「うちはレストラン兼アイドルって感じで今はやってる。ここは、そういう場所、なんだよ。お前が欲しいのがただ無銭で住める場所ってんなら他当たった方がいい。――女がいいなら、オレに何人か他の仕事してた時の友人がいるし紹介してやってもいいぞ」

「ボ、ボクは………」


フィチカは歯を噛み締めて立ち上がった。


「っ!てかなんだよ!お前が誘ったんじゃん!なんだよ他当たった方がいいって。居てほしくないのかよ!ボクに!」


ジャコウは面食らって少し慌てたような素振りをした。


「ち……違う!そうじゃなくて、オレは……」

「何が違うんだよ!あーあーあー!どーーせ誰だってボクから離れてくんだ!なら最初から近づいてくんなよ!もう期待して傷つくのも嫌なんだってば!」


フィチカはそう言い放つと部屋から出て行こうと扉に手をかけた。


「フィチカ‼︎」

「触んなバーーーカ!」


ジャコウが伸ばした手も振り払い、フィチカはそのまま走りさってしまった。

階段を下る音が遠ざかると、下で何か騒ぎが聞こえたかと思えば、それはあっという間に静かになってしまった。

ジャコウはその場に立ち尽くしていた。


(―――『アニキは、オレの気持ち、わかったつもりでいるだけでしょ』)



「……くそ」




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