Chapter3 重なるHoney Fanny! Music! 1話

「もう!いい加減出てってよ!」


暗い外廊下に蹴り出され、倒れ込みながら振り向いた頃には、声の主の女性は既に冷たい扉に変わっていた。


「……いーてて…あーあ…」


蹴られた背中を手で撫でながら、自分を受け止めてくれたゴミ袋を蹴って退ける。そうして自分の服についた臭いをスンと嗅ぎ、ため息をつく。

しばらくその後、退けたゴミ袋をぼんやり見てから自暴自棄になり、背中からゴミ袋に倒れ込んだ。


「つれ〜……永遠にお腹空くし……死んじゃいて〜…つーかもういつだよ最後に"ムジカ"として活動したの…何で生きてんだよボク〜…」


男はポケットの中を探ってモバイル端末を取り出す。


「あと残ってんのは………マリンチャンとミイチャンだけ…んやぁでも最後に会ったの2人とも半年前とかだしなぁ…」


顔の上に掲げたモバイル端末を見る目をそっと閉じて大きくため息をつく。


「このまんまここでお前たちと一緒にゴミになっちゃお〜かなぁ〜……あっはは…」


力なくそう自分を嘲笑って腕を下ろそうとした時その手を、誰かの、白く細いが、大きな手が掴んだ。


「お前今、ムジカって言ったか?」


男がその声の主へと視線を移す。

細か見えてしっかりと筋肉のついた長い腕、さらりと艶のある金色の髪、丸い黒のサングラスをかけているがその奥に美しい翡翠色の瞳を覗かせる男だった。


(うわ、モテそ………敵……)


ゴミ袋にもたれかかったままの男は顔を顰めた。


「……なんだよぉ、綺麗な綺麗なお顔のお兄サンがゴミ袋とお友達のボクに何の用〜?てか手ぇ離してってばぁ…」


サングラスの男は、そう言って離そうとする男の手をがっしり掴んで離そうとしない。


「離すわけねーだろ!こんなビッグチャンス!」

「はぁ…?」


サングラスの男は、掴んだ手をそのまま引き上げた。


「オレ、ジャコウって言うんだ。お前は?」

「え〜…知らない人に名前言いたくねぇ…」


(まぁ、もうボクの名前に価値なんてないしいっかぁ)


ジャコウに手を掴まれたまま、半身起き上がっている男は面倒そうに答えた。


「ボクは………フィチカだけど…」

「おっけ〜フィチカな!今すぐにでもオレたちのユニットにスカウトしたいとこだけどよ」


フィチカは怪訝な表情のまま少し首を傾げた。


「ユニット……って、アイドルかなんかなの?あんた」

「おっ、話が早くて助かるぜぇ。じゃあ端末貸して?」

「え、やだよ。ボクの女の子たち盗られたら困るんですけど」

「んなん興味ねェよ、いいから貸せ」

「んあ〜、まぁそれならいいけどォ…てかいつ手ェ離してくれんのさぁ」


ジャコウはフィチカのモバイル端末を手に取ると素早く何か打ち込んで返した。


「このまま連れ帰ったらお前の意志を無視することになるし、今ロワンに全部店任せてるところに連れてきたらお前まで怒られるだろうしよ。取り敢えず、お前の端末にオレたちの店の住所いれといたから」

「は?店?アイドルなんじゃないの?あんた」


モバイル端末を返してもらい、手も離してもらったフィチカはその場にへたり込んだまま、ジャコウを見上げていた。

ジャコウはフィチカから少し距離を取ると、ニッと笑って見せた。


「お前、居場所あんの?」


突然のジャコウからの思いもよらない質問に、フィチカは目を大きく見開いて言葉に詰まってしまった。

目を逸らして気まずそうな素振りをすると、ジャコウはそれを見て少しだけ優しく目を細めた。


「今さ、2人でやってんだけど。オレたち"2人とも"居場所がねえんだ。そんな2人が作った新しい居場所でもある。アイツはそんなふうに考えてねえと思うけど…少なくもオレはそう考えてる。」


フィチカはジャコウの話を思わず目を輝かせて聞いてしまった自分に気づいて、再び目を逸らした。


「は。いきなりなんの話な訳……」

「つまりは行くとこなかったら来なってこと!じゃな!オレ急いでんだったわ」

「ちょ、ちょっと!」


あっという間に光が溢れる街に消えてしまったジャコウの影をフィチカは呆然と目で追っていた。


「………居場所、か。」


フィチカはひとり、家と家の間の狭い頭上の空を見上げた。





(それにしてもいいもん見つけたな〜〜オレ。いろんなとこ見張ってるもんだなあ)


ジャコウは買い出しでパンパンになった買い物袋を頭の後ろで持って呑気に店までの帰路についていた。


(アイツのモバイル端末からアドレスも控えてあるし、もし店に来なくても鬼電してやろ。

……この3人でもいいけど、もう1人くらい居たら締まるんだけどな。あとメンバーはともかく、次のライブをどうするかについても計画しとかねえと―――)


思考を巡らせていたジャコウの目の前に、突然、足を止めた男がいた。


「――やっと見つけた。ひさしぶりだね」


ジャコウはその声に、ぴたりと足を止めて、その顔を確認し、表情を強張らせた。


「……北部から遥々何の用だ?仕事か?」


男は乾いた笑いをこぼした。


「いや、野暮用だよ。ちょっと…あなたとは別の人探しでね。あなたとは運が良ければ会えるかな〜くらいの気持ちでいたからさ、すごく嬉しいよ。"アニキ"」


ジャコウは男から目を逸らさず、黙ったままでいた。


「……なんか言ってよね。てかアニキ、今何やってるわけ?モデルやったり社長やったりさ、ほんと何でもできちゃうアニキが、なんで買い物袋なんて持ってるわけ?アハハ、落ちぶれちゃってさあ。めちゃくちゃ残念なんだケド」


ジャコウは少し目尻を吊り上げた。


「ごめんごめん!別に喧嘩売りたかったわけじゃなくてさ。今日会えたらちょっと耳寄り情報をあげたかったんだよね。見て見てこれ」


男がジャコウの元へ歩み寄って自分のモバイル端末の画面を見せた。


「西部のイベントなんだけど、ライブフェスがあるんだ。たくさんのアイドルを呼んで混合ライブをするらしいんだけど、出てみたら?参加費用はそんなに高くないし。それにね」


男は少し間を置いてジャコウに目を合わせた。


「オレも出るんだ」


男はジャコウの反応を待ったが、ジャコウは何も言わないままだった。


「はぁーあ。なんかオレばっか喋って興醒め…んじゃもうオレも忙しいからバイバイね。――あ、あともう一つ」


男はジャコウの肩を軽く押しながら通り過ぎた。


「…なんでムジカに、アイドルになったんだよ」


男の、低く威嚇するような声色に、ジャコウも背中を向けたまま口をぎゅっと結んだ。


「オレがなったら…何か困ることでもあるのか?」

「――っ!」


やっと発したジャコウの一言に、男は激しく怒ったような表情に変わる。


「……じゃあな。お前の元気な姿見れて良かったよ。オレも」


ジャコウは手をひらりと手を掲げて別れの挨拶を告げると、ゆっくりと再び歩き始め、彼から離れて行った。


男は爪を手のひらに食い込ませ、唇を噛み締めた。


「なんで………あんたはいつも……」



―――――



ラウンジ・ビートル、オープン前の朝。

ロワンはジャコウよりひと足先に起きて、料理の仕込みなど開店準備に取り掛かっていた。


2人で出る予定であったライブの予選で、ムジカの爆死事件があったことで予定が蒸発してしまい、少しばかり手持ち無沙汰になっていた。

ジャコウはあれ以来ものすごく店の力になってくれてはいるが、どこか上の空で、何か考えているようであった。


(……Rad Appleの活動、俺もちゃんと一緒に考えるべきなんだろうけど、何ができるのか何をしたらいいのかもわからないし…なんかジャコくんに悪いことしてるような気がするよ…)


テーブルを拭く手を止めて、ため息をついた。

そんな時、クローズの看板がかかっているガラス扉を、コンコンと叩く音がした。


「…ん?すみませーん!まだ準備中なんですー!」


ロワンが少し大きな声を出して扉の外に呼びかけると、こっそり顔を出した少年は、首を横に振って何か訴えかけるような目を向けていた。

ロワンは不思議に思って布巾を置くと、扉の方に向かって、扉を開けてやった。


「何かな?」

「あ、あの…っ!バイト募集中って書いてあったので…!」

「え、あ、アルバイト…⁉︎ちょ、ちょっとまっててね」


ロワンが中に入れて適当な椅子を引き、そこに座らせるとジャコウの名を呼びながら奥に消える。


「るせーなァ。そんなに必死で呼ばなくてももう起きてるよ」


ジャコウが首を回しながら下に降りて来た。

ふと、ジャコウと少年の目が合う。少年はたちまち目を大きく開いて輝かせた。


「…あ?何だお前。まだオープン前だろ」

「あ…あ…」


少年が口を両手で抑えてジャコウを見つめたままなので、ジャコウは少し困惑した表情になった。


「おいロワン……なんなんだぁこいつは…?」

「アルバイト希望の子らしいんだけど……取り敢えず面接する?どうせ即採用だし…会話ができるかどうかの確認だけ…」

「しっ!しっ!それじゃなんかここがブラックみてえだろ!」

「まぁまぁブラックだけどね現状…⁉︎」


ロワンとジャコウはひそひそと話した後一度、少年の方へ目を向ける。

少年はずっとジャコウを見つめている。


「な、なぁ……何でオレあんな熱心に見つめられてんの?」

「し、知らないよ…取り敢えずせっかく来てくれたしまだオープンまで時間あるし面接しない?」

「あのっ!」


2人は肩を震わせて驚いた。話に夢中になっている間に少年がすぐそばに来ていたからだ。


「俺っ!お二人の力になりたくて…!ついこの前、ムジカになりました…!そ、そんで…あの、歌にもちょっと自信あります!んで、あの、あのですね……俺の作った衣装を…着て欲しくて……ジャコウ様に…」

「え?」

「い、言っちゃった!いい今のは忘れてもらって……」


3人の間に微妙な空気が流れた後、ロワンが慌てて切り替えるように沈黙を割く。


「と、取り敢えず!お話聞こうか!ジャコくんもここ座って!お名前とか年齢とか、君のこと教えてね!」


ジャコウがロワンの叩いた椅子にどっかりと座ると、ロワンもその隣に座る。

少年も深呼吸してからそれに対面する椅子に座り直す。


「は、はい!えっと、名前は――」

「んちゃーす、ねえねえクローズって書いてあるけど開いてんじゃん。だいじょぶー?」


少年が名前から言おうと口を開いた時、ガラス扉からまた誰かが入って来た。


「あ…フィチカ!」

「え、え、誰ェ⁉︎」


紫髪の青年、フィチカが眠たげな表情で店内をぐるりと見回した。

その後、最後にジャコウに目を止めた。


「……来たけど」


ロワンはジャコウとフィチカを見比べて驚きを隠せない表情でいる。


「な、何〜⁉︎知り合い⁉︎どういうこと⁉︎」


少年は少し不機嫌な顔になる。


「…あの、誰ですか?今俺の面接中なんですけど」


少年がそう言うと、フィチカは彼を見据えて、不敵に笑った。


「何の面接〜?…もしかして、バイトの?ボクはね、アイドルしにきたの。がんばってね?」


フィチカはそう言うとロワンの隣に立った。

少年はさらに不機嫌そうになる。


「……あのさぁ、フィチカ…くん?初めましてだけどォ…ちょっとそんな煽んない方がいいんじゃない…?」

「ええ?そんなつもりなかったけどぉ」


ジャコウが突然手を叩いて笑った。

周囲が驚くと、ジャコウは全員の顔を順番に見てから口を開いた。


「フィチ、坊ちゃんの隣に座れ。いい機会だ。坊ちゃんに倣って自己紹介しろ。」

「ええ〜⁉︎なんでえ⁉︎」


少年はフィチカを見て鼻で笑った。


「あんたは自己紹介もできないんですか?お言葉ですが…こんなのと一緒にアイドルはやめた方がいいのではないでしょうか?」

「んなっ…!」


ロワンは2人の間の険悪な空気に、少し狼狽した。

フィチカは少年の隣の椅子に乱暴に座ると、腕を組み脚を組み、横目に少年を睨んだ。


「気を取り直して………俺は、キリ。歳は18歳。チャール出身です。さっきも話した通り…ジャコウ様に俺の作った衣装を…!じゃなくて、求人を見て、このお店で力になることはもちろん、RadAppleの仲間になりたくて、ここに来ました!そのために…ムジカにもなりました!衣装デザインは任せてほしいし、歌を歌うのもその、結構自信あるので!よろしくお願いします!」


ロワンは思わず小さく感心の声を漏らした。

ジャコウは頬杖したまま表情を変えない。


「ジャコくん、めちゃくちゃ立派じゃん!この子…ちまっとしてて可愛いし俺採用でいいと思うな〜」

「そうだなあ」

「何その適当な返事」


2人がこそこそと喋っていると、フィチカがスッと片手を上げて注目を集めた。


「はいはい!ボクの話も聞いてね〜?はろはろ!ボクの名前はフィチカ!そこのジャコウクンには一度会ってるから言ってるけどさァ。年齢は22!国籍は………あー…ドギーってことで!一応プロダンサーの経験はあるからムジカだよ!ジリ貧ですけどォ。あ、ボクは別にアイドルしたくて来たわけじゃないけど、まぁ行く当てもないし?てかボク、スカウトされたんだからもう決まりみたいなもんだよね?よろり〜ん」


ロワンは苦笑いをこぼした。

ジャコウは頬杖したまま表情を変えない。


「ジャコくん…申し訳ないけど何でこの子スカウトしたの…?ムジカ愛護団体なの…?」

「そうだなあ」

「だから何その適当な返事⁉︎」


ジャコウは静かに立ち上がり、2人を交互に見た。


「…よし、キリちゃん、フィチ、ともにごーかく。今日からよろしく頼むぞ。」


キリはパッと顔を輝かせて何度も感謝を述べた。

フィチカは当然とでも言わんばかりに鼻を鳴らした。


「あとフィチ、お前はアイドルだけじゃなく、ウェイターもやってもらうぞ。常に人手不足だからなここは」

「は〜⁉︎それ聞いてないんですけど⁉︎」

「今言った」

「うわ〜‼︎聞いちゃったんですけど‼︎」


頭を抱えて駄々をこねるフィチカをキリが嘲笑いながら小突く。


「これからよろしくな〜!えっと、バカチカだっけ?」

「フィチカ‼︎わざとだろ!かわいいのは見た目だけだね、キリちゃん?」

「はぁ?お前はキリちゃんて呼ぶな!」

「あー!照れてんの?カワイー、キリちゃん♪」


お互い遠慮がなくなった2人は大声で喧嘩を始めてしまった。


「な〜〜んか急に賑やかになったねえ、ジャコくん…」

「いーんじゃね?キリちゃんなんかは衣装作ってくれるってことだし、フィチはフィチで経験者だからあんなんだけど頼りにはなるだろ」


ジャコウはモバイル端末をいじりながらロワンに回答し、少し間を置いてから「それより」と横目にロワンを見た。


「次のRad Appleとしての活動を決めた。この前聴かせたあの新曲をこの4人で歌うぞ。場所は……」



「――西部、ウェスタンツリーだ。」



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