Chapter2 希望と灯りの星空 エピローグ


「――それじゃ明日帰るので、バイトには明後日から復帰できると思います!」


テレビ通話越しにロワンが手をひらひらと振って笑って見せた。


『いやいや、もっとゆっくりしてきてもいいんだよ〜?』

「でも、今2人ですよね…?お店大変なんじゃ…」


チヒロの隣でタユが心配そうな顔をした。

チヒロとタユは今、チヒロの実家からロワンに通話を繋げていた。リージアはその様子を少し遠くからモバイル端末をいじりながら聞いていた。


『……それがさ、新入り入ったんだよ。しかも2人!』

「ええっ⁉︎」


タユとチヒロがあまりにも大きな声を出すので、リージアは肩をびくっと震わせた。


「ふ…2人ってことは…2人とも普通のアルバイトですか…?それとも……」

『そう!「RadApple」の新メンバーでーす!』

「えーーーっ!」


チヒロとタユが思わず画面に顔を近づけて大きな声を出す。

リージアはイライラしたような顔をして2人の方に視線を送っている。


「ど、どんな、どんな人たちなんですか…⁉︎年齢とか…!」


チヒロが目を輝かせて聞くと、それに反してロワンは苦笑いして気まずそうにした。


『……1人はたしか、18歳。もう1人は…21歳だった…かな…』

「へえ〜!みんな年上だ……っていうかなんか歯切れ悪くないですか…?」

『そうなのっ!聞いてよチヒロちゃん!』


待ってましたと言わんばかりにロワンが食らいついて来て、今度はチヒロとタユが面食らった。


『2人ともさぁ、すっごく才能に溢れてて個性強いアイドルなんだよ…!でもね、でもだからこそ……今めっっちゃめんどくさいことになってるんだよね……⁉︎』

「……やっぱり早く帰った方がいいですよね…?」

『ぐぬ………ごめぇん…そうして欲しいぃ…』


そのロワンの声に応えるように、何やら賑やかな声が聞こえてきた。


『ジャコウ様!またこいつ逃げてました!』

『ぐぬぁ〜!離してよキリちゃん〜!』

『よし!出口を塞げ!』


ロワンは後ろの方を振り返り確認した後、大きなため息を一つついた。


『……こんなだからさぁ〜…ていうか俺らもそろそろライブしないと…ジャコくんは顔に出さないみたいだけどもうお腹空いてヘロヘロ…』

「だ、大丈夫ですか…?」

『…うん、一応予定は立ててる、から…』

「そうなんですか…⁉︎見に行きたい…どこでやるんですか?」


ロワンが手元を何やら探ってから何か見つけたように一点を見つめながら答える。


『えっとね、ウェスタンツリーなんだよね!だからちょっと出張することになるんだけど……ちょっと後ろうるさーい!今電話中!』


ロワンが後ろに向かって大きな声を出すと、誰かの足音が近づいてきた。


『ちょ、ジャコくん…ぐえ』

『よぉ〜!若い衆!久しぶりぃ』


ロワンを押し退けてジャコウが画面いっぱいに映る。


「ジャコウさん!すみません全然シフト入れなくて…!」

『んなん気にすんなよ、お前たちの本業だろ?さっさとうちの店なんか出て専念できるようになれよなぁ』

『ちょ、ちょちょちょ!何言ってんのジャコくん⁉︎』


ジャコウは何か色々不平を捲し立てるロワンを軽くあしらって続ける。


『配信、観てたぜ。"あんな"ことあったあとだったし正直メンタル状態とか心配だったけどお前らはすげえな。なんだっけ、今アーカイブ大盛況だよな?』

「えっ?」


目を丸くしているチヒロとタユに、「知らないのか?」と同じようにジャコウも目を丸くした。

リージアが奥からモバイル端末の画面をスワイプしながら2人のもとに近づいてくる。


「…生配信が閑古鳥だったから油断してた。ライブの次の日からめちゃくちゃ有料アーカイブ閲覧者が増えてる……に、2万人…⁉︎」

「ええっ⁉︎」


画面の向こうのロワンも驚いてジャコウの方を見る。


『え、じゃあ大儲け…ってこと⁉︎』

『お前言い方な……でもたしか初回だし規模小さいからめちゃくちゃ安かっただろチケット代。ランチ食えるくらいの値段』

『え〜…でもでも、2万人も来てるんだったら、スタスタは次のライブもっと豪勢にできるんじゃない?』

「ど、どういうこと……」


チヒロとタユは喜ぶどころか状況が読み込めずリージアのモバイル端末の画面を見つめたまま口を開けている。


「アーカイブは取り敢えず5日間残るからあと3000人は乗るかな…どうやら"楓"のリーダー、ヨシナがライブのレポート載せたのが発端みたいだぜ」

「かえで…?」

「タユ知らねーの?今世界で3本の指には入るほどの人気アイドルユニットだぞ」

「ご、ごめん…まだアイドルにはそんなに詳しくなくて…」


リージアがそのヨシナのレポートを画面に映し出すと、長い文章の下に、灯籠のたくさん上がった夕闇の空に光の燕とその軌跡が美しく映っていた。


「お忍びだったみたいだぞ。お前見た?チヒロ――」

「あーーーっ‼︎」


チヒロが突然大声を出して、周りは驚いて静まり返る。


「うるっせえな!なんだよ⁉︎」

「顔が影になっててよく見えなかったしいつもと格好も違かったから…っ!でも見たことある気がしてた、あのめちゃくちゃ綺麗なお兄さん……!嘘でしょ⁉︎サイン貰っとけばよかった‼︎」

「え、え…?」


喚くチヒロにタユとリージア、画面のジャコウとロワンも戸惑いの表情を浮かべている。


「僕…会った…人生のアドバイス…してもらった……」

「は……?」





晴れの日の光を受けて暖かい木の色を反射させている縁側に、はらりとサクラの花びらが一枚落ちてきた。


「おや」


その様子を部屋の奥で見ていた長髪の麗人は静かに腰を上げた。

畳に足を擦りながら歩き、縁側に出る。

落ちてきた花びらを摘み上げると、麗人は空を見上げ微笑んだ。


「ヨシナ」


ヨシナと呼ばれた麗人が振り向くと、1人の背の高い男が立っていた。


「カツラ……ふふ、今日は何も悪いことなど考えておりませんよ。誓ってのんびり過ごす日です。……お茶でも淹れましょうか」

「いや違う………くはないが。また急に抜け出されてプチ行方不明になられても困るしな。それに関連しての話にはなるが。なんでお前このユニットにこんな肩入れするんだ?」


カツラと呼ばれた男は、ヨシナに自分のモバイル端末の画面を見せる。そこには『STAR☆STARTER 1st LIVE アーカイブ』というタイトルの動画のリンクが貼られた記事が映っていた。


「内容は見た。たしかに歌の出来もパフォーマンスもデビューしたてのユニットにしては良い…が。ヨシナが何か言わなければ埋もれていただろう。大体こんなユニット、どこで見つけてきたんだ?」


ヨシナは不思議そうな顔で聞くカツラに、小さく笑ってみせた。


「たまたまですよ、ほんとに。あの子達が港の側の公園で、ステージと言っていいのかわからないような場所でライブしている模様を配信ているのを見かけましてね。

たしかにまだまだ粗が目立つけど…一生懸命だからとかじゃないのですよ。あれは…見知らぬ植物のような…どんな花を咲かせるのか気になって仕方なくなる…そんな存在のようです。

……あ、私の推しはこのチヒロくんですよ」


モバイル端末の画面を能天気に指差すヨシナに、カツラは困ったように笑った。


「お前が楽しそうにしているのは何よりだが、お前は自分の影響力をもう少し知るべきだと思うぞ。あんまり肩入れすると……こいつらにもよくない。色々と」


ヨシナは細めていた目を少し開くと、静かに答える。


「わかっていますよ。仕事に私情は挟みません。ただ私も仕事をしていなければただの人間です。こうしている時は…ただの推しを応援するアイドルオタクでも良いでしょう」

「……それはそうだが…お前がそれを表立ってするとだな…」


カツラが吃っていると、ヨシナはそれを見てくすくすと笑った。


「カツラは優しいですね。"ミズキ"ならもっとはっきり怒っていますよ」

「はぁ…お前のタチの悪いところはちゃんとわかっていながらわからないふりをするところだな……それに、そのミズキは本当に心配していたからちゃんと謝るんだぞ。あいつ…お前がいない間なんか呪文唱えながらこの部屋の隅っこでずっと蹲ってたからな」


ヨシナは笑うのをやめると、遠くの方を見つめて微笑んでいた。


「ミズキは……ほら、私がいなくなったら"終わり"ですからね」


ヨシナの髪が縁側から吹き込む風にさらさらと光る。

髪を耳にかけると、ちらりと菱形の宝石が耳の下で揺れる。


「……ミズキはきっとそんな心配はしていない」

「…?だとしたら、何をそんなに不安がる必要があるのですか?」


カツラは深くため息を吐くと、ヨシナの見ている方向と同じ方向に視線をやった。


「お前はもっと自分自身に向けられる感情に敏感になれ」

「む…難しいですね」


2人が静かな昼下がりを過ごしていると、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。


「ヨシナ‼︎」


それは襖を勢いよく開ける音と同時に入ってきた。


「ミズキ…」

「ヨシナ‼︎何で勝手にどっか行ったん⁉︎どうして俺らには黙って⁉︎まだ信用ならんか俺は…!いやそれならカツラを連れて行かなかった理由がわからん!なんでなん⁉︎」

「落ち着いてください、ミズキ」


ヨシナの肩を必死の形相で揺らしていた"ミズキ"と呼ばれた細身の少年は我に返って慌てて手を離した。


「す、すまん!乱暴してしもた!大丈夫か⁉なんともないか⁉︎︎」

「全く大丈夫ですが…落ち着いてくださいな、ミズキ」


ミズキはしょんぼりして少し背中を丸めた。

カツラはミズキの肩を優しく支えてやった。


「2人は真面目ですから…すぐに周囲の人に連絡してしまうでしょう?それにミズキは特に…声が大きいですから。それだとお忍びになりませんのでね。」

「おいヨシナ…今回悪いのはお前だぞ」

「そうでしたね…」


ヨシナはしょんぼりしているミズキの頭を優しく撫でた。


「ご心配おかけして申し訳ございませんでした。ミズキ…大丈夫ですよ。私は決してあなたを残して去ることはいたしません」


その言葉を聞いて、ミズキは顔を上げて安心したように、口元を緩めた。


「あなたたちといると、仕事をしたくなってしまいますね……でも今日はのんびりすると決めているので」


ヨシナはぽんと手を合わせてにっこり笑う。


「さぁて、やっぱりお茶にしましょう…♪」

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