Chapter2 希望と灯りの星空 5話
「リージア!タユ!」
2人が振り向くと、息を切らしたチヒロが膝に手をついていた。
「チヒロ…!どこ行ってたんだよ!」
「チヒロくん…⁉︎大丈夫…⁉︎」
駆け寄ってくる2人と、チヒロはゆっくり上半身を起こして肩で息をしながら目を合わせた。
「ごめんっ……!ほんっとごめん!リージア…ひどいこと言ってごめん、タユも、大事な時に馬鹿みたいにいじけててごめん。リーダー失格だよ…」
ポカンとした顔のまま、タユとリージアは顔を見合わせてから、少し笑いをこぼした。
「なんかよくわかんねーけど、吹っ切れたみたいだな?……てか、オレの方こそごめん。友達いなかったのは事実だし、お前らが優しいからわかんねーけど人付き合いって難しいんだな。
…でも、オレはそういう遠慮とか気遣いとかされる方がモヤモヤするから、もし嫌われるとかバカなこと考えて黙ってることとかあったら、それオレたちには言えよ?
オレは…お前らとも本気で音楽するって、決めたから」
リージアがそう言ってチヒロの肩に手を置くと、タユも一歩歩み寄った。
「ふふ、そうだね。僕は友達は少ない方だったし…人と話すのも苦手な方、だし。僕なんかとはチヒロくんは違うと思うけどさ。チヒロくんも人見知りしちゃう方っていつだか聞いた気がするけど、こういう時力になってくれる友達はちゃんとチヒロくんのことが大好きな友達だと思うよ。
…それに、真っ直ぐ夢を追えば掴むことはできるってチヒロくんの姿、きっとたくさんの友達の勇気になったと思う。僕もそうだから」
タユもチヒロの肩に手を置いた。
チヒロは2人の顔を見てから少しの間俯き、ぱっと顔を上げると両手で自分の頬を2回ほど叩いた。
「ありがとう、2人とも…っ!僕、2人と一緒にアイドルできて、最高に嬉しい…よかった…頼りなくてごめん…うんん、僕は胸を張ってスタスタのリーダーのチヒロだって言えるようにもっともっと頑張る!」
3人は顔を見合ってから頷くと、少し照れて笑った。
「あー、でも、お前ずっと荷解き手伝わなかったし、オレの配信の手伝いもしなかったのは罪重いぞ!今日は夜明けまでダンスの練習な!」
「のぞむところ!」
「そこは嫌がれよ…」
家の奥からその様子をそっと見ていたチヒロの母が、タイミングを見計らったように出てきた。
「みんな!そろそろ夜ご飯よ!入っておいで!」
「…!はーい!」
3人は元気よく返事をすると、チヒロの家の中に駆け込んで行った。
☆
3日後、
ライブの日になり、チヒロたちは臨時で設置したステージの裏で立ち位置の確認や機材のチェックなどをチヒロの友人たちとしていた。
「でもよかった、チヒロたちにサイズぴったりだね!実際に採寸したわけじゃなかったからちょっと心配だったけど…」
「うん…!みんなのおかげだよ!でもどうやってサイズを…?教えたっけ…」
女子はチヒロの衣装の裾がところどころ折れているのを直したあと、立ち上がってにっこり笑った。
「リージアくんとタユさんのことはわからないけど、チヒロのサイズはチヒロママに教えてもらったから、それを参考にスタスタのライブのアーカイブ見ながらこれくらいかなーって!」
「ええっ…?そんな、大変だったでしょ…言ってくれれば…」
「それじゃサプライズにならなかったからさぁ」
女子は照れたように笑って見せた。
チヒロは少し悪いことをしたような気持ちになり、ほんの少し表情を曇らせた。
「や、やだやだ!喜んでよー!…チヒロに悪いことしてたのは、私たちの方、なんだし…」
「い、いや、そんなつもりじゃ…」
少し気まずくなる。
チヒロは自分なりに蹴りをつけたつもりであったが、相手との距離感が曖昧になってしまったことを痛感する。
(…変なこと考えるな、僕。みんな僕に嫌がらせをしてきたわけじゃない、みんな僕のことちゃんと友達だと思ってくれてるから、こんなふうに大切に思ってくれるんだ…)
チヒロは首を横に振ると、かける言葉に困っている女子に微笑んだ。
「……ありがとう!」
「…チヒロ…」
すると、女子の後ろから数人の友人たちがまたやってきた。
「チヒロ!俺たちからもう一つ、お前らに贈りたいものがあって」
「ん?なに?」
団体の1人が人差し指を立てて空に掲げた。
「空!ラスサビに差し掛かったら、見てほしい!」
「空…?」
チヒロは夕暮れ前の橙色の空を見上げた。
「う、うん、わかった…!2人にも伝えておくね!」
「よろしくな!」
団体は気合を入れるように拳を胸の辺りまで上げると、お互いの顔を見て頷いた。
チヒロはそれを後ろ目に不思議そうに見ながら、2人の元へ向かった。
「チヒロ、遅い!」
「ご、ごめん…!あ、2人に伝えたいことあって!空、ラスサビで空見上げて欲しいって、みんなが…!」
「空…?」
リージアとタユが思わず空を見上げる。
タユは目を閉じ、息を吸った。
「夕暮れ前の空、澄んでてなんだか気持ちいい匂いがする気がしちゃうね…チヒロくんの故郷はとっても空が広くて気持ちいいな」
タユの髪をさらさらと風が撫でる。
それを見て、チヒロも思い切り深呼吸した。
「……そうだね、空、広いね」
チヒロはふと、薄ら浮かび上がってきた今夜の月を見つける。
(不思議……空を見上げたら、なんだか色んな考えこと、なくなっていくような…爽やかな気分になる。)
『――会場にお集まりの皆さん、おまたせしました。まもなく、"STAR☆STARTER"の公演が始まります。』
そのアナウンスは、3人を現実に戻すにはじゅうぶんであった。
「おい!ステージ行くぞ!」
「そ、そうだね!」
リージアが率い、3人は表情を引き締めてステージに立った。
暗転したライトが眩しいほどの光を3人に当てると、3人は客席の方へ目を向けた。
会場は空いているスペースの方が多いほど空いており、スタッフの服を着たチヒロの友人たち、チヒロの母含め、数十人ほどだった。
疎な拍手。
知っていたこととはいえ、チヒロにとって見知った顔しかいないのは、少し寂しかった。
「………行くよ!」
チヒロが2人の一歩前に出て、しっかり前を見据える。
チヒロにスポットライトが当たり、曲が始まった。
(チヒロくん……チヒロくんの背中、すごく頼もしいようで、とっても小さく見える。)
タユは懸命に踊りながらマイクを握り締め歌うチヒロの背中を、後ろで踊りながら見つめた。
(でも…なんでかな…今すぐにでもチヒロくんの背中を押して支えてあげたいのに、それが余計なことに思える。……そっか。ここでの僕たちは"アイドル"なんだもんね。1人1人がプロなんだ。それぞれのやらなきゃいけないことをまずはやり遂げなきゃいけないんだ。)
タユは力いっぱい踊る。彼の人生の中で1番たくさんの汗が湧き出てくる。しかし、彼の力強く伸ばした腕から弾けた汗はライトに照らされ美しく輝きながら落ちるのであった。
(僕たちはチヒロくんを支えるためにいるわけじゃない、ひとりひとり、"同じアイドル"なんだ――!)
タユがひらりと腕を振ると、タユの足元から光が溢れ、春色の光の燕が空に溶けていった。
会場がその美しさに感嘆の声を漏らした。
「すごい……あれがムジカの力…?御伽話の魔法みたい…!」
リージアは少し驚いたような表情でタユに視線を送っていた。
(すごいな……タユも前よりすごい速さで成長しているように見える。)
リージアは次にチヒロに目を遣る。
チヒロは自分のパートを歌い終えて、リージアと入れ替わるように振り返り、リージアに近づいてきた。
ふとその時目が合うと、チヒロはリージアにウインクした。
『リージアも決めてきて』
小声でそうすれ違いざまに言われた気がして、歩みを止めそうになったが、リージアは気持ちをすぐ入れ替えて前に出てソロパートを歌う。
(すごいな…チヒロ。ちょっと余裕あんじゃん。いっつも謝ってばかりでおどおどしてて、バカみたいにまっすぐで純粋で…決して強いヤツじゃないのにさ。
……オレなんて、客席見てこれっぽっちかよってちょっとショックだったのにな。)
リージアが瞳の近くに手を持って行き、ウインクすると、客席から黄色い声が聞こえてきた。
(…うんん、違うよな。人数なんて関係なく、"アイドルのオレたち"を求めて来たお客さんであることは確かなんだ。お金を払ってまで、他に使い道がたくさんある大事なお金を、時間をオレたちのために遣ってやって来たんだ。
時間の大切さも、お金の大切さも誰よりも理解してるつもりだ。オレは……そんな人たちに、そんな人たちの想定の100倍は素晴らしい経験を贈りたい!)
リージアの足元から光が漏れると、それはリージア、タユ、チヒロに纏い、弾けて消えていった。
そうすると、3人の歌声に厚みが増したように思えた。
(……リージアのミューズ、作曲に特化した力って言ってたけど、ステージだとこんな力に変わるんだ。タユや僕のものほどの派手さはなくても、なんかすぐそばでリージアが支えててくれてる気がして、元気が出るなぁ)
チヒロがリージアの姿を見ながら少し微笑む。
(あ、ラスサビ……!)
チヒロは前に出て空を見上げた。
夕闇の空は、プラムのような甘酸っぱい色をしている。
みるみるうちにそれは紫色に溶けていく。
(あ…!)
ぽつ、と橙色の小さく揺れる光が空に上がっていくのが見えた。それを筆頭に、ぽつ、ぽつ、とどんどんそれは数を増やして飛んでいく。
「え、なにあれ…?」
「なんか火の玉みたいに見える…綺麗だね…」
タユとリージアがつい空を見てそう言葉をこぼしていると、チヒロは上を見上げながらつぶやいた。
「灯籠…灯籠だ…」
タユとリージアは灯籠を知らないようで、チヒロの言葉を聞いてもポカンとしていた。
客席の方を見ると、友人たちが観客に小さな灯籠を手渡していた。観客たちの笑顔を映し出す灯籠は、ひとりひとりの手元から順番に飛び立っていく。
その中にはチヒロの母もいた。
(……あっ)
チヒロがふと気づく。
あの東屋で出会った麗人も灯籠を持って微笑んでいた。
チヒロの視線に気づくと、麗人はチヒロに微笑み直した。
『チヒロ!サビ歌い出しくるぞ!』
リージアに囁かれ、チヒロはすぐに切り替えた。
(灯籠とばし、この曲にぴったりだな。ありがとう…みんな)
チヒロはしっかりステップを踏んで、そよ風のような美しい声を響き渡らせた。
(……正直、なんでみんながここまでしてくれるんだろう、なんて思ってしまう。リージアの言う通り、遠慮しあうことしかできないのは友達でも、仲が良いって言えるのかはわからない…とはやっぱり思う。
でも、失うのは怖いよ…変わるのは怖いよ…僕の問題にして僕が我慢すればやり過ごせるなら、そうしてしまいたい。でも、それはそれで苦しい…どうしたら、いいのかな…)
チヒロは顔の前で手を合わせ、祈るようなポーズをとった。
そんな振り付けはないので、タユとリージアは驚いて少し戸惑う。
「……アクアさん」
チヒロの足元から淡い青色の光が溢れ出した。
(君は…僕を希望だって言った。やだなぁ、重いよ…期待されるのは嬉しい、けど。僕、自分の足でしっかり立って、前を向いてまっすぐ走るだけで精一杯なのに、誰かの希望になるなんて…自信ないな)
チヒロの体は光を纏う。
チヒロの合わせた手から光が漏れ始めた。
(これは、"僕"のほんとの気持ち。でも"STAR☆STARTERのリーダーのチヒロ"は、これからたくさんの人の希望になる。アクアさん、見ていて。頼りないところもたくさん見せてしまうと思うけど…毎日見上げるとそこにある空みたいに、僕がアイドルになって世界中に歌を届けたい夢だけはいつだって変わらないから、これだけは怖くないんだ。だから、どんなに迷って、怖くなって足が震えても、夢に向かって歩くことは絶対にできる)
チヒロが手を開くと、そこから眩く光る鳩が飛び立って灯籠の空に光を撒きながら旋回している。
(いつか、タユとリージア、みんなの希望を背中に乗せて宇宙まで羽撃けるくらい、僕自身が強くなること。誇れる自分なんて…正直想像できないけど、今日からせめて、夢見る姿をバカにできないような自分になれるよう努力すること。僕はこの灯籠の夜空に、願う……うんん、誓うよ。)
曲がフェードアウトしていく。
歌い終わりだ。
「……ありがとう、ございました。」
チヒロが深く頭を下げると、タユとリージアも並んで頭を同じ深さまで下げた。
一つの拍手の音が響き、チヒロは軽く顔を上げてその主を確認する。
あの麗人だった。麗人は笑顔で拍手をしている。
そうすると、ひとり、2人と、拍手は増えて行き、その音はライブが始まる前の拍手の倍以上大きくなっていった。
「……人、少ないのにこんな大きい音…!」
タユは驚いて目を丸くしている。
リージアも少し驚いているようだった。
「もっと聴きたい!」
「次の曲は⁉︎」
そんな声が飛び交い始めて、チヒロの驚いた顔は喜びへと変わっていった。
そして2人の顔を見た。
「っやろう!もっと!歌える曲、全部!」
「へへ!今夜はスペシャルライブだな!」
「た、体力持つかなぁ…⁉︎」
もう次の曲のイントロが流れ出したので、チヒロが舞台袖に目を遣る。友人たちがサムズアップしてニカっと笑って見せた。
「今、この瞬間、世界で一番楽しい時間を!―――始めよう‼︎」
チヒロは、夜空の一番星を指差した。
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