Chapter2 希望と灯りの星空 4話


「……えっと…声聞こえてますか?オレ、映ってますか?」


リージアが軽く画面に向かって手を振ってみる。

約10秒後くらいに、ぽつりと一文が画面の下に顔を出した。


『大丈夫だよ』


それは作りたてのような人がたの影がブルーの背景に描かれているアイコンであった。それを見てリージアが少し安堵していたら、それを筆頭にコメントが急速に打ち込まれ上へと引き上げられ、その最初のコメントは消えてしまった。


「ありがとうございます。えっと……顔を出すのは初めて…です。"Rz"として、だと。SNSのオレのアカウントでの呟きで、こんなに人が来てくれるなんて、正直驚いてます。緊張……してるし」


リージアはチラリと画面の左下を見る。

同時接続の視聴者数は10万人を超えている。


「…じゅ、10万…⁉︎リージアって…すごいんだな…」


タユが思わず後ろの方で小さな声でそう言葉を漏らす。

リージアは少しだけ萎縮したように口の端を震えさせてから、ふぅと息を一度吐く。


「――今のオレは、"STAR☆STARTER"の"リージア"という1人のアイドルです。"Rz"の名前を利用するのは、やっぱり迷ったけど……今はどんな手でも使えるものは使いたいんです。ごめんなさい―――あ、別にだからってもうゲームの曲を書くのをやめるわけじゃないです!曲作るの、大好きだから」


右側に流れるコメントは、リージアを罵倒するものや、リージアの話など聞かずに口論をしているものもある。


『ほんとにRzなの?』

『こんなガキがあの大手タイトルに書き下ろしてるなんて思えないんだけど。』

『趣味悪すぎ。Rz騙るのやめてもらえます?』

『通報した』

『RzさんにDMしてきた』


目立つリージアとRzの同一性を疑うコメントに、リージアは顔を顰めた。


「…わかります。信じられない気持ち。突然できたチャンネルでオレみたいなやつがRz名乗っても、信じられませんよね。でも、オレはそれほど皆さんにオレが築いてきた"Rz"が愛されていることが嬉しかったりします。………"manmo"さん、DMありがとうございます。すみません、オレみたいなのがRzで」

「リ、リージア……」


タユが手を伸ばしリージアに近づこうとするが、リージアはそれを後ろに手を伸ばして止めた。

リージアの言葉に、コメントの議論の流れが、リージアを批判する人に矛先が向き始めた。


「…っ!ま、まって!ちがう、そんなことのためにオレは自分のこと明かしたわけじゃ…っ!」


そんな時、ピタリと一瞬だけコメントが止まり、また人がたの

影のアイコンのコメントが2秒程画面の真ん中に映った。


『それで、STAR☆STARTERって何?』


リージアがそれを見て目を潤ませると、食いつくように画面に顔を近づけさせて大きく口を開いた。


「そ…そう!STARS☆ STARTERは、オレを含む最高のメンバー3人で最近始動したアイドルユニットなんです!実はちょっと前にゴッドツリーの南部の公園でライブをして、誰かが生配信してくれたから見てくれてる人もいるかもしれないんだけど………ッ、オレ!ずっと人に曲書き下ろすのがその、トラウマで、でも、そんなオレを変えてくれたのがこのユニットの仲間たちなんです!」


リージアが後ろを向いて手招きすると、慌ててタユがそばにやってきた。


「この人はタユ。大切な仲間の1人です。もう1人は…今ちょっと席を外してていません。あはは…その人がリーダーなんですけどね…すみません。タユは、すごく素敵な歌詞を書いてくれます。この前オレの曲に歌詞つけてくれて…ちょっと流しますね。すごい良い歌詞なんですよ」


リージアがキーボードを軽く叩くと、以前三人でライブした時の曲が流れ始めた。


『良いね』

『歌詞、すごい元気出る』

『曲調…Rz節出てるかも……』


コメントが曲を賞賛する流れに変わっていくのを感じ、リージアとタユは顔を見合わせてつい笑顔になる。


『この声誰?』

『めちゃくちゃ綺麗で爽やかな声聴こえる』


チヒロのソロパートになると、コメントがざわつき始めた。

リージアはすかさず前のめりになる。


「こ、このパートがスタスタのリーダー、チヒロです…!この場にはいないんですけど、本当に綺麗で聴いた人が夢中になる声してて……でも声だけじゃないんです。こいつ、すっっっごく自己評価低いんですけど、誰よりも純粋でまっすぐで、オレたちもこいつの真っ直ぐさに何度も何度も救われました。天性の…アイドルの才能を持つすげーやつです」


『スタスタ、気になってきた』

『応援したい』


チラホラと見えるそういったコメントに、リージアとタユはまた顔を見合わせて目を輝かせた。


「あのっ!3日後にライブをこのチャンネルで生配信します!よければ…オレたちのライブを見にきてください。オレたち3人で、曲も振り付けも全て作り上げた最高のライブを!よろしく、お願いします」

「よろしくお願いします…‼︎」


リージアが頭を下げると同時にタユも頭を下げた。


少しの間コメントの流れが鈍くなる。

リージアもタユも少し不安げな表情になる。


『見てみようかな』


コメントの流れは今度はそこまで速くならなかった。

しかし、もうリージアやスタスタを卑下するコメントは見当たらなかった。

ライブを見てくれる、というコメントをした人が必ずしも本当に来てくれるかどうかなんてわからないが、今のタユとリージアはこの結果でじゅうぶん満足していた。満足というよりも、安堵の方がふさわしいかもしれない。


「今回は、オレたちのライブの宣伝という形になる配信でしたが、今日オレたちに興味を持って見に来てくれた人たちと、3日後のライブでも生配信で会えたらとても嬉しいです。オレたちのことを、どうか、よろしくお願いします…‼︎」






「……おい、なんだよこのちんちくりん。こいつがほんとにあの、神"Rz"だっていうの?信じられっかっての…」


真っ暗な部屋でブルーの光を顔に浴びるその小さな影は、モニターのすぐ横に置いてあるスナック菓子に手を伸ばす。


『―――ちょっと流しますね』


スナック菓子を食らうために大きく開けた口の動きを止める。片手でヘッドフォンを抑えて曲をよく聴くようにした。


「確かに……このメロディーラインはRzらしいな…あーあ…Rzってもっとスラッと背の高い青年ってイメージだったんだけどなぁ…」


再び大きく開けた口の動きを再生し、小気味良い音を立ててスナック菓子を喰らう。

しばらく画面を凝視した後、大きく息を吐いて椅子の背もたれに一気に体重をのせた。


「同い年だなんてなんの運命だよう…ほんと…」


右手を目の前に伸ばして、爪を見るような素振りをした後、何かに気づいたように目を見開いて再び画面に前のめりになった。


「いや、ちょっとまって、同じ界隈に来た……ってことは、今後Rzに会えるかもしれなくなった……ってことだよな…⁉︎」


つい上がってしまう口角を止めるようにぱしりと頬を手で挟んだ。


「…んぇ、3日後にライブ生配信⁉︎新曲…⁉︎Rzのアイドル曲…⁉︎ど、ど、どうしよう………!」


慌てて顔をペタペタ触っていると、突然部屋に着信音とバイブ音がくぐもった音で鳴り響く。

彼は「こんな時に」と苛立ちを口にしながらガサガサと散らかった部屋を掘り起こしてモバイル端末を探し当てた。


「…はぁい!」

『ちょっとリカ、何してんの?さっきからずっとメッセージ送ってんのに全然既読つかないからさ。もう打ち合わせの時間でしょ。もしかして…エッチな動画でも見てた?』

「あ〜〜ごめんそっちは点灯でしか通知来ないから……うっわほんとだめっちゃ来てる…ってか‼︎取り込み中だったけどそんなの見てないから!変な印象つけないで!」


"リカ"と電話越しに呼ばれた少年がモバイル端末を耳に当てたまま立ち上がると、周囲の色んなものが途端に崩れ落ちた。


『…何今の音。もしかしてまーた散らかしてんでしょ…これはまたお宅訪問が必要かな?』

「バッ…‼︎来んな‼︎ってリカが人来たら片付けんの知ってて言ってるだろ!」

『さぁね。てか本気で何してるわけ?もうみんなでリカんちで打ち合わせにしようかって話になってるよ今』

「え〜〜…?それはマジでやめて…てか今ほんと取り込み中だから打ち合わせ後にしてくんなーい?」

『じゃあリカんち』

「やぁだぁ!…ってちょっとおい!もしもし⁉︎」


電話が切れてしまった。

リカは頭を掻きむしって辺りを見まわした。


「…はぁぁぁ…片付けなきゃ。くそぉ、配信途中から全然見れなかった…」


リカが再びモニターの前に座った時には、配信は終了していた。


「…終わっちゃってる…んん…見てもらえないだろうけど、コメントはしとこう」


リカがカタカタとキーボードを指で弾くと、モニターの下部分の、人がたの初期アイコンの横に文字が並んでいく。


『がんばってください。"Rzさん"。応援しています。』




―――――



チヒロの持つモバイル端末には、真っ暗な画面に繰り返しを表す丸い矢印が映っている。

そんなモバイル端末を手でぐっと握りしめながらチヒロは緩やかな坂道を全速力で走っていた。


「リージア…!」


リージアのらしくない不安げな表情を思い出して、じわりと目頭が熱くなる。


(リージア…ごめんリージア…!リージアのあの表情を見て、どうして僕は傍にいないんだろうってすごく後悔した。勝手にリージアは強い子だからって決めつけて自分だけ言い訳して逃げてた僕、最低だ…っ!)


涙が溢れないように首を横に振って振り切るようにする。

そうして前をもう一度見ると、人集りが見えてきた。

よく耳を澄ますと、自分の名前を呼んでいる。

チヒロは不思議に思って少し速度を緩めた。


「あ、あれ…みんな…」


チヒロの地元の友人たちだった。

全員がチヒロの姿を見て駆け寄ってきた。


「ど…どうしたの?みんな揃って…」


友人たちは少しお互いの顔を見合った後、そのうちの1人が前に出てきた。


「チヒロ、ごめん…!さっきチヒロの家行ったらチヒロがいなくて、おばさんにその…聞いたんだ、いろいろ」


チヒロは目を見開いて当然顔色を変えた。

その様子を見て友人は慌てて次の言葉を紡ぐ。


「ち、違うよ!チヒロ!俺たちな、悪いけど、あの時チヒロが話してた夢、本気にしてなかった…チヒロって賢くて真面目なやつだったからさ、全然そんなチヒロからそんな夢の話が聞けるなんて思ってなくて、軽くあしらっちまった…ごめんほんとごめんな、本気の夢だったんだって、今ならよくわかるんだ。遅いかもしれないけど…なぁ⁉︎」


友人が他の友人たちに同意を求めるように見回すと、皆一様に頷く。


「みんな………」


チヒロが呆然としていると、もう1人、友人が前に出てきた。

それは、チヒロの夢を幼稚だと話していた女子だった。


「こ、これ!みんなでチヒロの話とかスタスタの曲聴きながら作ったの…衣装!ナナコとユイとシイナでデザインして、私と…男子たちもみんな頑張ってくれた…っ!チヒロ……受け取ってくれる…?」


頭を下げてチヒロの前にそこそこ大きな紙袋を差し出した。

その手は小さく震えていた。


(そっか…みんな、同じだったんだ…)


チヒロはゆっくり彼女に歩み寄り、そっとその紙袋を受け取った。彼女は手から重さが無くなった瞬間驚いたような表情の顔を上げた。


「……ありがとう。そして、僕の方こそ、ごめん…きっと何を言われてもどう思われてもそれが自分の夢だって胸を張り続けることができれば、よかったんだ。でも、それができなかったのは…自分に自信が持てなかった僕の弱さなんだ。

漠然としてて幼稚でも、それが僕の夢なんだよ。仕方ないだろ」


周りが少し怯えたように肩を揺らすのを見て、チヒロは柔らかく微笑んだ。


「……なんて、あの時に言えればよかったな。そう思って何かなる訳でもないんだけどさ。

でも僕、間違ってはいなかったと思うんだ。僕は…みんなと一緒に遊んだりお話ししたりする時間がほんとに楽しかった。だから、それに水を差しちゃう僕の夢の話は蓋をしたんだ。

みんなも、ほんとに僕が嫌だったら仲間はずれにすればよかったろ。でもそうしなかったし、今だってこうやってほんとの気持ちを話してくれたのは、みんななりに僕のことを大事に思ってくれたから、なんだよね。僕は、そう思ってる」

「チヒロ…」


鼻を啜る音が聞こえる。チヒロは袋を差し出した手を伸ばしたまま呆然としている彼女の手を取った。


「衣装、ありがとう。僕はみんなのことが今もむかしもずうっと大好きだよ。こんな僕だけど…いつか自分に自信が持てるように、誇れる理想の自分になってみせるから、見てて!」



チヒロは夜に差し掛かる夕焼けの空を見上げ、一番星へと手を伸ばした。

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