冒険家の血

西順

冒険家の血

 男子たるもの冒険せよ。


 これは俺の祖父の言葉だ。祖父は生粋の冒険家で、アマゾンだろうと、エベレストだろうと、サハラ砂漠だろうと、マリアナ海溝だろうと冒険し、七つの海に七大陸最高峰を制覇し、その踏破距離は地球十周とも言われる、冒険家界の偉人だ。


 そんな祖父を見て育った父は、祖父とは真逆の人で、堅実に生きて公務員をしている。祖父の放浪癖で祖母が泣いてきたのを間近で見てきたので、祖父を反面教師として人生を歩んできたのだ。


 そんな一家から俺たち三姉弟は影響を受けて育ってきた。


 姉は祖父に憧れ、幼少より無茶をする人で、女の子なのに生傷が絶えず、良く母を困らせていた。そんな姉を見て育った兄は、基本的にインドア派で、第二子に良くある要領の良い子供として周囲を立ち回った。そして第三子である俺はどんな子供だったかと言えば、子分だ。


 子供の力関係なんてものは年齢差がそのまま出るもので、姉には冒険と称して隣町まで自転車で出掛けるのを付き合わされたり、兄は大人の前では良い子を演じているが、俺に対しては尊大で、良くパシリをさせられていた。


 そして決まって怒られるのは俺なのだ。姉の自転車は子供用ロードバイクであるのに対して、俺が乗っていたのは普通のママチャリ。俺は姉に置いていかれてあっという間に迷子となり、警察に保護された事が何度もあった。その度に姉は、俺が勝手に付いてきたと嘘を吐くものだから、何でそんな事をしたんだ。と父にこっぴどく叱られるのだ。


 兄にしても夜にジュースが飲みたいだの、アイスが食べたいだの言うものだがら、その度に俺がコンビニまでパシリに出されるのだが、帰ってくれば玄関前に母が仁王立ちしており、これまたこっぴどく叱られるのだ。


 何で俺ばかり割を食うのか。何度となく姉兄とケンカになるも、身体は資本である。と言う祖父よりも前の時代からの我が家の家訓により、姉弟皆格闘技を習わされてきた為に、姉兄に勝てるはずもなく、俺の子分人生は小学校を卒業するまで続いた。


 転機となったのは中学の成長期だろう。俺は中1の1年間で20センチも背が伸び、中2で兄の背を追い抜いた。それからだ。兄が俺に対して何も言わなくなってきたのは。大きい人間と言うのはそれだけで威圧的だから、何か頼み事をするのに気が引けるのは分かる。


 俺が高校生になると、やんちゃな姉も俺を連れ回すような事は無くなり、俺の生活に平穏が訪れたかと思われた。がそうは問屋が卸さないのが世の常なのか、高2の冬に偉大なる祖父が行方不明となった。ヨットでの無寄港世界一周冒険旅の途中での事だ。


 これに対して家族の意見は真っ二つに割れた。GPSも衛星電話にも応答が無くなったのだから、もう帰らぬ人となったのだ。と父母と兄は主張した。対して帰ってくると頑として意見を曲げなかったのが祖父に憧れていた姉と、祖父の放浪癖に困っていたはずの祖母であった。


 祖父が行方不明になったのは太平洋のど真ん中であり、周囲に島なぞ何もなく、寸前までのGPS情報を頼りに、祖父の冒険家仲間が捜索隊を手配してくれたが、GPSが示した場所は茫洋とした海がどこまでも広がり、ソナーや小型潜水機で海中を探索しても、祖父の姿どころか、ヨットの影も形も見付けられなかった。


 失踪宣告と言う制度が日本にはある。生死不明者に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度だ。この制度の適用まで、行方不明から7年の期間が設けられている。父は厳格な人だから、7年経てばこの制度を裁判所に申出るだろう。と姉と祖母は煩悶とした日々を過ごしていた。


 姉の性格からしたらすぐにでも祖父を探しに太平洋に飛び込みそうなものだが、この時の姉は一人で山登りに出掛け、滑落により両足を骨折。リハビリの日々であった。


 そんな理由から、自分の代わりとして俺を太平洋に送り出そうと画策した姉だったが、流石にそれは父母に止められた。が、それで懲りて大人しくなる姉ではない。


 姉はリハビリを続けつつ、兄を巻き込み株やFXで資金を増やしていき、祖父の伝手を活用して世界の冒険家仲間や政財界やマスメディアを後ろ盾に付けると言う離れ業を5年経たずに成し遂げると、父が裁判所に申出るより先に祖父を見付け出して見せると意気込み、クルーザーで太平洋へと出航したのだ。何故か俺と兄を伴って。


 兄は分かる。初期から金稼ぎに付き合わされていたから。何故俺まで巻き込むのか?


「世界チャンピオンがいれば何かあった時にも安心でしょう?」


 とは姉の発言だ。確かに俺は姉兄よりも強くなれた事が自信に繋がり、より一層格闘技に打ち込んだ結果、世界チャンピオンと言う肩書きまで手に入れていたが、海洋で格闘技を披露する場面は無いと思っていた。


 祖父の失踪から丁度5年。俺たち姉弟はGPSが示す祖父失踪の場所にやって来ていた。俺は前日までそこに祖父の失踪に繋がるものなど何も無いと思いっていた。何せ祖父の冒険家仲間があれだけ捜し回ったのだから。だが、当日になってそれが間違いであったと思い知らされた。


 その日その場所には、島が、いやもしかしたらもっと大きな大地があったのだ。


 島は穴の向こうにあった。空間に大きな穴が開いており、その向こうに緑豊かな大池が広がっていた。そして俺たち姉弟は確信していた。この穴の向こうに祖父がいると。こんな不可思議な現象を前に、生粋の冒険家である祖父が黙って見過ごす訳が無いと。


 俺たち3人は顔を見合わせていた。普段であれば姉が先走って穴に突入する所だが、今回の祖父捜索にはメディアも絡んでおり、兄がスマホのカメラで、この状況をライブ配信していたからだ。


「行くわよ」


 姉は覚悟を決めたようだった。


「駄目だ! 一旦落ち着けよ。スポンサーやら何やらと相談してから、行くかどうか決めるべきだ」


「そんな事している間に、穴が閉じてしまうかもしれないじゃない!」


 喧々諤々と二人は意見をぶつけ合い、多数決だと言わんばかりに俺の方を向いた。


「姉さんの意見も分かるけど、そうやっておれたちまで帰れなくなったら、残された家族はどんな思いをすると思う?」


 俺の言葉に姉が黙る。


「兄さんの意見も分かる。でもこれが千載一遇のチャンスな事も理解しているよね? これを逃したら爺ちゃんを助けられないかも知れない」


 これを聞いて兄が沈黙する。


「だから、まずは穴に一番近い砂浜に接岸して、近場の様子をみよう。そして穴が閉じる兆候が現れたら、すぐに穴から脱出するんだ」


 俺の意見に二人は首肯した。


 こうして俺たち三姉弟による未知の大地の探索が始まったのだ。穴に関して先に述べておくと、穴が閉じる事は無かった。俺たちのクルーザーがそれなりに大型だった為に、島に接岸しても穴にクルーザーが引っ掛かっていたのが幸いしたようで、閉じ切る事が無かったのだ。


 そして祖父のヨットを見付けた。


 これを切っ掛けにして、この新世界の探索が世界的ムーブメントとなり、多くの冒険家、探検家がこの新世界に足を踏み入れる事となるのだが、祖父は痕跡だけを残して、まだ見付かっていない。

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