第3話

 10時間にも及ぶ編集を終え、ようやく動画を完成させ、ユーチューブへとアップした。

 3年間も動画編集を行ってきたため、スピードは早い方だ。だが、あまりにも興奮して二時間もの長い動画を撮ってしまったため、それを編集で短くするのが一苦労だった。


 時刻は午後11時を過ぎていた。時計を見て我に帰ったところで疲労が一気にのしかかり、ソファーで横になった瞬間に寝落ちしていた。気がつけば日が昇っており、朝の8時になっていた。


 肩を揉み、全身をほぐしながら浴室へ行き、シャワーを浴びる。寝落ちしたせいで夜にお風呂に入ることができなかった。しっかり洗って、タオルで拭いた後にドライヤーで髪を乾かす。シャワーを浴びたことで少しは眠気を覚ますことができた。


 リビングに戻るとテーブルには食パンと牛乳が置かれていた。食パンはいつも塗っているいちごジャムがすでに塗られており、すぐにでも食べられる状態になっていた。AIさまさまだ。トライアル期間を終えて、明日から本格的にこの生活を送れると思うと非常にワクワクする。


 食パンを食べながらスマホで昨日の動画の反響を覗いた。


「おお、まじか!」


 動画は急上昇4位という好成績を残していた。俺の影響でEHがトレンド入りしたとファンから連絡が来ていた。みんなにEHの魅力が伝わってくれてよかった。動画作成に丸一日かけた甲斐があったというものだ。


 身支度を整え、外へ出る準備をする。

 今日はトライアル期間を終えたため、EHを売っている家電量販店へと足を運ばなければならないのだ。正直、未だにあの会社が家電量販店なのか不動産会社なのかよくわかっていない。多分、どちらの事業もやっているのだろう。


 準備が完了して玄関へと赴く。


「いってきます」


 そういうと家内から『いってらっしゃい』という声が響き渡った。

 いつもは出かける際の挨拶はしないのだが、トライアル期間最後くらいは今までの感謝の気持ちを伝えるために挨拶をした。


 次に帰ってくる時は、俺は本物のご主人様だ。

 待っていてくれよ。エレクトリックハウス。


 家を出て駅のある方へと歩いていく。イヤホンをつけてミュージックのランキング上位の曲を聴く。流行りの歌を聞くことは大事だ。歌のフレーズを動画に混ぜることで若者ユーザーにも親近感のある動画を提供することができる。


 10分くらい歩いたところで駅に着いた。改札を抜けて、ホームへと足を運ぶ。乗車中は昨日投稿した動画のコメント欄を確認する。動画に好印象を抱いているコメントがあれば、『いいね』のボタンを押す。これは視聴者を取り込むための大切な取り組みだ。


 目的の駅に着いたところで降車し、会社のあるビルまで歩いていく。ビルは駅から3分ほどのところにあるため、あっという間に辿り着いた。

 ビルへ入り、エレベーターを使って4階までいく。


「いらっしゃいませ、本日はどうなさいましたでしょうか?」


 受付のところへ行くと、女性の方が出迎えてくれた。


「本日、EHの無料トライアル期間が終わりましたので、手続きに参りました」

「かしこまりました。お名前と担当者の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「名前は三嶋 君彦です。担当者は、確か一之瀬さんだったと思います」

「一之瀬ですね。今つなぎますので、後ろの席でお待ちください」


 女性の指示に従い、後ろの席に座る。席の横には水槽が置かれており、そこで泳いでる魚を眺めながら一之瀬さんがやってくるのを待った。


「三嶋様。お久しぶりです」


 少しして一之瀬さんがやってくる。ワックスで固められたアップバングのショートヘアに黒縁のメガネ。スーツをビシッと着こなした様子はエリート意識の高いサラリーマンを連想させる。だらしのない俺とは大違いの格好だ。


「ああ、お久しぶりです」

「商談室で手続きをさせていただきますので、あちらにお願いいたします」


 一之瀬さんはそう言うと、先導するように受付を後にする。俺は彼の後ろに付き、商談室へと足を運んだ。室内に入ると、白いテーブルに席が4つと簡素な部屋の構造になっている。最初の案内の時も通された部屋だ。


 互いに向かい合うような形で席に着くと、一之瀬さんから書類を渡される。俺はテーブルに置かれたペン立てからボールペンを取り出すと書類に必要事項を書き始めた。


「昨日の動画、すごく反響がありましたね」

「そうなんですよ! 自分は動画投稿してすぐに寝てしまっていたので、気づかなかったのですが、ユーチューブで急上昇に入ってたんですよね。やっぱり、みんなAI搭載の家を好んでいるんですね。いや、家電ですかね」


「正確には家電であり、家でもあるので、我々は電家(エレクトリックハウス)と呼んでおります。三嶋様のおかげでこちらとしても大繁盛です。朝から連絡の嵐なんですよ。本当にありがとうございます」

「そうなんですか! 投稿した甲斐があったー。手続きの書類を書き終えました。それでなんですけど、一個相談がありまして」


 俺は書類を一之瀬さんに渡すとともに今日やってきたもう一つの目的を話す。


「今までトライアルとして住んでいたのですが、本格的に住もうかなって思っているんです。なので、本契約の方を申請したいのですが、いいですか?」


 書類を確認しながら、俺の話を聞く一之瀬さん。しばらくの沈黙の後、俺の方を向くと先ほどまでの笑顔は崩れ、なんだかひ弱そうな表情を浮かべていた。


「その……申し訳ありません。実は電話による本契約の申し込みが多々ありまして、今はどの物件も購入されてしまったんです」

「え……俺の今住んでいるところも」

「はい。三嶋様のトライアルが終了した時点で別の人のところに渡る予定です」


 一之瀬さんの言葉で頭が真っ白になった。

 まさか自分が投稿した動画の影響で自分の住むところがなくなるなんて思いもしなかった。体全体の力が抜け、放心状態になる。


「じゃあ、次に契約するとなるとだいたいどれくらいかかりそうですか?」

「一年以上は見ておいた方が良さそうですね。土地の関係や、建築の関係もありますので」

「そ、そんな……」


 俺は一体なんてことをしてしまったんだ。みんなにいち早くEHの魅力を伝えたせいで、俺自身の住む場所をなくしてしまうとは。俺はしばらくテーブルに体をつけながら悶える。一之瀬さんは申し訳なさそうに何度も俺に向けて頭を下げた。


 本日の動画は『EHを買えませんでした』と言う動画のタイトルで投稿した。

 その動画は、昨日よりも反響を呼び、急上昇1位を獲得。EHの紹介と合わせて再生回数が俺の今までの動画の中で一番となった。ファンならず、ファンでもない人からも人気の動画となり、『歓喜と絶望のギャップが面白すぎる』と評判だった。これによりチャンネル登録者が100万を超え、ユーチューブから金の盾をいただくことができた。


 嬉しくもあるが、悲しくもある。生涯で一番思い出に残る動画二本となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】究極の家電製品 結城 刹那 @Saikyo-braster7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ