第2話

 あれから約1ヶ月が経ち、今日でトライアル期間は終了となる。

 名残惜しい気持ちは全くない。なぜならば、トライアル期間の中で、EHを購入する決心が固まったからだ。この家はこれからもずっと俺のものなのだ。


「どーも! キミヒコです! さて、今日はですね、ある商品のプロモーションをしたいと思い、この動画を撮らせていただきました。その商品というのがこちら!」


 俺はそう言って、両手を広げて目の前に置かれたスマホのカメラに向けて商品を紹介する。スマホは三脚に固定されている。これが動画撮影時の形だ。


「ってね、こんな感じで紹介しても『商品どれやねんっ!』て、みんな思うよね。でもさ、これしか表現のしようがないんだよ。今回紹介させていただくのは、この家です!」


 トライアル期間最終日。今日の動画は今まで住まわせていただいたことの恩返しとして、EHのプロモーションを行うことにした。もちろん、EHの会社には事前にプロモーションの許可をいただいた。


「この家、実は『家電製品』なんです。どう? びっくりしたでしょー。俺もね、最初サイトで見た時はめちゃくちゃびっくりした。俺よりでかい家電って存在したんだね!」


 ここはテロップで『多々ある』とツッコミを入れておこう。

 

「気づいてコメントしてくれた人もちらほらいたけど、実は1ヶ月前から上京していたんだよね。言ってなかったのは、今はまだトライアル期間で購入前だったから、もし購入するとなった時に報告しようと思ってた。ただね……」


 ほんの少し間を開ける。部屋が静寂に包まれ、3秒ほど経ったところで溜めていた感想を口にする。


「この家やばいよ。どれくらいやばいかって……やばい」


 ここはテロップで『語彙力喪失』と入れておくことにしよう。


「とにかくすごいのよ。今までプロモーションビデオでしか見たことがない部分が多々ある。だから、少しでも早くみんなに宣伝しようと思ったんだ。企業案件ではないから安心してね。もちろん宣伝費はもらっておりませーん!」


 ここはテロップで『※ただし、動画広告費はいただくぜ!!』と入れておこう。


「それでは、玄関から参りましょう」


 親指と人差し指を合わせ、勢いよくすり合わせる。パチンッと甲高い音が部屋全体に響き渡った。その余韻を聞いたところでスマホの動画をオフにする。

 最初の紹介はこんな感じでいいだろう。三脚に固定していたスマホを取り、首かけ式のスマホスタンドの方に固定する。


 玄関に行く前に、先ほど撮影していた際に頭の中に浮かんだテロップや効果音などをメモ用紙に書き留めておく。頭の中に浮かび上がったことは意外とすぐに忘れてしまう。それを防ぐためのメモ書きだ。書き終えると、首掛けしきのスマホスタンドを首にかけて、玄関へと赴いた。そこで動画撮影を開始する。


「こちらが玄関です。みんなにはね、よりリアルにこの空間を体験していただくためにカメラは俺視点にしてあります。一見すると普通の玄関なんだけど、ここでのポイントは『照明』と『アナウンス』かな。まず、照明がね。今は分からないんだけど、一回出てみるね」


 そう言って、玄関から外へと出る。扉が閉まったところで再び扉を開いて中へと入った。

 すると、先ほどまで点灯していた照明は消えていた。ただ、それは束の間のことであり、またすぐに点灯する。


「見た? この照明はセンサーになっていてね、俺が玄関に入ると勝手に点くようになっているの。しかもそれだけじゃなくてね、例えば俺が玄関から廊下を伝ってリビングに入ったとすると、俺に合わせて照明が点いたり消えたりするんだ」


 俺は実際に玄関で靴を脱いで、廊下を渡り、リビングへと行く。照明は俺の動作に合わせて、玄関、廊下、リビングの順に照明が点いていった。そして、リビングに入って後ろを振り返ると、廊下と玄関の照明は消えている。


「すごくない? すごくない!?」


 ここには『大事なことなので2回言う』とテロップを入れておこう。


「これが『照明』。じゃあ、次に『アナウンス』にいってみよう!」


 リビングにいた俺は再び玄関へと戻っていく。

 この部分はカットするため特に何かする必要はない。


「次はアナウンスなんだけど、家でアナウンスって意味わからんよね? まあ、百聞は一見にしかず。見ててね……ただいま」


 部屋にそう問いかけると、誰もいない部屋から『おかえり』と言う声が響き渡る。


「……アァッーーーーー」


 俺はホラー感を出そうと叫び声をあげた。

 イヤホンで聞く視聴者にはこの声は騒音になりかねないので、『叫び声までのカウントダウン』を入れておこう。


「と言うのは嘘で、今の声聞いた? 『ただいま』って言ったら、家に仕掛けられた自動音声が働いて『おかえり』って返してくれるんだよ……いや、別に寂しい人じゃないからね」


 ここには『嘘です、寂しいです』と入れておくか。


「それにただ挨拶を返してくれるだけじゃないんだ。例えば、これが夕方とかに帰ってきたとすると、自動音声が『ご飯を食べる』か『お風呂に入る』かを続けて聞いてくれるんだ。さすがに『私にする』とは聞いてくれないよね」


 ここは『やかましい』を挟んでおこう。


「でね、例えばご飯にするって言ったら、次はメニューを提案されるわけ。『ハンバーグ定食にしますか、それとも生姜焼き定食にしますか』みたいな感じでね。それで『ハンバーグ定食にする』って言ったら、キッチンでAIが勝手に調理を始めてくれるんだ。勝手にだぜ。しかも俺よりも上手!」


 ここは『あたり前田のクラッカー』と入れておこう。


「さらに、もし仮にお風呂を先にした場合は、俺が風呂に入っているうちにご飯作ってくれて、浴室からリビングに来たら、熱々のご飯ができているわけ。もーう、最高すぎんか!」


 ここは『強調するエフェクト』をつけておこう。


「これだけでも、もうこの家に住みたいよね。だが、まだまだたくさん仕掛けはあるのだ。どんどん紹介していくぜ」


 それからも俺はEHの数々の魅力を伝えていった。カーテン自動開閉機能、寝てる間に健康診断、留守の間に部屋の掃除、主人の行動データ分析などなど。

 魅力を全て伝え終わった頃には、動画の再生時間が二時間を超えていた。編集がとてつもなく大変になりそうだった。


 家の紹介を終えたところで肩掛け式のスマホスタンドから三脚へとスマホの固定場所を変える。ソファーに座り、最初と同じような形にして動画を撮っていった。


「これまでね、色々な魅力を紹介してきましたが、みなさんどうでした? 住みたくなったでしょ! じゃあ、最後に気になるお値段についてなんだけど、聞いて驚くなよ。お値段、なんと……」


 ドラムロールのBGMを挟むために間をかなり開ける。体感5秒くらい経ったところで再び話し始めた。


「3億円!!」


 両手で拍手をする。破格の数値であるため大きな拍手というよりは、悲しげな小刻みの拍手を行った。なぜなら、高すぎて視聴者のほとんどは買えないだろうからだ。


「随分と高杉晋作ですね。はいー。でもね、立地とかの関係もあるからもしかすると今後もっと安くなっていくかもしれない。だからこれからのEHを作っている会社に期待しようぜ! まあ、俺は明日から本格的に住まわせてもらうけどな! だって、大富豪だから!」


 ここのテロップには『うっせいわ!』と入れておこう。


「はい、というわけで以上がEHの紹介になります。みんな、またな!」


 決めポーズのように右手をおでこに乗せて、敬礼の姿勢を取る。警察のするそれではなく、ちょっとだらしのないチャラい感じの敬礼だ。

 そこで動画を切り、投稿のための動画素材は全て取ることができた。


 あとは動画編集のみ。ちょうどお昼時なので、昼飯を食って編集に入ろう。

 今日中に投稿したいので、地獄の編集作業になることは間違いない。AIに『いつもよりカロリー高めのメニュー』を要求し、俺はエフェクトやテロップ等の思案をすることにした。

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