【短編】究極の家電製品
結城 刹那
第1話
「ただいま」
玄関の自動ドアが開くと、誰もいない自分の家に向かって俺は挨拶をした。
「君彦、おかえりなさい」
誰もいないはずだが、耳には確かに誰かが俺の挨拶に返事をしてくれる声が届いていた。
初めて俺の家に入ってきた人はきっと『ホラー』だと思うだろう。だが、ここに住んで1ヶ月の俺としては別に怖がることはなかった。
なぜなら、先ほどの声は自動ドアのセンサーによって、俺が帰ってきたことを知ったAIが言った言葉だからだ。
靴を脱ぎ、廊下を歩こうとすると廊下の電気が点く。電気は俺が廊下を渡り終え、リビングに入るタイミングで自動的に消灯される。代わりにリビングの電気が今度は点いた。
リビングに入ると、テレビの電源がつけられる。俺はいつもリビングに来ると決まってテレビをつけるので、AIがそれを学習したらしい。
「先にご飯にしますか? それともお風呂にしますか?」
「今日は暑かったから先にお風呂にするよ」
「かしこまりました。では、湯船にお湯をお入れいたします。約5分でお風呂に入れる状態にセットいたします。また、お風呂に出られたら、すぐに夕ご飯を食べられるように準備いたします。今日のメニューは『ハンバーグ定食』か『生姜焼き定食』のどちらかにしようと思いますが、如何いたしましょう?」
「じゃあ、ハンバーグ定食で」
「かしこまりました」
そういうとキッチンの方で物音が響き渡る。俺が風呂から出てすぐに夕食にありつけるようにするためには、今から用意しなければ間に合わないと推定したのだろう。風呂が沸く時間と学習した『俺の入浴時間』を考慮し、逆算して判断したのだ。
俺はバッグに入っていたものを整理すると、着替えを持って浴室へと歩いていった。
AIのおかげで日々の俺の暮らしはだいぶ快適なものになっていた。本当に現代技術さまさまだ。
****
俺がAIの家に住むことになった発端は1ヶ月前のことだ。
「ふー、ようやく終わったー」
本日投稿予定の動画の編集を終えると達成感に浸りながら天井に腕を上げて背筋を伸ばした。そのまま腰を水平に曲げ、体だけを後ろに向ける。腰あたりがポキポキと鳴り、快感を覚える。
俺、三島 君彦(みしま きみひこ)はユーチューバーを専業としており、チャンネル登録者数90万のインフルエンサーとして活躍している。これも3年間コツコツと動画を上げていた努力の賜物だ。
「明日は東京に行って、事務所で打ち合わせだっけ。今日は早めに寝ないとな」
現在は動画投稿だけでなく、事務所に所属してイベントなどにも参加している。それ故にイベントの打ち合わせがあると事務所のある東京へと足を運ばなければならないのだ。
ユーチューバーを専業とする前の職業の関係で今は愛知に在住している。正直、ここにいる意味はもうほとんどない。もうそろそろ上京を検討してもいいだろう。
年収は約1億。仕事を趣味としており、お金を使う機会はあまりないため、貯金はかなり溜まっている。上京するにあたって豪勢な家を購入するのはありだ。人気ユーチューバーも何億という家を購入して、内見の動画を撮影していたので、それを参考にしよう。
「東京には一体、どんな物件があるのかな」
ちょうど目の前にPCがあったため、ブラウザを開き、東京の物件について調べることにした。物件サイトを閲覧すると『人気のエリア』や『人気の駅』がランキング形式で紹介されていた。
どうせなら、事務所のある港区あたりに住みたいと思っていたため、ランキングは無視して港区の欄をクリックして、物件を漁る。それにしても、港区か。俺もとうとう大富豪の仲間入りだと思うと感慨深くなる。
物件の一覧を眺める。間取りや外の景色などを参照して、気に入った物件があればチェックをつけておく。ベランダにジャグジーバス、マジックミラーの部屋、大理石の床などどれも魅力的なものばかりだ。
ただ、なんだろうか。クリエイターとしてあまり面白さを感じられない家ばかりだ。
自分が住みたい家というのはこういうものではない気がする。もっと、新技術が搭載された現代っぽい家が欲しい。
物件サイトを離れ、他に何かないかを調べる。
「ん……なんだ、これは?」
検索欄を下の方へと辿っていくと気になるタイトルのサイトを発見した。
『次世代型究極家電EH (エレクトリックハウス)』。タイトルにはそう書かれていた。なんだか胡散臭い気がするが、ひとまず見てみよう。
カーソルを当て、記事をクリックする。
すると、凝ったデザインのサイトが映し出される。某有名外国企業のサイトを模したものでスライドさせると画面が遷移していく。
究極の家電製品。EH(エレクトリックハウス)。
冷蔵庫、エアコン、掃除機など全ての家電製品が搭載された次世代型家電。AIが搭載されており、主人の行動データを学習して、搭載された家電製品を自動的に動かしてくれるらしい。
それによって、料理、掃除、給湯などの家事を最適なタイミングで自動的に行ってくれるようだ。加えて、カーテンの開閉、テレビのオンオフ、照明のオンオフすらもAIが勝手に学習して主人に合わせて行ってくれるらしい。
なんていう最高の物件だろうか。家電と記載されているため賃貸という方式を取ることはなく、購入という形になるみたいだが、なんの問題もない。3億という値段は破格だが、これがあれば家事を一切することがなくなり、創作に専念できる。
インフルエンサーということもあり、家事代行を頼むのが悔やまれていた俺にとってEHはとてつもないほど魅力的だった。今なら、1ヶ月間トライアル期間として住むことができるらしい。お試し料として1000万払わなければいけないが、試す価値は十分にある。
すぐに管理会社へと連絡し、トライアルの申請を行った。
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