道場破り、武術の正体を暴く

猿渡めお

「正体」

「貴様にはもったいないところ、ありがたく思え、奥義の一端を見せてやる。

 師父がポチの散歩から戻る前に片付けたいんでな」


 山腹に立つ武芸道場で、修行者の一人が、招かれざる来訪者と向かい合っていた。

 道場破りだ。


 道場破りが流派の多様なわざを引き出そうとしていると見て、修行者は、必殺の一撃を使うことにした。

 奥義といっても、一度見れば通用しない種のものである。


 連携を繰り出せば、道場破りは堅実にさばいてゆく。

 狙い通りだ。

 姿勢と注意を誘導しておいて、下から上へ強打を見舞う。それだけの技である。

 修行者はフェイントを混ぜながら機会を伺う。

 一瞬だけ発生する無防備な瞬間を突く。


 今だ!

 この上ないタイミングで、修行者の打撃は敵手の上体に、喉に、吸い込まれてゆく。

 止められた。


「何!?」


 受け止められるはずのない攻撃を、道場破りは完璧に受けた。


「なぜ止められたか分かるか?」


 道場破りは修行者から身体を引き離した。

 修行者は追わない。わざを完全に読まれていた。


「なぜ止められたか。お前の流派がフェイク武術だからだ。お前たちに人は殺せぬ」


「何を、貴様、わが流派の何が分かる」


「逆強化学習によって価値関数や報酬関数が分かる」


「逆強化学習」


「お前たちの武術は、人体の破壊に関係のない報酬関数のもと、利得を最大化しているとみえる。

 木や崖でも叩いているのがお似合いだな。

 なに、武芸者が、何をやっているか自分で分からないことも、多いというだけだ」


 逆強化学習は、強化学習の派生技術である。


 強化学習は、環境の状態に応じて行動を選択し状態を遷移させてゆき、利得すなわち累積報酬を最大化する。深層強化学習による碁やゲームの攻略は第三次人工知能ブームの転換点となった。

 典型的には、状態と報酬を設定し、状態に応じて行動を選択する方策や、方策の指標となる価値関数を、関数近似器に実現させる。うまく方策を得ることができれば、ゲームの表示や碁の盤面という状態に応じて最適手という行動を選択することができる。


 一般に、人間が適切に報酬を設定するのには困難が伴う。エキスパートの人間が何らかの意味で最適な行動をとっていても、盤面評価だの方策だのを自分で正確に把握しているとは限らないし、機械に入力できるわけでもない。

 そこで模範となる行動を、何らかの目的のために最適な方策の実施例と考えて、状態の遷移でどのぐらいよくなるかという報酬関数、各状態や各行動はどのぐらいよいかという価値関数、あるいは方策そのものを推定するのが逆強化学習である。


「逆強化学習の途中で、何度も順方向の強化学習を行なっていては、計算量が増大してしまう。提案手法では、環境や解の形に制約を課して、より簡単なアルゴリズムで目的を暴く」


 対して、修行者は憎悪もあらわに言った。


「貴様、ジャイロ道と同様の手合いか」


「ははっ、ジャイロ道と来たか! あれこそフェイクの極致だ」


 道場破りは大きく笑った。

 ジャイロ道とは、姿勢制御装置を帯びて行なう、まったく新しい武術である。

 一見すると不自然で予測困難な動きが特徴で、うけがよい。


「かさばらない機械で、人間の動作を補助しようという着想はいい。

 ジャイロ道は、人を害しづらいように制限を設け、心を鍛えるだの礼儀を身につけるだのと理念を掲げる。あれはダメだ。

 よいパフォーマンスを発揮するための付属物である精神鍛錬や、安易に殴り合い斬り合いにならない程度の礼節や粉飾をありがたがって、最も重要な部分を切り捨てようとする。じつに愚かしい。

 機械補助を使うなら使うで、よりよく相手を害し、自分の害を避ける技術を磨かずしてどうする。

 武術とは人を傷つけるための道具だ」


 道場破りは、一通りジャイロ道をくさすと、修行者たちを見回した。


「お前たちの流派もだ。私の言葉が無礼に聞こえるだろうな。

 そこが思い違いだ。武術における礼節は暴力への敬意で裏打ちされている。だからこそ乱暴者に行儀を叩き込むことができる。

 根本的な、人を傷つけるという目的をおろそかにするから、礼を逸したと怒って初めて、お前たちは殺し合いで私に勝てないことに気づく。

 その上で外聞を気にして袋叩きにもできないようだから、涙ぐましい。何人でかかっても私は斬れんがね」


「下衆が。貴様などに、我らの目指すところが知れてたまるか」


 修行者の罵りを、苦し紛れと判断し、道場破りは答えた。


「分かるとも。お前たちの流派が本来得意とするのは、人間よりもはるかに背の高い、視覚を撹乱する必要がないか不可能な相手を打ち付け、かつ大きな変形を加えずにおくことだ。対人格闘によく流用できたものだよ。

 だから木や崖でも叩いているのがお似合いだと言った。崩れてくる心配もなかろう」


 それから軽蔑と冗談を交じえて付け加えた。


「でなければ、身長が五メートル以上で四方に目玉のある怪物を殺さずに無力化するための術といったところか」


 その冗談は、思いがけない効果を引き起こした。

 修行者たちの間にざわめきが広がる。道場破りへの感情が、憎しみから別のものに変わりつつあった。


 対戦していた修行者が口を開けた。

 表情からは怒りや憎しみが抜け、困惑が混じっていた。


「どうやら、あなたの言うことはあながちホラでもないらしい。あなたには、我々の目指すところが分かるのか」


 道場破りも少し驚いた。

 多くの武術の正体を看破してきて、このような反応は初めてだ。

 ざわめく修行者たちの感情が読み取れてきた。

 畏怖だ。

 なぜ? 何を?


「むろん、分かると言っている」


「我々の方も失礼した。どうしても師父が戻る前に追い返したかったのだが、その必要もないらしい」


 どうも様子がおかしい。

 嫌な予感があった。

 道場破りは、師父をも侮辱するつもりだったが、ここに至って、引き返した方がよく思われた。


「いいや。私の用は済んだのだから、帰ることとする。師父どのには、またいずれ会うこともあるかもしれん」


 門の方を向いて、数歩進み、硬直した。


 道場破りの後ろでは、先まで相対し、あるいは囲んでいた修行者たちが、膝をついて拳を包んでいた。

 師父が戻ったのだ。

 道場破りは、慄然と、つぶやいた。


「なんだ、それは」


 そこに、怪物がいた。


 あまりにも背の高い何かがおり、傍に初老の人物がいた。


「お客さんかな。ああポチ、大丈夫、大丈夫だよ」


 これをポチと呼んだのか。

 背の高い怪物が不機嫌そうに蠢いた。

 十メートルはあろうかという身体で、あらゆる方向に目玉をぎょろつかせていた。

 修行者が言う。


「師父。こちらの方は、ポチたちのことをご存知のようなのです」


 道場破りは、正解を言い当てていた。

 この流派の目的は、身長が五メートル以上で四方に目玉のある怪物を殺さずに無力化することなのだ。

 自分で言い当てた正解に、恐怖せずにいられなかった。


「ただ今帰るところです。失礼いたします」


 道場破りは、言い捨てると、すぐに門を出て、逃げ走って行った。


 何ということのない話だ。

 武術の身体さばきから目的を割り出す道場破りが、武術の身体さばきから目的を割り出しただけだ。

 武芸者が、何をやっているか自分で分からないことも、多いというだけだ。

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道場破り、武術の正体を暴く 猿渡めお @salutaris

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