後編
「――おいナナ。後ろの艦見覚えあっか?」
「え? どこ?」
「モニターの左下」
「あれは……。記憶にはないけど嫌な感じはする」
「じゃあ、例の追っ手とやらと考えるべきだな。ナナ、ちょっとこい」
発見した途端に、ナナの顔色がサーッと引いた様子を見て、スバルは完全自動航行に切り替えて立ち上がり、ナナを梯子の蓋の下で手招きをして呼ぶ。
「この中入ってろ。エンジンルームだからちょっとやかましいが、時間稼ぎぐらいにはなっから」
スバルはそう言うと、壁に付いている隠し鍵穴に、胸ポケットから出したディンプルキーを挿して、床と一体化しているハッチを開いた。
通常動力エンジンが座席の真下にあり、ハッチの下は1メートル四方の作業スペースとなっていた。
「えっ」
「なに、踏み込んできても姿が見えねえならすぐどっか行くだろ」
言う通り、ガンガンとうるさいエンジンルームへ入ったナナだが、
「知らんぷりで引き渡した方がアキラさんは安全なんじゃ……」
顔をひょこっと出して心配そうにスバルへ言う。
「んなこと心配すんな。自分が見付からねえことだけ祈ってろ」
良いな? とスバルはナナへ言い聞かせ、半ば強引にハッチを閉めた。
「さァて、問屋に頭下げるだけで済みゃいいんだが……」
鍵をかけた後、スバルは腕組みをして憂鬱そうにつぶやいた。
ややあって。航路から外れた宙域にて。
武器をちらつかせられつつ、ステルス艦に誘導されたスバルの輸送機は、停止後エアロック接続で黒ずくめの船内外服達に乗り込まれ、
「……ッ」
スバルは警棒やビーム拳銃で応戦したが、集団で殴る蹴るの暴行を受けて鎮圧されてしまった。
「おいおい。リンチして体中なでくり回した後は、こんなにしてナニしようってんだ?」
バンザイの体勢で、上へ昇る梯子にベルト型の拘束具で両腕を固定されたスバルは、余裕があるように見せかけて挑戦的な笑みを口に浮かべていた。
「なにちょっとした尋問だ。正直に答えればなにも起こらない。荷物に紛れて運ばれた女を知らないか?」
「なんだそりゃ。知らねえな」
「お前があの女をかくまってるのは分かっているんだ」
「ッ――」
白を切るスバルの、船内外服のファスナーが胸元まで下ろされ、棒形のスタンガンを喉元にあてがわれた。
「どこに隠した」
「へっ。知らねえな」
「そうか」
舌を噛まれないように、棒形のギャグを噛ました黒ずくめは、容赦なくスイッチを入れて電流を流した。
「んッ、ぐう――」
スバルはのけぞってビクビクと
「言う気になったか? なったら縦に首を振れ」
「……」
「そうか」
電流が止まってギャグが外されると、スバルは息も絶え絶えに脂汗を流して俯いたが、ゆっくりと、だが強い意志をもって横に振った。
「では次は薬を打たせて貰う。これは死んだ方がマシなほど気分が悪くなる」
どこまでも冷淡に、黒ずくめが無針注射器を取りだし、スバルの首筋へ打ち込もうとしたときだった。
「おいおいおい。こりゃあジャックじゃねえか。救急で呼び出して貰っちゃ困るぜ?」
輸送機の通信機が自動的にオンになり、チンピラじみた低い女声が聞こえ、同時に助手席側のエアロックが自動で全開放され、
「うわああああ!」
黒ずくめ達がまとめて吸い出され、ついでにステルス艦もエアロック全開のまま輸送機からパージされた。
「へっ……。流石のお手前だぜ」
すぐにエアロックが再び閉められ、拘束されていたため吸い出されなかった、ニヒルに笑うスバルだけが残った。
「『トラッカー』も気楽な稼業とは言えねえな」
「あア。全くだ……」
トビウオに似た形状で、赤いカラーリングの複座宇宙戦闘機が、フロントガラスの下方からヌルッと左を向いて現われ、コクピットに座る大柄の女パイロットが右手を小さく上げる。
後ろに座る華奢で小柄な同乗者が、バイザーのモニターに思考操作で何かを入力すると、乗組員を全員吸い出されたステルス艦が、スバルからすれば勝手に動いてどこかへ飛び去った。
その代わりに、深緑色の上半分が魚雷艇で下半分が潜水艦といった形状で、輸送機より二回りほど大きい宇宙コルベット艦が現われた。
「よっ。護衛のお届けに参りましたぜっと」
「こんなあられもない格好ですまねェなクローさん」
舳先にある格納庫に戦闘機を収納し、コルベット艦の右に付いている伸縮式エアロックを接続して、黒い船内外服にモスグリーンのミリタリージャケットを羽織った、クローと呼ばれた
「そんで、例のお姫様は?」
クローに拘束具を外して貰ったスバルは、彼女からの質問に対し、ちょっとまってくれ、と言って、
「――ふう。こっちだ」
「おいおい、奇術師の副業でも始めたのか?」
「趣味と実益を兼ねた趣味さア」
人間ポンプの要領で鍵を吐き出し、舌に乗せてクローへ見せ、彼女に半分呆れられた。
傷の手当てをしたヨルという名の、コルベット艦のクルーの女に貰ったタオルで拭い、スバルはそれでハッチを開ける。
「あっ、アキラさん! 怪我してるじゃないッ!」
祈る様に身を縮こまらせていたナナは一瞬怯えたが、スバルの頬や額の絆創膏を見て、慌てて飛び出して来て抱きしめた。
「いてえって」
「なんで見ず知らずの不審者のために、こんな怪我までして……」
「おいおいおい、なんでお前が泣いてんだよ」
そのまま、ボロボロと涙をこぼして泣き始めたため、手を肩の高さにあげたまま困惑しきりでスバルは固まる。
クローはニコチンリキッドパイプをくわえつつ腕組みをして、その様子に横目で暖かい目線を送っていた。
*
その数時間後。コルベット艦に護衛されて、輸送機は道中で合流した他のそれと共に、目的地のラグランジュポイント・コロニー『NP-47』に到着した。
「いや、ここ警察署じゃねえの」
薬莢つきのライフル弾のような外見のそれに降り立ち、コンテナの送り先に指定された第1階層大空間の『南』にやってくると、そこは警察組織である警備局の『南』区画駐屯地だった。
そこは、このコロニーの全ての浄化施設が集まった、豆腐のような建物やらのたくる配管やらまみれの殺風景エリアだった。
「で、着いてみたがどうだ?」
「何も思い出せないわね……」
「マジかよ」
「おー。お前か。箱から出てきたらコイツを嗅がせろ、って送りつけてきた情報提供者ってのは」
オダマキ、というネームプレートを首から提げた男が、四角い箱で形成された建物から出てきて、ナナに数字以外が何も書かれていないスプレーを手渡した。
「えっ。私が?」
「顔認証システムデータが一致してんだからそうだろが。ほら」
自分を指さしてきょとんとしているナナに、オダマキはシステムの携帯端末を使って100%一致する事を見せた。
「よく分からないけれど、じゃあ失礼して……。――」
「お? 思い出したか」
ナナは動きがピタリと止まって、目を見開いたまましばらく動かなくなった。
「ここまで連れてきてくれてありがとうね。私、ツワブキ製薬の研究員のナナミ・ユミタ。会社の治験結果の不正操作を告発しようとしていたの」
「はい?」
なにかふわふわとした感じが急に抜けたナナ――ナナミは、地に足が着いた理知的な様子に変わっていた。
「じゃあ、なんたってンな超絶回りくどいことしたんだよ」
「開発中の薬には、健常な人が使うと量の調整で記憶を喪失させる作用があるの。
それを告発しようとしたのがバレて、最大量打たれてしまったから、薬が効くまでの間にデータを運び出して自分も脱出するにはこの手しか無かったのよ」
「よくコンテナが都合良くあったもんだな」
「ウエスの納品に使うからよ」
「そういうことか。で、さっき使ったのはどういうカラクリだ?」
「記憶って匂いに強く結びつくから、それを利用して記憶を蘇らせるトリガーにしたっていう要領ね。本来は、ここまで運ばれてこれを受け取って復活、っていう手はずだったんだけど……」
「あー、どっかで漏れてナナミは追いかけられたと」
「でしょうね。多分、協力者の同僚が自白させられたんだと思う……」
そう言ったナナミは顔を伏せて、拳を強く握りしめつつ痛ましげに言う。
「まあともかく、ユミタさんは情報提供者として保護すっから、とりあえず中入って」
「ええ。それじゃあね、スバルさん。いろいろ身体張ってまで助けてくれて、改めてありがとう。お仕事お疲れ様」
「おう。じゃあな」
一転、やや無理に明るくした顔を上げ、スバル顔を正面から見つめ、右手を両手で包む様に握ってナナミは表情をほころばせた。
そのままナナミは警備局で情報提供者として保護され、火星連邦ニュートウキョウ国にあるツワブキ製薬による、記憶障がい治療薬の治験データの改ざんについて証言した。
ナナミが入っていた箱についている伝票データ内に、不正の証拠が洗いざらい詰まっていたため、ニュートウキョウ市警は迅速に摘発へ踏み切った。
それから数ヶ月後。
不正に関わったツワブキ製薬の幹部数名が、記者達に囲まれて警察車両へと連行されていく様子をバックに、アナウンサーが淡々と原稿を読み上げていた。
「はーん。なんか凄いことになってんな……」
休暇として『NP-47』に滞在しているスバルは、野球中継の合間に挟まれたそれを、黒いセパレートタイプのインナー姿でキャビン上部のベッドに寝転がりながら見ていた。
「これで合ってる……わよね?」
「ん?」
すると、エアロックが開け放たれているキャビン下部の方から、聞き覚えのある声がしてスバルはムクリと起き上がった。
「こんなとこ来てて良いのか?」
梯子を下りると、左側の方に白いブラウスとスラックスの装飾がされた、船内外服姿のナナミが紙袋を手に立っていた。
「警備局でオンラインすれば良いからよ」
「なるほど。で、何の用だ」
「ここの企業で雇って貰えることになったから、来ている内に言っておこうかと」
「そりゃご丁寧なこった」
タオルセットが入った紙袋を渡しつつ、
「ねえスバルさん。今度こっちに来るときはお茶でも一緒にどう?」
ナナミはナナのときに浮かべていた、柔らかい笑みを浮かべてスバルを誘い、
「面白え話は出来そうにもねえがな」
まんざらでもなさそうに、彼女はそう言ってそれを受けた。
スペース・トラッカー・ロード 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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