スペース・トラッカー・ロード
赤魂緋鯉
前編
外壁がドラム缶そのままといったデザインの、無骨でかなり大型のコロニーが、片側を地球へ向けて衛星軌道上に浮かんでいた。
コロニー内部は、一般的なコロニーの様な構造とは違い、箱形の荷物ヤードで構成された円柱の塔が、中心に1本通った軸からいくつも放射状に内壁まで伸びている構造になっている。
その一角で、荷受け時間が過ぎた事を知らせるブザーが鳴り、ヤードの片隅に置かれたエアベッドで昼寝していた、黒い短髪の若い女がムクリと起き上がった。
彼女は船内服と船外服を兼ねる、ダボッとした外見で灰色をした、作業服型船内外服を着ていた。
荷物が中心軸にある集荷場から、ベルトコンベアによって自動で振り分けられ、各ヤードにある輸送機の荷台へロボットアームで自動的に詰められる仕組みになっている。
「さーてと。ボチボチ出るかねェ」
同じ行き先のコロニーへ運ぶ、大小様々なコンテナの山を前に、宇宙長距離輸送機パイロットの彼女は首を伸ばすように左右に動かしてそうつぶやく。
彼女の後ろには、地球などの重力下使われている大型トラック型の輸送機が、最後部の搬入口シャッターを全開にした状態でバック駐機していた。
「あン? 気密不良だ?」
操作盤の蓋を開け、ボタンを押してシャッターを閉めようとした所、腕のポケットに入っている通信端末からアラームが鳴り、48番コンテナの気密不良を知らせる音声が鳴った。
「チッ。48って真ん中じゃねーか。かったりいな……」
面倒とはいえ、無視して真空になる荷台にそのまま放置すると、他の荷物にも影響があるので一旦ロボットアームで荷物を引っ張り出して手前に仮置きする。
「これか。ったく、ちゃんとメンテナンスしとけっての」
当該の小型コンテナが出てきて、彼女はぶつくさ言いながらエアロックをかけ直すために、端末からリモコン操作をかけたが、
「あ、やべ。開けちまった」
操作を誤り、再ロックではなく開放のコマンドを選択して、パカッと正方形の箱の上面が開いた。
「……」
「……」
するとその中にいた、身体にピッタリとしたグレーの船内外服を着た、小柄な若い女とパイロットの目がバッチリ合った。
「あっ! えっとその……、怪しいもんじゃないのよ!」
「説得力の無さが青天井なんだが?」
冷や汗だくだくの不審な女は、引きつった笑みを浮かべつつ両手を挙げてアピールするが、パイロットの女は顔をしかめつつ腕組みをしてバッサリ斬り捨てた。
「こんなもんに人入れとくもんじゃねえし、ちょっと箱から出ろ」
「あ、うん」
「こんなケツ拭く紙用の安物使うとかお
「それはどうも……いや、密航自体は容認なわけ?」
「まあ、船壊されずに銭貰えりゃ知ったことじゃねえんでね。善意の第三者様だぜこちとら」
パイロットの女は、そう言いながら端末をいじって48番コンテナの蓋をしめると、再びいじってアームにコンテナを収納させていく。
「でだ。密航の目的が追われて高飛びなら、アタシみたいな『トラッカー』じゃなくて『ロウニン』にたのめ」
「……? それってどう違うわけ?」
「そっからか……。『ロウニン』は犯罪者追っかけるから武装してんだけど、『トラッカー』はデブリ破壊兼用のしょっぱい自衛砲しか持ってねえんだ」
「あ、武装集団と本格的な戦闘になったら太刀打ちできない?」
「そういうこった。宇宙海賊の小舟追っ払うぐらいならなんてことはねえが」
「もっと強いのつければ良いのに」
「
「そういうのがあるのね」
「モノ知ってんのか知らねえんだか分かんねえヤツだな」
などと話している間に再積み込みが終わり、その知識ムラに
「お前、名前は? アタシはスバル・アキラだ」
「どっちも名前みたいね」
「は?」
エアベッドの空気を抜き始めたスバルは、そんな珍妙な物言いをする若い女に眉間のシワを深くして返す。
「あー、ごめんなさい。私は……あれ、なんだっけ?」
小さく頭を下げて謝った彼女は、自分も名乗ろうとしたが、口からも記憶からもそれは出てこなかった。
「おいおい記憶喪失かよ。呼びにくいから思い出すまでナナシって呼んでいいか?」
「せめてナナで! RPGで適当な名前つけて始めるようなのやめて!?」
腕組みをして固まっていると、スバルから雑な仮名をつけられかけたため、若い女は不服そうに顔をしかめて自らナナと名付けた。
「で、ナナは何しに行くんだ?」
「何っていうか……、まあ箱の送り先に行きたいっていうのは間違いないわ」
「高飛びな。そんならちょうど、行き先が腕の良い『ロウニン』が住み処にしてるとこだぜ」
「あ、そうなの?」
「行き先入力したんじゃねえの?」
「してないわね」
「『ロウニン』がいねえ所だったらどうする気だったんだお前」
「まあ何とかなるでしょ」
「いや、思い切りが良すぎだろ。ハンマー投げじゃねンだぞ」
小型のキャンピングカーほどの広さがある、キャビンのエアロックを開いてナナを招き入れたスバルは、彼女へゲートを抜けるまで上にいろ、と通路上の天井の蓋を開けて
キャビン下部は、壁面に後ろを映すモニターが設置されている、通路の左右に出入口のエアロックがあり、その前方には操縦席と助手席が左右の端に置かれている。
上部には手前側にある壁収納式のベッドと、右奥に吸い出し式トイレ、バスタブ、シンクが壁に収まるユニットバス、左奥にライク食品製造3Dプリンターのミニキッチンが備えられている。
「へえ、意外と上の方って広いのね。ちょっとしたホテルみたい」
「コイツは積載100トンの長距離用だかんな。居住性は良くねえとやってらんねえんだよ」
梯子を昇ったナナは、そんな全てがコンパクトに収まったスペースを見て、嬉しげにキャビン下部へ頭を逆さま出し、通信端末を操作しているスバルへ言う。
「輸送船サイズになるとアパートの一室ぐらいになんだけどな」
「へえーっ」
「それはそれとして、もうすぐ出っからちゃんと入ってろ」
「ちょっ、挟まるからっ」
興味津々でキャビン下部を見ていたナナは、フルフェイスヘルメットを被ったスバルに容赦なく蓋を閉められそうになり、それを押さえつけながら頭を引っ込めた。
操縦席のシートに座ったスバルが通信端末を操作すると、照明が赤くなりブザーが鳴り響いた。
「えっ、なになにッ?」
「ただの重力解除ブザーだよ。てか顔出すな」
「あっ、ごめんなさい……」
非常口の小窓からそれを見て、驚いて蓋から顔を覗かせたナナへ、戻れ、とスバルはジェスチャーしつつ面倒くさそうに答えた。
コンベア側のシャッターが降り、重力発生装置がオフになると出入口側が開き、内壁内空間へスバルは機体を発進させる。
ホログラム掲示板に従って、機体を宇宙方面へ向けているエアロックのゲートから出発させた。
しばらく、視界の左右を流れていくガイドブイの赤い光に沿って飛行し、
「よし、そろそろいいぞ」
輸送ターミナルコロニーの
「ふう、なんか緊張したわね」
「そりゃあ良かった。あのコロニー、密航は厳罰に処されっからな」
「えっ」
「冗談じゃなくてマジで。強制送還で済みゃいいが、最悪20年はムショだぜ」
何事も無く出発したことに、冗談めかしてそう言い半笑いで額を拭ったナナは、スバルに衝撃の事実を聞かされ表情が凍り付く。
「どうも、大分危ない橋を渡らせてしまったみたいね……」
「別にダマされたっつってアタシは逃げる気だったけどな」
「せ、殺生な……」
「冗談さァ。サツに情報を掴まれてたら、とっくに検問に引っかかってんぜ」
スバルの冗談に引っかかったナナは、本当に額に浮かんでいた冷や汗を拭った。
「つか、なーにんなとこで突っ立ってんだ。危ねえから座れ」
「はいはい。よいしょ」
「床じゃねえ助手席」
「えっ、いいの?」
「どこを遠慮してんだお前は」
その場にペタンと座ったナナに、ルームミラーを二度見して小さく首を傾げたスバルが、右手で助手席を指さして座るように促した。
「じゃあお言葉に甘えて……。あ、意外と座り心地いい」
おずおずと座ったナナは、思いのほか身体が沈むがそれでいてしっかり支えられる感覚に、感心して少し目を見開いてから微笑んだ。
「こっから結構暇なんだけどよ、どっから来たとかは覚えてんのか?」
「それが覚えてないのよね……。それどころか地球時間で大体3日前からしか記憶自体がなくて」
「へ? 目的は覚えてんのにか?」
「とりあえず、さっき言った目的だけ覚えてて、今の格好で箱にもう入ってたって感じ。あ、なんか追われてるってのも」
「ほーん。そりゃア難儀な事になってんな」
「でも物の使い方とかは覚えてるのよ」
「あーあれか、エピソード記憶だかがないっていうやつ」
「多分それ」
「じゃあ箱の送り先に着ければ思い出せそうだな」
「かなあ……」
「そこはもうちょい希望もてよ。さっきの思い切りはどうした」
ナナは眉毛をぐんにゃりと自信なさげに曲げ、少しがっくりとするスバルに苦笑いをさせた。
「しかしまあ、追われてるってのが良く分かんねえな。記憶喪失のやつとっ捕まえてなんになるってんだ」
「私がもしかして重要情報を持ちだしたエージェントとか?」
「だったら記憶喪失になるとかマヌケな事にならねえだろ」
「それはそうだけど、マヌケって言い方しなくても……」
「それより、うっかり見ちゃいけねえもんでも見てなんやかんやで、の方が現実味あんだろ」
「なるほど」
「どっちにしろ間の抜けた話だけどな」
「じゃあ私が重要な何かを動かすの鍵だった、って事にしときたいんだけど」
「そ、そりゃア、またベタなヒロインだな」
「まだマシでしょ」
突拍子もない事を言い出したナナに思わず吹き出したスバルへ、彼女はムスッとした顔を向けた。
「私の事ばっかり言ってるのは不公平だし、アキラさんの事も教えてもらえない?」
「別に面白い事はなんもねえかもだけど、なにをだ?」
「なんで『トラッカー』になったか、ていうのとかは? やっぱり映画とか見て憧れたとか?」
「そんな綺麗なもんじゃねえよ」
「あー、実入りが良いから?」
「まあそうだな。蒸発したクソ親に押しつけられた借金払えるのがこれだけでな。『ロウニン』できるほどのフィジカルもねえし」
「……なんか、ごめんなさい」
思いのほかハードな話が出てきてしまい、にこやかだったナナは口元を押えて真顔になりつつ謝った。
「まア、とっくに借金は全額返済したから、もうこの仕事が好きでやってンだけどな」
「なあんだ」
いたたまれない様子だったナナは、ニッと笑ってそう言ったスバルを見て安堵の息を吐いた。
「ただ1個だけ面倒なことがあってな」
「えっ、なに?」
「この仕事ってな、心霊現象に遭遇しやすいんだよ。この前、ラジオを選局してたらやってないはずの周波数で声が聞こえたことがあってな」
「ちょっ、そういう話すると呼ぶっていうからやめて!?」
「今時、あっさり信じるなんて珍しいヤツだな」
「ちょっとー。また冗談だったの?」
「いや、怪音声はマジだぞ」
「ひえっ」
へにゃっと表情が緩んでいたナナは息を飲んで、やだもー、と血の気の引いた顔で自分を抱きしめた。
「じゃあとっておきの心霊話を――」
ニタリ、と悪い笑みを浮かべたスバルだったが、ルームミラーに映ったバックカメラ映像の端に、ステルス艇ののっぺりとした黒い影が見えて険しい表情になった。
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