神獣に恋して?

藤森かつき

神獣に恋して?

 メリシーズ・カティは貧乏貴族の令嬢だから、お付きの者もなく、ひとりコッソリと街を歩く。

 出会いの場は、夜会だけとは限らない。特に、裏王家の血筋の男性を捜すには。

 彼らは、夜会には来ない。

 誰かの婚約者としてや、既に婚姻したのなら夜会にも来るらしいが、捕まえるには、別の場所で捜す必要があった。

 

 でも、どこに?

 

 市井に混じって暮らしているらしいことだけしか手がかりはない。

 もはや都市伝説でしかないような噂ばかりだ。それでも、貧乏貴族から脱却するため、裏王家の血筋を持つジュサートの姓を持つ男性を探し出せと、十六歳のメリシーズは厳命されている。

 

 裏王家の血筋を探して婚約に持ち込めと、家人はそういうけれど、流行はやりの衣装を買う余裕はないし、地味めな普段着で髪型も平凡だ。けれど薄茶の髪色と、青い瞳の色は、気に入っている。

 

『……お嬢さん……』

 

 地面から声が聞こえてきた。

 

「え? わたし?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すが周囲に人の気配はない。

 

『……足元です。石ですよ……拾って……』

 

 途切れ途切れに聞こえる声は、頭の中に直接響いていた。

 石?

 言われて足元へと視線を落とすと、不思議な薄緑色に発光している石が在る。

 

「拾えばいいの?」

 

 手にすると発光は止まった。なめらかな手触りの綺麗な白い石。

 

『私は変身の魔石です。神獣に変身します』

 

 石を軽く握った途端とたんに、頭の中に声が響いてきた。問答無用で身体が変化して行く。

 

『わたし、変身したいなんて言ってないわ!』

 

 すでに身体は神獣に変わってしまい、叫んだはずの言葉はメリシーズの頭の中だけで響いた。自分で自分の姿は確認できないし、声がだせない。腕は地面につき、足は折り畳んで座った状態になっている? 長くふさふさの尻尾が背後で揺れている。

 

 きょろきょろと挙動不審になってしまっていた。見下ろす腕は太く毛足の長い獣のものだ。長毛でふわふわの純白。人間より一回りは大きな獣の姿になっているようだ。手にしていたはずの石は、豪華な聖なる装飾品となって獣の首から胸を飾っていた。

 

 と、どこからか超美形な男性が、ふらふらと寄ってきて変身したメリシーズに抱きついた。

 

「神獣? わぁ、なんて可愛い! 綺麗な青い眼だね! 住処すみかはどこかな?」

 

 ギュっと、首筋に抱きついたまま、彼は綺麗なかお相応ふさわしい麗しい響きの声で囁く。ふかふかの毛皮に頬を擦り寄せ、うっとりとした気配をさせている。

 もふもふの神獣になっているらしいが、メリシーズには自分の姿はわからない。喋れない。

 

(わぁぁ、待って! 何してくれてるの? あ。姿が変わってるんだっけ? 怖くないの?)

 

 美形男に抱きつかれて声が出せないままメリシーズはジタバタする。だが、男性へと獣が擦り寄り返したような動きにしかならなかった。

 怖がられたらショックだ、と、メリシーズは思いつつ、余りに懐かれているので、神獣の手で、ぽふぽふと綺麗な容姿の男性の頭を撫でてやる。力加減は弱く、そっとだ。嬉しそうにとろける表情が、超絶可愛く美しい。

 

 二十歳くらいの青年だろうか? 少し短めの巻き毛の金髪と、綺麗な翠の瞳、恐ろしく整った顔立ちをしているが、表情は無邪気だ。

 

(ひゃぁぁぁ!)

 

 と、メリシーズはすっかり心を射貫かれてしまった。でも、神獣の姿を好いてくれているわけだから、元に戻ったらガッカリしちゃうかも?

 

 いつの間にか変身は解けていた。ふわあ、っと花の香りが漂っている。変身が解けるときに香るようだ。だが、青年はまだ抱きついている。擦り寄る仕草の後で、ハッと、神獣でないことに気づいたらしく顔を少し離した。

 

「あっ、わっ、ゴメン……あれ? 神獣は?」

 

 と訊いてくるわりに、抱きついたまま離れない。

 

「わたしが変身してたみたい」

「ああ、やっぱり君が神獣だったんだね」

 

 好い香りがする、と囁き足されギュと抱きつき直された。神獣のときと違って、青年のほうが背が高い。顔立ちだけでなく、地味めな衣装に包まれた身体も、とても均整がとれている。そんな青年の腕のなかにすっぽりだ。メリシーズは拾った白い魔石を手に握っていることに気づき、そっと懐へとしまった。

 

「あの、ちょっと、人前で……さすがにまずいんでは?」

 

 メリシーズは困って小さく声を掛けるが、青年は周囲のことなど全く気にしていない。

 

「神獣さん、住処すみかに連れて行って」

「住処ぁぁ?」

 

 洞窟にでも住んでいると思っているようだ。

 

「わたしは、カティ家の娘でメリシーズ。住処って、ボロ屋敷だけど」

「メリィ? 素敵な名前だね。屋敷、おやしろなのかな? 改修費出すよ。お布施する!」

 

 なんだか、良くわからないが、改修費を出してくれるなら滞在させてみればいいのかな?

 何より、ぴったりくっついたまま離れない。ただ、余りに綺麗な容姿のせいか、無邪気な言動のせいか、少しも嫌な感じはなかった。

 

「あなた、名前は?」

「俺は、リヴィラン。リヴィでいいよ、神獣のメリィ」

 

 うっとりとした響きの声で名乗った。抱きついて離れないし、超絶美形なせいか情が移ってしまった。捨て置くこともできない。どうやら行く所もないらしい。

 

「じゃあ、屋敷に行くわよ」

 

 歩きだすと、さすがに抱きついたままは無理があるらしく手をつながれた。

 

「メリィ、素敵だ。婚姻して?」

 

 家につれて帰ろうとする途中で口説かれている。

 メリシーズは、自分が口説かれているのか神獣と婚姻したいのか、真意が分からず答えに窮していたがリヴィランは気にしている様子もない。

 

 あちこち修繕が必要な広さだけはある屋敷に足を踏み入れると、メリシーズに青年がくっついていることに気づいた家人が慌てている。

 お社ではないし、リヴィランはガッカリするかな? と思ったが、興味深そうな表情で屋敷のなかを眺めていた。

 

「メリシーズ、こ、この御仁ごじんは……?」

 

 父は歩み寄ってくると震える声で訊いてきた。

 

「神獣に変身してたら、離れなくなっちゃったの。リヴィランさん」

 

 メリシーズは父の様子に首を傾げながらも、経緯いきさつというにも奇妙な成り行きを口にする。

 

「もしや、ジュサートさまでは?」

 

 震え声の父の隣に並んだ母も、震えた様子だ。

 え? ジュサート? 捜せって厳命されてた、裏王家の血筋?

 容姿を見て気づいた、というところのようだ。

 

「そうだよ。リヴィラン・ジュサート」

 

 リヴィランはあっさり、認めた。

 

「どうか、末永く、家にいてください!」

 

 父も母も、懇願する気配だ。行く所がないらしきリヴィランが追い出されはしないようでメリシーズはホッとする。もっとも、ジュサートだと知ったなら、何があっても逃すわけにはいかないだろう。

 

「しょっちゅう神獣に変身してくれるなら、いいよ?」

 

 リヴィランはメリシーズの身体を背後から抱き締めながら応えた。

 

「神獣?」

 

 父母は眼を丸くして首を傾げた。

 さっき変身したって説明したのに、まったく聞こえてなかったらしい。

 

「あ、やってみたほうが早いかしら」

 

 メリシーズが懐の魔石を取りだして握ると、『神獣に変身します』、頭の中に声が響いて、ポン、と、もふもふの神獣に変身した。街外れで変身したときより、少し大きくなって感じられた。

 豪華な聖なる飾りのせいで神々しいらしい。

 

「ああ、素敵だ神獣メリィ! 婚姻しよう?」

 

 何度でも変身できそうで、ホッとしていると、ギュとリヴィランに抱き締められた。

 もう神獣に変身できない、となったら、きっとリヴィランは悲しむ……というか、どこかに消えてしまうに違いない。

 

 なんだか裏王家の血筋を手にいれるように厳命されていた目標を、メリシーズはあっさり達成してしまった。

 リヴィランは、さっきよりも少し大きめな神獣になったメリシーズの首筋に抱きつき、思い切りスリスリしている。

 

 父母は、驚愕きょうがくした表情を浮かべているが、娘が神獣に変身している事実よりも、娘がこの姿でジュサートを手にいれた、という僥倖を噛み締めているのは明白だった。

 

 

 

 食事の際も、他のどんな事柄の際も、リヴィランが優先された。

 リヴィランは、食べる姿もとても優雅だ。うっとりれてしまい、つい食事の手がとまる。

 

 裏王家の血筋といえど王族に違いなく、突然、王族が家族の一員として暮らすことになったのだから、家人も少ない使用人たちも大わらわ、といったところだ。

 

 その日のうちに、メリシーズはリヴィランと婚約した。

 

 リヴィランは神獣と一緒の部屋で暮らす、と、言い張った。父母は微笑ましそうに、了承する。

 婚約者になったのは確かだけど……。

 どういうことよ、と、メリシーズは母を戸口の向こうに引っ張って言いつのる。母は、ジュサートの男性は安全だから大丈夫よ、と、何やら奇妙なことを口にした。子供を作るなら苦労するわねぇ、と、母がひとちる言葉の真相は、そのうち問い詰めることにした。

 

 

「ねぇ、神獣メリィ、またもふもふに変身して?」

 

 リヴィランは定期的に変身してほしいとねだった。特に難しいことでもないし、変身は心地好くもあるので、メリシーズは魔石を握って変身する。

 

「はぅぅ、ああ、本当に素敵だっ、このまま一緒に眠りたい」

 

 途中で変身はとけると思うが、喋れない。まあいいか、と、メリシーズは神獣の身体で、ふわりと寝台へと飛び乗った。ふたりで過ごすと聞いて、急遽きゅうきょ、広い寝台の置かれた客間がメリシーズの部屋になっている。

 

 巨大な猫のように感じるが、白く長い毛足の、大きな狐のような感じなのかな? と、よく動く耳の感じと、ふさふさの尻尾の揺れから推測した。

 明日の昼間にでも、物置から大きな鏡を引っ張りだして確認してみよう。

 

 リヴィランは箱座りするメリシーズの首に抱きついてから、背へと撫でる手を滑らせた。ぱたぱたと、尻尾が揺れた。リヴィランの手に誘導されるまま、背を向けた状態で手足を伸ばす。リヴィランは背後から抱きついて、ふさふさの喉を撫でてきた。

 

「すごく気持ちいいよ、神獣メリィ……」

 

 毛皮に顔を埋めながら、リヴィランは安堵したように囁いた。深い安心感に包まれているらしきを、神獣に変身しているせいか感じとることができた。気ままで無邪気なリヴィランだが、もしかして苦労してきたのかな? と、メリシーズは抱きつかれたまま瞳を閉じる。

 

 そのまま眠ってしまったようだ。誰か、使用人か母か、眠るふたりに毛布を掛けてくれていた。

 

 

 

 婚約したリヴィランは、お布施だと言って大金を出した。荷物など何も持たないリヴィランだったから、どこから出したものかギョっとしてしまう。

 カティ家は、ありがたく屋敷の改修をはじめると共に、敷地に別棟の建築もはじめた。

 リヴィランとメリシーズの新居とするつもりのようだ。

 

 それでも、有り余る出資金だったが、リヴィランはまだまだ幾らでも出すつもりでいる。

 さまざまな貴族の家で、ジュサートの姓をもつ裏王家の血筋を捜している理由を垣間見てしまった。すごい財力だ。

 

「夜会で、婚約者のお披露目をしなくちゃね」

 

 母はいそいそと、ふたりのための豪華な衣装を造る服飾職人を手配している。

 自宅で夜会を開くわけでない。近く王族直系の有力貴族であるフェノ家が開く定期夜会へ出席し、参加者にお披露目するのだ。

 

 フェノ家は、今、最も勢いがある有力貴族だった。立て続けに王位継承権のある王女へと婿入りさせたことで、俄然がぜんフェノ家は存在感が大きくなっている。

 五家ある有力貴族は、元々は王族からの分家として始まったのだが、今は王族の血を引きながらも王家とは遠縁だ。王家の者の婚姻相手が、有力貴族から選ばれるのは最近の傾向のようだった。

 

 カティ家は、フェノ家の管轄する領地のなかに存在する下級貴族だ。だが、裏王家の血筋のジュサートを婿にすることで、上級貴族の仲間入りとなるらしい。

 

 

 

 夜会を開くフェノ家は、ウィクレーンの都を統括する。ウィクレーンは内陸だが王都に近く栄えている都だ。

 カティ家の領地はウィクレーンでは南の端だが、王都に近い。とはいえ、ウィクレーンはフェノ家を中心にして栄えているので、王都寄りであってもカティ家の周囲の風景は田舎めく。

 

 二台の馬車で夜会へと向かった。

 馬車は四人乗りだが、王族であるリヴィランを四人乗りに詰め込むわけにはいかないからと、父母は控え目な馬車に乗った。

 

 メリシーズはリヴィランと一緒に豪華な馬車だ。

 服飾職人の作ったメリシーズの衣装は、初めて目にする華やかなものだった。髪型も流行はやりの形に結われ、綺麗な飾りがつけられた。

 

 リヴィランは、夜会用の衣装を所持していた。身軽にみえて、どうやら、魔法的な物入れを身につけている。金も必要な品も、全部放り込んであるらしい。

 所持していた衣装は、リヴィランの綺麗な容姿を、ますます輝かせる。見ているだけで気絶しそうな美しさだった。リヴィランは、ずっと、メリシーズの手を握って離さない。

 

「メリィ、素敵だ。神獣の姿も素敵だけど、こっちも好いよ」

 

 馬車に揺られて緊張するメリシーズへと、リヴィランはうっとりしながら声を掛けてくる。リヴィランとしては、神獣を飾るのが愉しく嬉しいらしい。それは、メリシーズ本体に対しても同様のようだ。

 だが、リヴィランの言葉には説得力がない。美しいのは誰がどう見てもリヴィランだ。ただリヴィランは自分の容姿のことは、どうでも良いようだった。

 

「リヴィとの婚約をお披露目だなんて、まだ夢を見てるみたいなの」

 

 とはいえ、メリシーズは夢見心地になりきれず、不安もいっぱいだ。

 ただのお披露目ではない。裏王家の血筋であるジュサートであることを明かしての婚約披露となる。フェノ家が直々に、カティ家を上級貴族へと格上げする手続きを行う。

 

「お披露目で神獣になっちゃダメだよ? 俺だけのものだからね?」

 

 リヴィランはうっとりした表情で釘を刺すように囁いた。夜会で変身しろと言われずに済みそうで、メリシーズは安堵する。

 同時に、なんだか緊張が解けた。

 

「夜会で変身なんてしたら、追い出されちゃうし。フェノ家に迷惑は掛けられないよ」

 

 応えながら、リヴィランが一緒にいてくれるなら、何事もなんとかなるような気になれた。

 

 

 

 リヴィランに手を取られて馬車を降り、父母に先導されてフェノ家の城内へと入って行く。

 カティ家のジュサートとの婚約は、既に話題騒然となっているようだった。

 優雅な曲がかなでられるなか、夜会会場の広間へと進んだ。

 

 石造りの城で、床も石材。

 あちこちに、重厚な緞帳が下ろされ綺麗に束ねられて装飾的だ。

 夜会会場では、雅な曲が演奏されていた。

 

 着飾った貴族の娘たちは、ジュサートを得た者がいるという事実に悔しそうな表情をしている。とメリシーズは感じていたが、リヴィランの姿を間近で見た途端とたん、皆一瞬にして心奪われた表情に変わった。

 

 ボーッとれる視線に見守られる形で、カティ家は、フェノ家の面々を目指して進んで行く。

 フェノ家の若き当主ルムノンは、王家へと婿入りしたユグゼントの兄だ。

 

「このたびは、お招きありがとうございます」

 

 メリシーズは、緊張しながらもルムノンへと優雅な礼をとった。隣でリヴィランはニコニコと笑みを深める。ルムノンは、リヴィランへと丁寧な礼をした。

 裏王家の血筋であるジュサートの姓を持つリヴィランは王族だ。フェノ家当主といえど礼儀を欠くことはできない。

 

「リヴィラン様、ご出席を感謝いたします。婚約を祝し、カティ家は上級貴族へと格上げにいたします」

「ありがとう。手続きは任せるよ」

 

 リヴィランは笑みを深める。

 羨望の眼差しが注がれているのがわかった。

 

「畏まりました。どうぞ、夜会をお楽しみください」

 

 ルムノンへの挨拶が済んで、メリシーズはリヴィランに腰を抱かれながら夜会のただなかへと戻って行く。近隣の貴族たちが次々に挨拶してきて大変だった。今までは、夜会に来ても上級貴族へと挨拶に行くばかりだったが、珍しいジュサートの存在を確認したいのか、群がってくる。

 

 馴れ初めを訊かれたりもするが、応えにきゅうしてしまった。まさか神獣になったともいえず、メリシーズが沈黙するせいで、ジュサートの都市伝説を余計に強めてしまったらしい。

 

 リヴィランは笑みながら、メリシーズの腰を抱きつつ群がる者たちから逃れるように、踊りの場へと進んだ。メリシーズは踊ったことなどなかったが、リヴィランに誘導されて踊れている。踊っているうちは、挨拶もこないし、一安心だ。

 

「リヴィ、踊りが得意なのね」

 

 少しは習ってはいたけれど、リヴィランのお陰で驚くほど優雅に踊れた。リヴィランが不思議な力を働らかせているような感じだ。

 

「このまま抜けだそうよ、神獣メリィ」

「帰るの?」

「ちょっと休もう?」

 

 休んだりしたら、また群がられそうだが、リヴィランは踊りの続きのように、さりげなく中庭へと向かう。張りだしの壁際、緞帳の影の暗がりへと滑り込んだ。

 

「わ、すごい。こんな場所があるのね」

 

 人混みを離れられホッと一安心。リヴィランはメリシーズの身体をクルッと向かい合わせにして抱き留めた。おとがいへと指先に触れられ、上向くとリヴィランは唇に唇を重ねてくる。

 

(ええええっ!)

 

 メリシーズは混乱して頭が真っ白になっている。

 しばらく、リヴィランはうっとりとした気配で唇を擦り寄せていた。

 

「なななな、なに? これ?」

 

 唇が離れるとメリシーズは吃驚びっくりして、真っ赤になりながら訊いた。

 この国には、唇を触れ合わせる、などという行為は存在していない。

 

「あ、これ、気持ちいいね」

 

 リヴィランは陶然とした表情だ。

 

「ジュサートの同期が、覚えたみたい。キスだって」

「同期?」

「そう。一緒に育った五人。少し以心伝心するよ」

 

 そういって、もう一度キスされた。

 

「そんなにたくさん、ジュサートっているの?」

 

 全く都市伝説としか思えないほどリヴィランに逢うまで遭遇したことはなかったし、フェノ家の夜会でも、今まで一度も参加はなかった。たくさん居るよ、とリヴィランは小さく囁いた。

 

「あら、こんなところに居たのね。疲れたでしょう? もどりましょうか」

 

 母は、姿を消したふたりを捜していたようだ。父は、ふたりの代わりに挨拶を受け続けている。

 立食の夜会ではあるけれど、とてもゆっくり食べている暇などないに違いない。

 

「うん。社に帰ろう?」

 

 リヴィランの言葉に、母は上機嫌な笑みを向けた。

 

 

 

 リヴィランとふたりで暮らすための別棟の建築は、順調に進んでいる。王族が住むということで、豪華なものを建てるようだ。リヴィランは社が建つのを楽しみながら、寄進と称して金をどんどん注ぎ込んだ。

 婚姻の式は、別棟の一階で執り行う予定らしい。

 

「いいね、神獣の住処すみかで一緒に暮らせるの最高!」

 

 リヴィランは、建築の様子を眺めながら嬉しそうだ。他にも、ことあるごとに、衣装やら飾りやらを買ってメリシーズを飾りたてる。

 メリシーズを飾るのは、神獣を飾るのと一緒らしく、お布施、といいながらどんどん買い込んだ。

 とても満足感のある金の使い道らしい。

 

 飾りたてられた状態で神獣に変身すると、より神々しく派手に飾られた神獣の姿になる。変身すると、身につけていたものが自然に飾りとして変化するらしい。神獣は、ふさふさの狐耳で、目元には赤い隈取りが、頭にはちょっと色合いが変わった飾りの長いもふもふがある。

 

 メリシーズが神獣に変身すると、リヴィランはその姿のときにもキスしてきた。目眩めまいがするほど気持ち好いし、ふたりしてめろめろになっている。

 なにもかも順調だ。

 

 ただメリシーズは、今となっては魔石を無くしてしまうことだけが心配だった。

 

『離れませんよ』

 

 魔石が、こっそり頭の中に囁いてくる。

 メリシーズを気に入ったから決して離れないそうだ。魔石は、リヴィランが贈ってくれた首飾りに同化してメリシーズを密かに飾ってくれていた。沐浴の際も、目立たない首飾りに変化して、身につけたまま湯に入れる。常に肌身離さずにいられる形だ。

 

 リヴィランだけでなく魔石も、メリシーズが神獣に変身するのを気に入っているらしい。

 メリシーズは不思議な幸せをかみしめながら、神獣の姿でリヴィランへとキスを返した。

 

 

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神獣に恋して? 藤森かつき @KatsukiFujimori

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