[3] 強敵
また3人で飲む。だいたい10日ぶりといったところか。
特に約束してなくて酒場で会ったらそのまま流れでといった感じ。だから妙にいっしょに飲む機会がつづくこともあれば、めっきり会わないこともある。
そうして最近あいつ見てないなと思って周りの人に話を聞いてみたら『ああ、あいつならついこの間死んだよ』、なんて驚きのニュースをぶちこまれるケースもあるが幸いなことに今のところ3人のうち誰も欠けずにすんでいる。
「お前のとこのパーティーあれからどうなった?」
樽見は間に尋ねる。正直よそのパーティーの話などくそほど興味もなかったが酒の肴程度にはなる。
「丸く収まったよ」
「そいつはよかった」
まったくそんな風には思ってないのにそんな言葉を口にする。決まり文句みたいなもので意味はない。
「結局2人ともまとめてふられてな、今はいっしょに悪口言ってるよ」
それは丸く収まったと言えるのだろうか?
「だっさ!」
千ヶ崎が大声で笑いながら叫んだ。樽見も同じことを思ったがさすがにそれは言わなかったのに。そのぐらいの分別は持ち合わせている。
「言ってくれるなよ」
間がうつむいて酒に口をつける。その姿には哀愁が漂っていた。
「昔はさ、男3女3みたいなパーティーに憧れたな」
「昔はな」
酒がまずくなってはかなわないので話題を変えれば間が乗ってくる。
パーティー内でくっついたりはなれたり青春っぽい感じ。そういうのに漠然と憧れてた。
「今は――むしろそんなパーティー入りたくない」
「わかる。面倒くさすぎる」
「仕事にならないだろうな、おそらく」
命をかけた仕事。一瞬の油断が命取りになる。ほれたはれたをやってるヒマはない。
あんなのは物語の中だけで成立する。実際にいくつか例を見たことがあるけど、いずれも1か月持たずに崩壊してた。
千ヶ崎が屈託ない調子で話に入ってくる。
「俺は断然男1女3派だったぜ」
「そっちはそっちできつそうだな」
樽見も間と同意見だ。考えるだけでうんざりする。
「でもつづいてるとこあるだろ、寄川んとことか」
「成立はしてるけど――寄川いつも死んだ目してるぞ」
「バランスとるのが死ぬほどしんどいって愚痴ってた」
あとは体がもたないとも。
昔は男1の方が主導権握ってると思ってたけどそうじゃない。どっちかというと女3が主体となって管理している。男1は管理される側。現実なんてそんなもんである。
話題をずらしたつもりがまた暗いところに行き当たった。さらにがらりと変えてやる必要がある。ふと思い出したことがあったので樽見はそのままそれを口にした。
「人員募集出てたな、ドラゴン退治の」
「出てた出てた。まああんまり集まりはよくないようだが」
「仕方ないだろう。報酬がよくても危険度が高すぎる」
ドラゴンはどこに住んでいるかわかっている。普段はのんびり過ごしていて人間に害を与えない。けれども数年に一度住処を出てきて街を襲う。
その度にドラゴンを退治しようという話になるのだが、なかなかうまくいかない。冒険者も1年目2年目ならともかく10年過ぎてくると『ああまたそんな時期なのか』とちらりと思うぐらいで、たいした関心も示さない。
「俺、もう申し込んだ」
自分らに関係ない世間話のつもりが、千ヶ崎がとんでもない爆弾を投げ込んできた。一瞬空気が凍りつく。
「お前正気か」
頭がおかしい人間を見る目を間は千ヶ崎に向ける。千ヶ崎の頭がおかしいのは今にはじまったことじゃないがそれはそれとして。
「リーダーにもそれ言われたよ」
「なんて返したんだ」
「冒険者だったら当然だろ、リーダーはまだなのかって」
「あー、お前んとこのリーダーって見栄っ張りだもんな」
「俺はちょっとスケジュール確認してからにするわって誤魔化された」
それにしても自分で話題振っておいてなんだけど、まさか飲んでる仲間うちにすでに応募してるやつがいるとは思ってなかった。
樽見は自分ならどうかと考えてみる。
余程食い扶持に困ってない限りすすんで参加しようとは思わない。だが別に千ヶ崎がそこまで困っているという話も聞いていない。その結論にたどりついた思考過程を理解できない。
「木戸さんのこと覚えてるか」
記憶はつながっている。ドラゴン退治のことを考えていればどうやってもそこにたどりつく。
「忘れられるわけねえよ。えーと、もう10年になるか」
間もそれは似たようなものだろう。忘れることのできない苦い記憶だから。
「そんなになるんだな。厳しい人だったよ」
「でもいい人だった。いろんなこと教えてもらった」
「骨の一欠片も残らなかったけどな。全部ドラゴンに食われた」
おそろしく強い人だった。この人がいるならもしかすると……という空気があの時は流れていた。
「俺らあの頃の木戸さんより年くってんだな」
言われてみればその通りだ。絶対に追いつけない存在だと思っていた。いつのまにか追い抜いていた、年齢だけは。
今さら後悔だとかそんな感情はない。多分過去に戻ったところで同じような道筋を自分はたどることだろう。運命といったような他からの強制ではない。同じような人間が同じような論理を繰り返す、それだけのことだ。
「ひとつ俺らも命かけてみるか!」
そんな言葉が樽見の口からは零れ落ちていた。
自分はまちがいなく酔っているに違いない。でなければこんなこと言うはずがなかった。
間は世界にまともなのは自分だけなのかといった風に天をあおぐ。それから大きくわざとらしくため息をついて、「たまにはそういうのも悪くない」とそんなふうにのたまった。
恐らく酔いがさめたらなんてバカなことをやったんだと自分をののしることになる。わかっているが酔いに任せないと飛びだすことができないのだ。自分たちは臆病になりすぎた。
誰が言うでもなくグラスを高く掲げる。目と目をあわせてタイミングをはかる。
今はパーティーを組んでいないがなんだかんだ気の合う仲間だ。考えていることはだいたいわかる。わからなくてもいっしょにいれば楽しい。それで十分だ。十分すぎる。
『乾杯!』
高く澄んだ音が酒場に鳴り響いた。
今は浴びるように酒を飲もう。そうして泥のように眠ってしまうのだ。目覚めた時のことは目覚めた時の自分が考えてくれることだろう。
明日は明日の風が吹く!
冒険者たちは酒場で語る 緑窓六角祭 @checkup
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