[2] 解散

「うちもまずいかもしれん。解散秒読みだ」

 間はズレたメガネを直しつつそんなことをぽつりとつぶやいた。

 樽見は言われて間の所属しているパーティーを思い出す。重戦士1、軽戦士1、神官1、魔術師1と、標準的でバランスのとれたいい編成だ。

「お前のところ、何か問題があったか。最近調子いいように見えるんだが」

「平賀と糸井が、その、な」

「女か」

 間の言いにくそうな様子だけで樽見にはだいたいの事情が察せられた。冒険者間でよく発生しがちな問題だった。内部にとどまるにしろ外部を巻き込むにしろ、恋愛沙汰はたやすくパーティーを崩壊させる。


「同じパーティーに属する男に同時に手を出すのはなしって決まり作ってくれんか」

「いや向こうからしたら同じパーティーかどうかわからんだろ」

「冒険者はどこのパーティー所属かわかるように常に印つけるってことで。例えばおそろいのバンダナとか」

 間はビールをちびちびとなめながらそんな発言をする。口調だけはもっともらしい。だが大の大人がそろって同じ意匠をつけて出歩いているというのは――なんというかちょっと気恥ずかしいものがあった。

「しかしこの街だけでも冒険者パーティーは50近くあると思うんだが」

「そうだな。しかも常に増えたり減ったりしてる。印案はちょっと無理っぽいか。だいたい酔った頭で考えることなどすでにどこかのだれかが検討してるだろう」

 そう、酔っている。酔っていて、酔っていることを自覚できているのだから、間はなんだかんだ扱いやすいタイプの酔っぱらいだ。酔っていて、酔っていることを自覚できてないやつより随分マシだ。


「で、解散の方はどうなんだ、まじでやばい感じ?」

 ようやくこびりついた肉をとることに満足したのか、千ヶ崎は骨を放り投げる。

 こいつの場合は酔っていても酔っていなくても戯けたことを言っているので、酔っている自覚があってもなくてもあまり関係がない。

「1週間以内に空中分解する可能性が90%ってところだ」

「本当に秒読み段階だな。うち来る?」

「そんな気軽に誘うな。というかお前んところすでに魔術師2人いんだろ」

「そうだった。リーダーに聞いてみるまでもなくダメだったわ」

 余程の大所帯でない限り、魔術師が3人いるパーティーは考えづらい。

 肉体派の魔術師もいるにはいる。が彼らの大半はひ弱だし、魔術の発動には時間的なラグがどうしても発生する。それを複数抱えるリスクを普通は許容できない。


「うちはそのリーダーが魔術師だから難しいな。探索役なら補充したいところだ」

 聞かれる前に樽見は断っておく。するとなぜか

「そうなの? じゃあ俺が入ろうか?」

 と千ヶ崎が話に乗ってきた。

「いやお前は今のところで上手くやってるだろ」

「特にやめる理由はないな」

 だったらなんで乗ってきたのか、長い付き合いになるがこいつのことは本当にわからん。

「まあ蓄えないわけじゃないし解散してから本気で考えるわ」

 こいつらに相談してもどうにもならねえやと判断したのか、間は強引に話を打ち切った。


 話題が途切れる。黙って酒を飲む。1人で飲む分にはそれで構わないのだが男が3人で面突き合わせてるのにいずれも黙っているのは辛気臭くていけない。酒がまずく――なりはしないか、酒はいつでもうまい。

 ふと思いついて樽見は口を開く。

「そろそろ俺らも自分でパーティー旗揚げしてもいいころでは?」

「年齢的にはそうだな。他のパーティー見てもリーダーは俺らと同世代もしくは上がほとんどだ」

 間が同意する。

「どころか1つか2つ下でもリーダーやってるやつが出始めてるぞ。木田って覚えてるか」

「あー、あの剣の持ち方もわかってなかったひよっこな」

「何年前の話だ、それは。あいつ今自分主体のパーティー立ち上げようと動いてるらしい」

「まじで? 時の流れは早いもんだな。あいつが、そうかー」

「なんでそんなことお前が知ってんだ?」

 と千ヶ崎が疑問を投げかけてきた。樽見は答える、実に簡単なことだったから。

「誘われたからな。まあ今のところで悪くないから断ったが」

「移籍するかどうかはともかく俺のところにも誘いに来いよ」

 断るの前提で誘われるの望むなよと思う一方で、まるきり誘われないのはなんかいやだと感じるその気持ちはわからなくもなかった。


「問題は人が集まってくるかどうかだ」

 肴なしでビールだけをひたすら飲みほしながら間がそうこぼした。

「何の話してんだ?」

 千ヶ崎が聞き返す。頭に酒がまわって話の流れが見えてないようだ。

「さっきのつづき。俺がパーティー新規結成するって宣言するだろ。で、人員募集するじゃん。まったく誰も来なかったらお前どう思う?」

 間の問いかけに対し千ヶ崎はしばらく考えてから答えた。

「めっちゃ間抜けだなって。思いっきりピエロじゃん。もしかして自分に人望があると思ってたのかな。どの面下げてそんなこと考えてんだよ。だれもお前なんかについてきゃしねーよ、勘違い野郎。冒険者ってのは常に命がけなんだよ。お前みたいな現実が見えてないやつなんかにリーダー任せられるかよ、ばーか」

「言いすぎだろ」

「お前が聞いてきたんだろうが」

「でもまあそういうことだよ。だれもついてくるやついなかったら俺引退する自信あるわ」


 思ったより間は落ち込んでるらしい。飲んでるせいで余計に思考が暗い方に向かっているのか、思考が暗い方に向かっているから余計に飲んでいるのか、そこのところははっきりしないが。

「最悪俺らでまた組むか」

 あえて明るいトーンで樽見は言ってやる。多少の慰め程度になればいいと思って。

 先に反応したのは間でなく千ヶ崎の方だった。

「正気か。昔組んでた頃のこと忘れたのかよ」

「あの頃よりは俺たち全員成長してるし同じ失敗はしないだろう」

「うん、それもそうだな。案外いい感じになるかも、付き合い長いし――よっしゃやるか!」

「やらねえよ、もしもの話だ。でもまあ5年後10年後なら」

「なんで5年後10年後?」

「年食ってきたら相当有能じゃない限り追い出されるだろ。そん時になって3人とも行き場がないようならまた組むってことで」

 そんな2人のやりとりを聞いてから、間はジョッキをテーブルの上に置くと、盛大にため息をついた。

「ほんと最悪な、他にやりようがない最悪の場合に限ってそうするか」

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