冒険者たちは酒場で語る

緑窓六角祭

[1] 新人

「最近どうよ」

 そこそこににぎわう酒場の片隅、丸テーブルを3人の男が囲う。そのうちの1人、小柄ですばしっこそうなやつ――千ヶ崎ちがさきはとりあえずビールで喉をうるおすなり、そう切り出した。

「話のフリ雑か」

 メガネをかけた理屈っぽい男――はざまが呆れたようにこたえる、手元でちまちまと細身魚の骨を取り除いてやりながら。

「俺らの間で今さら丁寧にやる必要ないだろ」

「それもそうだな」


「最近うちに新人が入って来た」

 ぽつり、千ヶ崎と間のやりとりに、3人目の大男――樽見たるみが口をはさんだ。彼は岩黒蛇の頭焼を1匹食べ終え、ちょうど通りがかった店員に追加でもう1匹注文した。

「へー。使えるやつ?」

 その話に興味があるのかないのか、非常に軽い調子で千ヶ崎は聞き返す。樽見はそれが千ヶ崎の平常運転であると知っているから、そのあたりをいちいち気にせずに言った。

「しっかりしている。俺らが新人の頃よりずっと」


「いやあれと比べればだいたいの新人は有能だろ」

「ひどかったよなあ、よく死ななかった」

 樽見の評価に千ヶ崎と間はそれぞれ過去を思い出しつつ感想を述べる。

 一時期彼ら3人はパーティーを組んでいた。わりと短期間で解散したが。理由は冒険性の違い。

 ただし別段険悪になって別れたわけではないので、わざわざ約束することはしないが、こうして会えばいっしょに飲むことがある。月に2、3回ぐらい。

 2人の感想に樽見は同意する。

「死んでもおかしくなかった場面は何度かあった」


 その発言に触発されたのか、千ヶ崎は急に過去のことが脳裏に鮮やかに浮かび上がった。

「深原遺跡に侵入した時とか」

「あれはお前が悪い。きちんと斥侯の役目を果たしてなかった」

 間はつぶやく。彼もまた記憶を呼び起こされたのだろう、たった今その失敗があったみたいに、苦々しげな顔をして千ヶ崎をにらみつけた。

 けれどもそんな視線ごときに怯む千ヶ崎でない、かわらぬ軽い口調で間に言い返す。

「いや事前調査の段階で気づくべきだろ、よって悪いのはお前」

 そうだ、あの頃、現地での探索は千ヶ崎の役目だったが、それ以前の段階では間が責任を負っていた、例えば依頼の見極めであるとか。


 微妙に空気がひりついてきたところで、樽見は2人の間に割って入った。

「確かにあの時は俺らの手に負えるレベルをはるかに超えてた」

 誰だって失敗はある。それを今さら掘り起こしたって仕方がないのだ。

「警備ゴーレム作動させたのは樽見だったろ、覚えてるぞ」

「決定的な引き金ひいたのは樽見だったな」

 思わぬ反撃を喰らった。樽見はため息をつく。藪蛇だったか。つついたところでそいつは食べられない代物だけれど。

「昔の話するのはやめとこう」


 ほんの一瞬だけ場に緊張が走って、それからすぐさま和平協定は結ばれた。

「そうだそうだ。現在から未来にかけての建設的な話をすべきだ」

 妙に真面目そうな面を作って間が言えば、

「場末の酒場で飲んだくれながら?」

 千ヶ崎は変わらぬ調子で混ぜ返した。

「細かいことはいいんだよ」

 間は処理がすんだ細身魚に手をつける。ちくちくとそいつをつつきながら酒を進めていく。

「何の話をしていたんだったか」

 樽見はジョッキに残ったビールを飲み干した。店員が通りがかったらおかわりを注文しよう。


「お前んとこに新人が入って来たって話だよ」

 忘れてしまっても構わないような話題だったが、千ヶ崎が覚えていた。話題が変えられるならなんでもよかったので、樽見はその話に戻ることにした。

「そうだったな。その新人、まず礼儀正しい」

「本当か? ガキなんて誰彼構わず噛みついてくるもんだ」

 細身魚から顔を上げ、間は樽見に疑惑の視線を向ける。千ヶ崎もそれに同意のようでうなずきながら言った。

「俺なんていまだに気を抜くとついやっちゃうぞ」

「それはさすがにだめだろ」

「だいじょうぶだ。時々だから」


 すぐに話がずれる。ずれたままでもいいが、せっかくだから話しておこうと樽見は思う。

「千ヶ崎のことはどうだっていいんだよ。その新人なんと雑用もすすんでこなすんだ」

「まじかよ。俺なんて雑用しろって言われてもすぐにはやんねーぜ」

 と驚きの声をあげる千ヶ崎に、間は

「お前ほんとよくつづけられてんな」

 冷たい視線を送る。

「すごいだろ」

 千ヶ崎は胸を張っている。長年の付き合いになるが間も樽見もなぜ千ヶ崎がそんな誇らしげにしているのか、さっぱりわからなかった。


「バカの話は放っておくとして――なんか欠点あるだろ、その新人」

 間はその言葉通りに千ヶ崎から視線を樽見に移動させる。

「肝心の冒険で役に立たないとかな」

 バカと呼ばれることは気にも留めずに、千ヶ崎は星角鹿の骨を噛みつつ言った。

 樽見はその新人のことを思い浮かべながら答える。

「攻撃役よりの軽戦士だが高いところでまとまってる。オールラウンダータイプだな」

 嘘はついていない。中堅レベルには届かないが、その能力はいずれも高水準だった。


「よかったじゃん、これでお前のとこの将来明るいな」

 細身魚の頭をほじくりながら間は言う。なんだかよくわからない方向に話が行ったり来たりしていたが、確かにパーティーメンバーが優秀なことは本来喜ばしいことだ。

 まったくその通りだという風に樽見は深くうなずいた。それから2杯目のビールを半分ぐらいまで飲んで、ジョッキをテーブルに静かにおくと、ぼそりと彼はつぶやいた。

「まあすでにパーティーにいないわけだが」

「は? どういうことだ?」

 千ヶ崎が聞き返す。樽見は頭を横に振ってからそれにこたえた。

「自分から出ていった。どうやら逆にこちらが見限られたらしい」

「そっかー……」

 気の抜けたように間は言葉を漏らした。


 この業界、リーダー含むパーティー側がメンバー選ぶことが多いが、その逆だってある。新しく入ってくる、または入ってきたメンバーが、既存の他のメンバーを見極めるというパターン。

 その新人がやめてった理由ははっきりしないが、優秀と思われる人材が自分から出てった時の残った側の不安たるや、ちょっと言い尽くせないものがある。

 気まずい沈黙の中、千ヶ崎は明るく笑って

「しゃーない、切り替えてけ」

 と何の役にも立たないアドバイスを樽見に与えてくれた。

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