第7話 雰囲気が良すぎて嫌だ
「失礼いたします、お話し中に申し訳ございません」
ドアを開けたのはシエナだった。ちょうどいいタイミングで来てくれるなんてさすがだよ。シエナの好感度がまた一つ上がった。
「ちょうど終わった所だから大丈夫。先生もお忙しい中引き止めてしまってすみません、ありがとうございました」
「いえ……」
もう少し話したそうにこちらを見て来るが、気付かぬふりをする。その好奇心を満たせる答えを差し出すことはできないから諦めて帰ってほしい。
ただの体調不良じゃないのなら、私がアリアの身体に入ったせいで何かバグが起きた、というのが一番可能性としてはありそうだけど……そんなこと言えるはずもなく。
もし、雪だるま式で私がアリアじゃないとバレて、アリアを返せと言われてもどうすることもできないし。
「では私はこれで失礼します……何かございましたらいつでもまたお呼びください」
もう呼ぶことがなければいいな。
医師は残念そうに立ち上がり、荷物を纏めた。
「……!」
その瞬間、見えた紋章に私は驚かずにいられなかった。
――王室所属の医師だったの!?
襟章が付いてなかったから全然気付かなかった。
王室所属ということは、つまりはエリート街道まっしぐらということだ。就きたい職業ランキングだって、きっと一位だろう。待遇も給料だってどこより良いだろうし。
漫画の中で医師のエリートといえば、プライドが高くて、服も皺一つなくキチッとしてて、几帳面で。そんなイメージだったんだけど、やはり漫画と現実は異なるようだ。
それにこの男、適当すぎる!
付けるだけで誇りになりそうな襟章を外してるのもだけど、開いたバッグの中がごちゃごちゃしている上に、何かの草(薬草だと思いたい)が直に入っているのが見えた。
……いや、うん。本人が使いやすいならいいか。
他人が口を出すことじゃないと、余計な考えをすぐに振り払った。
「アリア様、くれぐれも安静にしてくださいね。魔法は絶対に使わないでください」
「はい」
だから使い方分かんないって。
そんな心の声とは反対に、私は素直に頷いた。医師が釘を刺すのには理由があるからだ。
この国は皆、魔力を持って生まれてくるが、ある程度大きくなってからでしか魔法を使ってはいけない。子供の身体で魔法を使えば、負荷が沢山かかるからだ。
無理矢理に使えば負荷に耐えきれず、暴走状態になったり渇望状態になったりすることがある。
魔力は魔法を使うための物でもあるけれど、生きていくためのエネルギーの一部でもあり、だから万が一、魔力が完全になくなってしまった場合は、死に至ることになる。
きっとそんな心配も含まれているんだろう。
医師が出ていくのを確認して、私はシエナに聞いた。
「それでどうしたの?」
「お客様がお見えです」
「お客さん?」
誰だろう。話し中にシエナが入ってくるくらいだから何かあったんだとは思ったけど、それは予想していなかった。
「はい、オルレアン家の方がいらっしゃってます」
そして、名前を聞いて納得した。
一度は会うだろうと思ってたから仕方ない。
「分かった。その前に少し手伝ってくれる?」
寝間着のままだし、髪もボサボサだ。
さすがにこのまま会うわけにはいかないからね。
***
負担だ。それも物凄く。
シエナに身支度を手伝ってもらい、応接室へ向かった私は、開けたドアをすぐに閉めたくなった。
そこには私の予想通り、アイリスとエメル、そしてキオンが居たのだけど……アリアとアイリス達の両親もなぜか居た。
まさか親が出てくるとは。
今回、私がアイリスを助けたことでアイリスが私に会いたいと思うだろうことは予想していた。
本当は関わる気はなかったけど、アイリスの前で倒れてしまったから一度は会う必要があると思った。アイリスの罪悪感を減らすためにも。
だけど、会うのを望んでいたのは簡易的にであって、こんな大層な形ではなかった。
「本当に何とお礼を言えばいいのか……ありがとうアリアさん」
「い、いえ……そんな大したことじゃ……」
「そんなことないわ!貴方のおかげでアイリスは助かったんですもの。ちゃんとお礼を言わせてね」
「はい、ありがとうございます……」
お礼を受け取るはずが、混乱してなぜか私がお礼を言ってしまった。
アイリスの両親が何度も私にお礼を言い、エメルも「妹を助けてくれてありがとう」と頭を下げてくれた。
「もう体調は大丈夫なのかしら?」
「はい、もう回復しました。お騒がせしてしまい申し訳ございません」
「アイリスもあれからずっと心配していたから良かったわ。ねぇ?アイリス」
隣でこちらの様子を伺っていたアイリスに公爵夫人はぽんと背中を押すように問いかける。
アイリスは決心したように口を開いた。
「アリア様、先日は危ない所を救って頂きありがとうございます…!」
「……いいえ、お怪我がなくて良かったです」
そんなキラキラした瞳で見られると、まるで勇者にでもなった気分だ。
それにしても、何か雰囲気が良すぎて嫌だ。雲行きに怪しさも感じる。これは早めに退散するべきだろうか。
「それで、アリア様……」
「はい」
「ご迷惑じゃなければ、私と友達になって頂けませんか!?」
アリアの両親がハラハラした表情でこちらを見てくる。
またアリアが何かをやらかすんじゃないかって心配する表情だ。漫画なら「ゴクリ」と緊張した効果音が付いてそう。
「………………はい、喜んで」
長い長い沈黙の後、私は微笑んで頷いた。
不安そうな表情だったアイリスの顔が一気にぱぁぁっと明るくなる。
この雰囲気で断れる人がいるなら、本当に人の心を持っているのか疑うだろう。
アリアの両親が安堵し、アイリスの両親も喜ぶアイリスの頭を撫でて笑った。
エメルは相変わらず何を考えてるのかわかんないけど。
小説でもそうだった。にこにこと笑いながら心の底では何を考えているのか分からない、そんなエメルのことが私は苦手だった。
「もし予定がありませんでしたら、夕食をご一緒にいかがですか?」
「よろしいのであれば是非お願いしたい」
どうやら夜ご飯を食べていくらしい。アリアのお父さんの、負担が降りたような表情に何だか申し訳なさを感じる。
「じゃあそれまで一緒に遊ぼう!」
「いいですね…!」
キオンの提案にアイリスが期待した瞳でこちらを見る。幼少期のヒロインだ、可愛くないわけがない。
アイリスにときめくオタクの自分を抑えつけながら、私も頷いた。
***
アイリス達と過ごした時間は思ったより楽しかった。
子供って何話せばいいんだろうとちょっと身構えてたけど、好きな本とか、好きな場所とか、そんな在り来りな話で肩の力も抜けた。
その後、夕食を両家でとった帰り際。
ずっと楽しそうだったアイリスが、また不安そうな表情で私を見てこう言った。
「……また遊んでくれますか?」
まるで夢から覚めるのが嫌みたいな表情だった。もしかして今まで冷たく当たりすぎていたのか。過去の自分を振り返りながら、なるべくキツく感じないよう言葉を選んだ。
「そうですね、たまになら」
アイリスが嬉しそうにしているから多分大丈夫だったみたい。キオンもアイリスも表情変化が分かりやすくて助かる。
数日前まで生ぬるかった空気が心地よい冷たさに変わり、夏が終わるのを感じながら私は馬車を見送った。
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