第8話 初めてのお出かけ
「今日も早起きだなアイリス」
「お父様!おはようございます!」
朝一番。聞こえてきた父の声に、アイリスは読んでいた本から目を離し顔を上げた。
「アリア様にお会いするのが楽しみで早く目が覚めてしまいました!」
約束まではまだまだ時間があると分かっていても心が落ち着かず、アリアと会う前のアイリスはいつも一時間早く起きてしまう。
それを知った兄は「これからはいつでも会えるんだし、もう少しゆっくり起きてもいいんじゃない?」と言ってくれたけど、普段より早く起きた日の一時間。
今日の予定に思いを馳せながら、散歩をしたり本を読んだりする時間がアイリスは好きだった。
「アイリス、父上おはようございます」
「おはよう。相変わらず早いわね」
「お兄様、お母様、おはようございます!」
そうしているうちにあっという間に家族が揃い、一日が始まる。アイリスは閉じた本を侍女へと渡した。
「行きましょうお兄様!」
朝食を終えた数時間後。アイリスは兄の部屋へと向かった。
エメルは持っていたペンを下ろし、時計を確認すれば、もうすぐウォレス公爵家へ向かう時間だった。
「そんなに慌てなくてもアリア公女は逃げないと思うよ?」
その言葉を聞いて、アイリスは少し落ち着きを取り戻したものの未だに待ち遠しくて堪らないような表情だ。
アイリスは一体、アリア・ウォレスのどこにそんな好意を持っているのか、エメルには理解出来なかった。
正直、毎週のようにウォレス公爵家まで向かうのも面倒だったし。
「エメル、アイリスをよろしくね」
「はい」
母上の言葉に機械的に微笑む。
気が重いまま、今日も馬車へと乗り込んだ。
*
頻度が増えている。
アイリスと友達になってからと言うものの、アイリスとエメルがウォレス公爵家へ来る回数が増えた。
確かに私は言ったはずだ。「たまになら」と。
アイリスもそれで遠慮していたのか、最初のうちは半月に一度程度だった訪問が最近では二週に一度……いや、ほぼ週一のペースで遊びに来ている。
基本的なマナーやダンスとかは幼い頃から勉強するとしても、魔法を習えるのは先だし、まだデビュタント前で友達もほとんど居ないだろうから、数少ない友達に会いに来るのも分かるんだけど……
それにしても、オルレアン公爵家からウォレス公爵家までは馬車とはいえそれなりに距離もあるのに。
通い続けるのも大変だろうし、さすがにもう少し頻度を減らしたらどうかと言いたい。だけど嬉しそうな周囲を見ていると言い出し難かった。
「こんにちはアリア様!」
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ!ちょうど到着した所です!」
「それなら良かったです。じゃあ行きましょう」
まぁ、それはまた後で考えればいい。
何て言ったって、今日は私がアリアになってから初めてのお出かけだから!
一週間前、休日を終え仕事に復帰したシエナに、休みはどう過ごしたのか聞いてみたことがきっかけだった。
「シエナ、休みはどうだった?」
「いつもより長めのお休みを頂けたおかげで妹達と王都まで行くこともでき、楽しく過ごすことができました」
「!!」
王都…!
その瞬間、全身に稲妻が走ったような感覚に陥った。
そうだ、なぜ私は今まで気付かなかったのか。
アイリス達と関わらないようにするあまり重大なことを忘れてしまっていた。
ここはひか恋の舞台でもあるルペリオン。
つまり、聖地巡礼ができるわけだ!
小説の中で推しが居た場所へ行って、推しが好きな食べ物を食べて、推しのことを考える。
そんな体験ができるなんて何て素晴らしいのだろう。急に世界が輝いて見えてきた。
「ありがとうシエナ!」
「はい?」
私はそのままアリアのお父様へ会いに向かった。王都に行く許可を得るために。ウォレス公爵領と王都は隣接しているし、簡単に許可が降りるだろうと思った。
「王都に行きたいって?」
「はい!」
だけど私は失念していたのだ。アリアのことを両親が甘やかしているということは、言い換えれば過保護でもあるということを。
「一人で行くのは危ないから駄目だ」
「泊まったりするわけじゃなくて、行ってすぐ帰ってきます!」
「だけどなぁ……」
まだ幼く可愛い娘が護衛つきとはいえ、一人で王都へ行くことに良い顔はされなかった。
「王都に行きたいのには理由があるのかい?」
「い、いいえ……ただ、ずっと家に居たので他の場所も行ってみたくて」
「それなら街へ行ってみるのはどうかな?王都ほどではないだろうが、それなりに活気も溢れているよ。それにもう少し大きくなれば嫌でも王都へ行くことになるんだ」
その後はアリアへの心配の言葉が続いて、私は結局白旗を上げた。
そうして、街へ行くことが決まった私は、王都へ行けないことに肩を落としつつも街へ行けるのを楽しみにしていた。
のだけれど、私が街へ行くと聞いたキオンが「ボクも行く!」と言い出し、「リアと一緒に街に行くんだ〜」と聞いたアイリスが「私も行きたいです…!」と手を上げて結局四人で向かうこととなったのだ。
馬車の窓から見える風景はとても新鮮で、眺めているうちにあっという間に街へと到着した。
「アリア様!どこから見ますか!?」
「リア!ボクあそこ見たい!」
馬車から降りた瞬間、両横から名前を呼ばれた。二人とも今にも走り出しそうなくらい顔が輝いている。今までは毎回家で遊んでたから余計に楽しみなのだろう。
そうして、私達は近くの店から順番に回って行った。
*
そろそろ一度休む頃かな。
色々な店を回り、半分以上見終えた時には既に時刻は三時を過ぎていた。
キオンのおやつの時間です。
この辺にカフェはないかと辺りを見渡していた時、ふと目に入った看板に私は視線を奪われた。
「……魔法商店?」
「どうしたのリア?」
「どこか気になるお店でもありましたか?」
「あ、ううん」
思わず足を止めてしまったけど、魔法を使えないのに入ってもいいのだろうか?葛藤していた私の背中を押したのは以外にもエメルだった。
「見るくらいなら別にいいんじゃない?気になるんでしょ」
そうだね。私は頷いてベルが付いたドアを開く。
お店に入ると本の匂いが胸いっぱいに広がった。棚には瓶やランプ、小物などが置いてある。日本で言うとアンティーク店に近いイメージだ。
何も買わないのに入って迷惑じゃないかと心配したけど、店主のおじいちゃんはこちらをチラりと一瞥してから新聞へ目を落としただけだった。
「アリア様は魔法がお好きなのですか?」
だいぶ熱心に見ていたのか、店を出るとすぐにアイリスに尋ねられた。
「好きというより、興味があります」
今までずっと魔法と無縁の世界で生きてきたから、魔法を使えると聞いてもイマイチ現実感がないのだ。まだ魔法を使える年齢じゃないから、余計に実感も湧かなくて気になるのかもしれない。
「私、私も興味あります!魔法!」
アイリスが声を上げる。今までの様子を思い返してみても、そんなに興味があるようには見えなかったけど……?
「オルレアン家は代々、氷魔法に特化しているようなので使えるようになったら、暑い夏は私が涼しくして差し上げます!」
「……そうですね、その時はお願いします」
残念ながらそんな日は来ないだろうけど。
アイリスの属性は〝氷〟じゃなくて〝光〟だから。
重大な任務でも任されたかのような表情のアイリスを見るとなんだか良心が痛む。
「あのお店で少し休まない?」
近くにあったカフェを指差しながら、私はサッと話を変える。キオンの嬉しそうな表情が視界に入った。
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