893な彼女 ~女極道・毒島 茜~
七日
893な彼女 ~女極道・毒島 茜~
あたしの名前は、山田
チビでブスでバカで、そのうえ宗教二世。貧乏のくせに、献金で信者仲間に尊敬されることには熱心だった親父にはガキの頃からベルトで鞭のように殴られた。母親はもちろん知らんぷり。そんなこんなであたしは当然グレて、高校を途中で辞めてからは家出した。それ以来、立ちんぼやったり万引きしたりで暮らしてたけど、最近は半グレの仲間に入ってクラブや路地裏で同じ年代ぐらいのガキどもにマリファナを売っている。
それがついに地元のヤクザにばれた。
アジトに一気に押し寄せてきたヤクザたちに仲間はあっという間に逃げ出し、買い出しで帰ってきた下っ端のあたしだけが倉庫で奴らに捕まった。
あたしはしこたま殴られて、裸にされて、土下座させられた。
「多分肋骨とか折れてます、病院行かせてください、お願いです」
あたしは命乞いして泣きじゃくったけど、周りを囲むヤクザたちは眉をぴくりともさせず、無表情で黙っている。
「お嬢ちゃん。大人をナメたらアカンのう」
竹刀を持った偉そうなヤクザが前に出てきて、床にこすりつけたあたしの頭をチョンチョン、と突く。
それが、顔を上げろ、ということなのがわかるまで数秒かかった。
あたしが泣き腫らした顔を上げると、目の前のヤクザは竹刀で青黒くくすんだわき腹の大痣をチョンと突き、次にその上の乳房を突っついた。
「不ッ細工のくせに持ってるもんは持ってるやないか、のう」
仲間にも「ブスのくせに巨乳ってなんの意味があるんだよ」ってよくネタにされてた。立ちんぼの頃からマニアには好まれるけど、基本的には笑いものだった。
全裸のあたしは今さら羞恥に駆られた。あたしの不要なほど大きい乳房をヤクザたちがみんな見ている。
こんなことなら、生まれてこなければよかった。
チビでブスでバカで貧乏で、宗教二世で、そのくせ胸だけはあって、あたしの人生は要らないもんばっかりでできている。
視線が刺さってどうにかなってしまいそうだった。
ヤクザは竹刀を引っ込めると、私の方を顎でしゃくって言う。
「やれや」
指示を受けたヤクザが数人であたしを取り押さえる。
カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。
今からみんなの前でヤられるんだ。
仲間に罪を押しつけられて、生贄同然でヤクザの群れに捧げられてあたしの人生は終わるんだ。
なんで? どうして? あたしがバカでブスだったから? 貧乏で宗教二世だったから?
ねえ、ほかにどうすりゃよかったの?
誰か教えてよ。
ねえ、誰か。
「兄貴、そいつ、もう十分しばいたやないですか」
女の、声。
そう言って竹刀のヤクザのもとに歩み寄ったのは、でかい女。
多分、身長180は余裕で超えてる。ヒールつきのパンプスを履いているから実際はもっと高い。肩にダークグレーのジャケットを羽織り、白いシャツのから見える胸元は豊かで、他人に見せつけることにはちっとも迷いがなさそうだった。
艶やかなポニーテールの黒髪に、黒いフレームの眼鏡。
正直、その女を見たときは「??」って感じだった。
女だし、でかすぎるし、ポニテで眼鏡だし、ヤクザでひしめく光景にははっきり言って異質すぎた。
野良犬の群れに恐竜が紛れ込んでいるようなおかしさがある。
「逃げたガキどもも追わせてるんで、いずれ捕まりますやろ。シマ荒らされて腹が収まらんのやったらそいつらも全員しばいたったらええ。でも、しばき済みのガキにこれ以上構ってどないするんやっちゅー話ですワ」
言いながら女はかったるそうに煙草を口に咥え、火をつけた。
一瞬見えたパッケージは多分ハイライト。
竹刀のヤクザは視線の高さもそう変わらない女を睥睨すると、機嫌が悪そうに低い声で言った。
「
「そんな高尚なもんとちゃいますって」
女は紫煙をため息のように吐き出した。
その仕草に男はひどく苛立ったようで竹刀を構えだす。
「せやったらワシのすることに何が不満やねん――なんぼ大阪時代からの付き合いゆうて、ヒラのチンピラが若頭相手に生意気やぞ!」
「若頭補佐でしょ、兄貴」
びきり。男の眉間に青い稲妻が浮く。
女はあくまで動じず、涼しい声でさらに言った。
「いや――ただねぇ、ええ
「――ッ毒島ァ!!!」
あきらかな侮蔑を込めた言葉。
怒号とともに、男は竹刀を振り上げた。
「ワレェ、生意気なんじゃあ!! 女のくせに極道やりおって!!
罵詈雑言とともに竹刀が躍る。
その姿はうちの親父にそっくりだった。
テストの成績が悪い、素行が悪い、信仰に反してるなどといった理由をつけてあたしを殴る親父そのもの。
胸糞が悪くなって、思わず眼をそむける。
あたしはその女が痛めつけられてボロボロになっているところをなんとなく見たくなかった。
男の怒声と殴打は数分ほど続いた。
ハァハァと息を荒らげて男は竹刀を下ろす。
あたしは眼を疑った。
「もう終わりなんか?」
咥えたハイライトの火は、消えていない。
女は両腕で頭をガードし、竹刀から己を守っていたらしい。
打たれた他の部位はあまりダメージを受けている様子はなく、しっかりと自分の足で立っていた。
「毒島ァッ……この、バケモンが!」
激しく息つく男はそれを見て忌々しそうに毒づいた。
悪態をつかれた女は「ニヤッ」と口の端を引き上げる。
その笑みは明らかに嘲りの笑みで、男の顔は再び真っ赤になる。
「うらァッ!!!」
もう一度竹刀を振り上げ、今度は顔の真ん中狙って振り下ろす――。
その一撃を、女は右手で受け止めた。
「ださすぎんねん」
舌打ちとともに、空いた左腕で下から突き上げるような拳を繰り出す。
唸りをあげる拳が男の顎を捉える。
――ドゴォ!!
それは間違いなく、骨を砕く音だった。
まともに喰らった男は仰け反り、床に倒れる。
その顎は血みまれ、口元からは泡を吹いて、白目を剥きだしてぴくぴくと痙攣している。
この場にいる全員が息を呑んだ。
女が、若頭補佐をやった。
その事実が空気に深く重く浸透する。あたしを犯そうとしていたヤクザたちも呼吸を止めて場の流れを受け止めるのに必死だった。
「毒島ァッ……ワレ、気でもふれたんかッ……」
誰かが震える声で女にそう問う。
「ドアホ、うちほど気の確かなヤクザはおらんわい」
「まともなやつが若頭補佐を殴るか!」
「茜ちゃんに手を出したんのは向こうが先で~す」
「こいつ……っ!!」
女は悪びれることもなく軽口を叩く。
その尊大な態度に周りはドン引きだ。
女は――毒島 茜というヤクザは――、吸いかけの煙草を足元に吐き捨てると、パンプスのつま先でぞんざいにすり潰す。
「なんや、お前らも黙って見てるだけか? 兄貴分ツブされて、子分はアホ面さらして突っ立っとるだけか――夕月組も落ちたモンやのう、お前らもそこで寝てるやつと一緒やで、ださすぎて見てられへんわ」
毒島 茜は指先で眼鏡の位置を直す仕草をしながら周りを睥睨して言う。
その明らかな挑発文句に、周りの空気は殺気立った。
「毒島ァ――、何が言いたいんや、ワレ!!」
怒声が彼女の正気を確かめる。
だが、毒島 茜はそこでニイッと白い歯を獣みたいに剝きだした。
「喧嘩やん! 喧嘩しかないやんか、こうなったら!」
拳を合わせ、無邪気といっていい笑みでそう言う。
大きな女が浮かべるその笑みはあまりに純粋で、余計なものが一切ない。
芯から闘争を望んでいる者の笑みだった。
「上等じゃコラァ!!」
「女やからって手加減なんぞあらへんぞ!!!」
「ワシら全員でワカらせたらぁッ!!!」
挑発に乗って、ヤクザたちは毒島に向かって一気に駆け出す。
彼女は好戦的な笑みを浮かべ、彼らを迎えた。
まっすぐ向かってくる男にまず強気の顔面ストレート。やはり一撃。
倒れた男の後ろから向かってきたやつにはみぞおちにワン・ツー・パンチ。よろめいたところに前髪を掴んで引き下ろし、強烈な膝蹴りをお見舞いする。昏倒。
掴んだまま気を失った男の上半身を担ぎ、両肩の高さにまで持ち上げると、そのまま突っ込んできた男の頭上に放り投げ激突させた。
まばたきする間に3人倒した。
だが、毒島はそこで止まらない。
彼女の拳はさらに唸りをあげ、パンプスを履いた長い足の蹴りは冴えわたり、次々と男たちを殲滅していく。
あたしはその、鬼神のような姿に釘付けになった。
鮮やかに、激しく躍るその姿は、戦う意思そのものだった。
こんな女、見たことない。
こんな女がヤクザの世界にいるなんて。
「よっしゃ、アガってきたでぇ! まだまだ来んかいお前らァ!!」
毒島は狂喜の声をあげ、眼をかがやかせながらさらに挑発した。
ヤクザの男たちは半数近くがすでにツブされている。
彼女の圧倒的強さと戦況の悪さに気づいた男たちは出方をうかがう。
「クソォッ! やったらァ!!」
ひとりが意を決したように躍り出て、毒島に向かって拳を振るい上げる。
毒島はニヤリと笑うと、振り下ろされた拳の手首をとり、相手の進む力を利用してそのまま背負い投げる。
「――せいやァッ!!」
裂帛の気合とともに放り出される身体。
リノリウムの床に激突し、悶絶する男。
その姿を見て毒島は狂気的な笑い声をあげる。
「ハッハッハッハァ! ワレェこんなもんかい!」
あたしははっとなった。
笑い転げる毒島の後ろで、竹刀を拾い上げたやつがいた。
そのまま無防備な後頭部に竹刀を振り下ろす。
不意の衝撃を受け、毒島が軽く足元を崩すと、その顔から眼鏡が外れて落ちていく。
あっという間に進み出た別のヤクザが彼女の眼鏡を踏み潰した。
「あ。」
毒島は今までの勢いから想像もつかない間抜けな声を放つ。
眼鏡を失った彼の目線は焦点が合わないようにあたりをさまよい、少しうろえたるような雰囲気を見せた。
まさか……、近眼?
そりゃ眼鏡なんだから当然だけど、彼女の圧倒的強さに対して、あまりに弱点が情けないものに思えた。
「ほォら、やっぱり眼鏡女は眼鏡が弱点なんじゃ!!」
「さすが兄弟!!」
男たちは喜びの声をあげ、毒島の様子を見て笑う。
「う……見えん、なんも……見え、ん……」
毒島は強く目を細めて目の前に焦点を絞ろうとするが、上手くいかないらしい。
その喉から弱気な声を出す彼女は、なんだか子どものようで見ていられず、胸が痛む。
このまたとない好機に男たちは一斉に毒島に向かっていく。
――しかし、
「なんも――見えへんやろがあああああああああいッッッ!!!!!!」
獣のような咆哮。
そのあまりのドスの効いた怒声に男たちは本能的にかビクリと恐怖し、たじろいだ。
「うがあああああああ!! がああああああああーーーッッッ!!」
毒島はさらに雄たけびをあげ、手近にいた男の胸ぐらを掴むと、ぐいっと引き寄せ、乱暴な頭突きを繰り出す。
何度も何度も。
自分の額が切れて流血しても何度も何度も。
ドゴォ!!
ひときわ強烈な頭突きを与えると、男のみぞおちに拳の雨を降らす。
毒島はあきらかに狂乱しており、その集中攻撃の仕方は異常だった。
男が倒れ、毒島が後ろを振り向く。
その焦点の定まらない視線の、虚ろな殺人鬼のような眼光に、「ヒッ」と男たちが息を呑んだ。
あまりの恐怖に竹刀を持った男がそれを取り落とした。
その音に反応したように身を躍らせた毒島は片方のパンプスを脱ぎ、ヒールで男の顔をめった打ちにする。
「がああああああ!!!! うがああああああーッ!!!!」
「アカン!! 凶暴化しとるやないか!!!」
「こないになるなんてワシも知らんかったんや!!!」
「誰か止めろーーーーッッッ!!!」
荒れ狂う嵐同然になった毒島に、男たちはすっかり恐怖の渦に呑まれていた。
誰も毒島を止められない。
あたしはただやられていくヤクザたちを眺めて、その場から逃げ出すこともできなかった。
そのとき、何人かの足音が聞こえた。
またヤクザだ。
彼らは倉庫の中で暴れている毒島を見て、「うげげ」といった表情を浮かべていたが、その中のひとり、パンチパーマのヤクザが前に出た。
毒島は捕まえた男を何度も壁に叩きつけているところで、そんなところに近づくやつがいるなんて嘘みたいだった。
パンチパーマは静かに歩み寄ると、黙って毒島の顔面に右ストレートを打ち込む。
ガツン! と気合の入った一撃が与えられて、鼻血を吹いた毒島はひっくり返る。
床に倒れた彼女がぼうっとしている間に、パンチパーマは毒島の胸元に遠慮なしに手を突っ込み、コンパクトな紺色のケースを取り出した。
開けた中には、新品の眼鏡が一式。
パンチパーマはそれをうつろなまなざしをしている毒島の顔にかけてやった。
ぱちん。とまばたきして、眼に生気が戻る。
「あ、兄貴」
「よくやってくれたのう、毒島ァ……」
きょとんとする毒島。
パンチパーマは眉なしの鋭い眼光を光らせて言った。
「お前がいるわりにガキ捕りにいかせただけでえらい時間食うとるし、よその組でも出張ってきたか思ってたところやったわ。それがまさか……お前自身とはな……」
パンチパーマは重く苦しいため息を放つ。
そこに顔を上げた毒島は、かがやかんばかりの笑顔を浮かべる。
「うちは今日も元気炸裂や」
「ほうか、そらよかったな」
と言って、男は毒島にビンタを喰らわす。
「へぶゥ!!」と呻いて毒島はまたノックアウト。
あたしはその光景にあっけにとられていた。
あんなに強いと思っていた毒島が、パンチパーマには平気でのされている。
それにしても、毒島がパンチパーマを見る目はどこか子どもか、仔犬のようだ。
同じ「兄貴」でも、竹刀の男とはずいぶんと対応が違うように見える。
「この始末、どうつけよるんじゃ、毒島」
「そんなもん、いつものように
毒島は手首で乱暴に鼻血を拭いながら、何もこだわりがなさそうに言った。
「うちはうち自身が望んで喧嘩したまでや。うちは生粋の暴力装置、喧嘩しか能がない下っ端やけど、そこにはそれなりの道理ってモンがありますねん。誤解せんとってくださいや」
「……先に手出したんは前谷ってことか」
すんなりと事情を呑み込むパンチパーマ。
毒島はどこか皮肉な笑みを浮かべ、またハイライトを取り出すと、火をつけた。
前谷、というのはあの竹刀持った若頭補佐のことか。
「あ……あたしを、守ってくれたんです」
あたしは、自分でも信じられないけど、久しぶりに唇を動かして、事実を告げていた。
すぐに全裸のあたしに視線が刺さって恥ずかしかったけど、あたしはそれ以上に何かに突き動かされていた。
「あ、あたしが、やられそうだったから! そのひとが、守ってくれたんです! 本当です! 悪いのはあたしだけど、それ以上する必要はないって、そのひとが……っ!」
緊張でからからに乾いた喉は痛かったけど、あたしは必死だった。
毒島 茜は、あたしを守ってくれた。
そのことだけは、本当だ。
あたしは気づいたら涙目になっていて、ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。
パンチパーマは始末が悪そうに眼を逸らしたが、毒島はやけに冷静なまなざしであたしを見ると、
「おう、とりあえず服着ぃや」
「はっ……?」
「何度も言わすな、服着ろゆーとんねん」
凄まれて、あたしはギョッとなりつつも、そのへんに落ちていた下着やパーカーを拾い集めて着始める。
一通り着てからあたしが「き、着ましたケド」と恐る恐る言うと、毒島は信じられないことに、あたしをブン殴った。
ただでさえ痛い肋骨が悲鳴をあげる。
顔面に一発喰らってひっくりかえったあたしを足元に、毒島は不機嫌にハイライトの煙を吐く。
「ハッパ売ってたようなガキが、それでうちを助けたつもりにでもなっとるんか。ふざけるなや。うちはガキに救われるような女やないワ」
あたしはズキズキと痛む鼻を押さえながら、毒島 茜を見上げた。
強い。
組織に処分されそうってところなのに、少しも自分を正当化させようとしない。
正面切ってあたしを救ってくれたのに、まるでそんなことは善人しかやらないとでも言いたげに自分は鬼の顔をする。
すごい。
やっぱりこんな人、見たことない。
あたしのくだらない人生に、こんな人は存在しなかった。
鼻をやられて、ますます不細工になっているだろうあたしは、何のためのものかわからない涙を浮かべながら、毒島 茜を見上げた。
「姉貴になってください」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
でも、口が動いた。
「「ハァ――?」」
毒島とパンチパーマの声が重なる。
あたしは痛む腹を堪えて、毒島の足元で土下座する。
「お願いですッ! あたしを妹分にしてください! あなたについていくためならあたしもヤクザになりますッ! お願いしますなんでもしますから!!」
人生でこんなに一生懸命何かを頼み込んだのは初めてだ。
だって、あたしの人生で、こんなに大きく見えた人は初めてだから。
何をしてでも、この人の人生にあたしは食らいつかなければいけない。
そうでなきゃ、あたしは要らないものだらけでできた人生に逆戻りだ。
「お願いします、お願いします、お願いします……ッ!!」
「……おう、ガキ。自分が何言うとんかわかっとんか?」
「わかってます! わかってて言ってます!」
めり。
あたしが返事した瞬間、横っ腹に蹴りが加えられた。
激痛。
「おう、いちびっとんちゃうぞ、ガキ。ヤクザは思いつきでなるもんやないで、なるやつがなるんじゃ」
「じゃあ、あたしはヤクザになります!! あたしはヤクザになるやつですから!! だからお願いします――っぶべ、ご、はァ!」
あたしは次々に蹴りを入れられて転がされた。
ただでさえ折檻された後で、あたしの身体はボロボロだったけど、毒島は容赦なかった。
でも、あたしはやめなかった。
肋骨がやられ、鼻や口から血を流しても、毒島 茜の前に手をつき、額をこすりつけ続け、懇願しまくった。
「おーう、毒島ァ、そのへんじゃ」
あたしのやられようを見て、パンチパーマが待ったをかける。
あたしは息も絶え絶えで、眼を閉じそうになるのを気合いだけで押し留めている有り様だった。
毒島は冷たい眼であたしを見る。
それは、本当に冷たく、暗い、深穴のようなまなざしだった。
「ヤクザ舐めンなや」
あたしは「舐めてません」とかすれた声で言う。
毒島はチッと舌打ちした。
「ワシらはお前がのした連中連れて事務所引き上げる。……お前は、しばらく謹慎じゃ。親分が全部を決める。それまでヤサでじっとしとれ」
パンチパーマはそう言う通りにすると、あたしと毒島をふたりにした。
重苦しい沈黙が流れる。
「カラオケ。」
突然、毒島がそう言った言葉をあたしはすぐに理解できなかった。
「今の聞いたやろ、謹慎喰らってめっちゃ暇やねん、カラオケ行きたいんや」
毒島はハイライトの煙をあたしの顔に吹きつける。
その苦い味に、あたしは血のまじった咳をこぼした。
「その身体に、一晩中うちの水樹奈々様メドレー聞かせたるわ。それでも持つようやったら――まあ、親分に言ってもええ、妹分を持ってもええか、ってな」
あたしの眼の前は滲んだ涙で真っ白になった。
もう眼を開けているのもつらいはずなのに、あたしはただ一心に毒島 茜を見上げていた。
その返事は、あたしにとってすべてだった。
「ほら、先行くで」
痛みも忘れて、あたしは立ち上がると、倉庫を出ようとする毒島の後ろを追いかけた。
「――一生ついていきます、ウス!」
「簡単に一生とかほざくなボケ、うちは口の軽いやつは嫌いや」
「ウス、承知しました――ウス!」
あたしの名前は、山田
チビでブスでバカで、そのうえ宗教二世。
仲間に見捨てられて、ヤクザに強姦されそうになったけど、女極道、毒島 茜に助けられて、そして、人生が変わった。
変えられたんだ、この女に。
大けがしているあたしに一切の遠慮なく夜の街を進む毒島を追いかける。
その大きな背中には、ポニーテールがかかっていて、揺れるたび少女のように毛先が跳ねた。
しばらく進んだところで痛みを堪えきれなくなったあたしが息を切らして立ち止まると、それまで振り返らなかったはずの顔がこっちを見ている。
ハイライトを咥えた口の話が、ニイッと引き上げられる。
「遅いねん、ドアホ」
その笑顔だけで、あたしはクソな人生を生き返った気分になった。
893な彼女 ~女極道・毒島 茜~ 七日 @nanokka
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