漆と涼と……
「ウル……ごめん……」
廊下で漆の説教を受けている涼。漆は「話したくなるのは分かるがそれは慎め」の言葉に床にひれ伏す涼。
「おーい、デザート食べようぜって……何してんだよ」
階段を上がってきた達也は倒れる涼を見て達也は苦笑い。「口調の説教……だよな、それ」と達也も知っており、時より涼が倒れている大半の原因は”口調“。降りてこないな、と光佑も不思議に思い合流すると「こら、漆。涼ちゃん、イジメないの。一番人間関係で困ってるの涼ちゃんなんだよ。たまには崩したっていいんじゃない?」と漆に説教。
その言葉をきっかけに空気が重くなるや「あの……涼さ――うぇぇ!! 涼さん!!」とノートと鉛筆を持った葵の姿に涼を抜く三人が視線を向ける。
「それ、涼のノートだよな?」
達也が場を収めようと話を切り出す。
「あ、はい……。いろいろ教えてもらったのでメモろうかなって……」
向上心ある言葉に漆が「泊まっている間、花セラピーとは別に花屋としての知識も勉強してみるなら教えてやらんこともない。とはいえ、さり気なくキミには課題を投げ込むだろうな。私問わずにランダムに」とノートをガン見。
「涼にしては気が利く。口調の件に関してはスルーする。此処では使っていいが仕事の時は使わないように」
漆が静かに立ち去ると涼は顔を上げ「すんません……」と謝罪。達也と光佑は「涼(ちゃん)だから許される」と慰めるために頭を撫でた。
*
気を取り直して歓迎会の続き。
ダイニングテーブルワンホールのチョコレートケーキ。葵は目をパチクリしながら「えっと……買ったんですか?」の言葉に達也、光佑、涼が言葉ではなく視線を漆にやる。
「パティシエほどの技術はないが作った」
漆はナイフで器用に片寄りなく五等分にするや皿へ乗せていく。断面から分かる見事なナッペとチョコを使ったフワフワのスポンジ。
その中にはチョコレートチップスの入ったクリームと切った際に微かにサクッと聞こえたことからクッキー生地を仕込んでいるのか。素人にしては職人並みに美しく、上にはホイップクリーム、イチゴとブルーベリー、砕いたチョコと丁寧に飾ざられ出来の良さに言葉を失う四人。
「本来なら実ってる果物を飾りたかったが、好き嫌いがあると思って配慮した。苦かったらすまない……私が得意ではなくてな。一応、ジャムやシロップを塗って甘さを出しているんだが……なにか文句でも?」
一人黙々と食べる支度をする漆の冷たい言葉と支線に『文句ないです』と首を振る四人。
「貴様ら、私が機嫌悪いと思っているだろうが……全く持って不機嫌ではない。ただ、眠いだけだ」
と、腰掛け言い静かになったなと思いきや微かに寝息を発ててる漆に「待て待て、寝るダイビングおかしいだろ!! おーい、漆さんよぉ……もう少し置きててくれねぇーかー」と達也が指を鳴らし起こす。
「活動限界だ……」
「いや、せめて食ってから寝ろ!! ショートスリーパーだろ!! なんで今日に限ってこの時間!! ほら、あーんしろ。口にぶっこむから」
と達也がフォークで少しケーキを取ってはうるしの口に運ぶ。それに薄っすら目を開け――。
「明日の予定だが……花園の水やり、各場所のメンテナンス、水換え、店番、少年の職業体験と気分が良ければ収穫した野菜や果物でドリンクや料理を売っても構わない。あと、予感なんだが花束やアレンジメントも来るかもしれん作り直し。涼に関してはネットのオーダーの物を早めに送り出すように。愚痴があったら私が聞く。インカム付けてるからほざいてくれ」
寝ぼけか、仕事の不安か。それはさておき営業終了にしては容赦ない業務内容に葵と漆を除く三人は目を棒にする。
「漆、もしかして……ストレス溜まってる? 親御さんのストレス溜まってたら発散に付き合うけど……」
光佑が様子を伺うように声かけるや目を覚ましたのか無言でケーキを食べ一言。
「特にない。気にしなくていい」
さっさと食べ終え「散歩してくる」と明かり無しで外に出ていく姿に静けさが襲う。
「まぁ……アレみれば通常運転には見えるけどな。なーんか変というか。いや、変だよな?」
達也は軽く愚痴溢しながらケーキを食べ、それに続くように涼と光佑、葵も手を動かす。
「まぁ、漆だから……ね」
光佑は達也にさりげなく返事しては「漆、見えてるんじゃない。今」と葵のみ理解できない言葉を口にする。それに達也と涼が「あぁー」と口を揃え玄関に顔を向ける。
「見えてるなら……仕方ないよな」
「うんうん、ウルが見えてるならいいや」
葵以外の三人は納得し黙々と食べ、葵は気になるのかチラっと三人の顔を見る様子に達也が「アイツの動きよく見ると違和感がある時がある。お前もさり気なく観察してみると分かるぜ、きっと」と水を飲みながら言う。
「でも、普通に見えましたけど……」
首をひねる葵に達也の代わりに光佑が「今はそうかも知れないけど、漆の言動によく注目してみて。特に朝起きた時とか分かりやすいよ。あと、玄関に倒れて寝てたり、仕事中に漆を探してみると確定かな。あまり尾行するとやり返されちゃうからホドホドにね」と紅茶を飲む。
「いいなぁ、ウルの旦那」
食べ終えた皿を片付けながら涼が強調するように言う。だが、まだ幼い葵には分からないようで「涼ちゃん、しーっだよ」と光佑が言うと「いいじゃん。もう“これが答え”だし」と知らんぷりな顔。
「おいおい……変に知られて漆に言ったら怒られるぞ。もうこの話は無しな。ほら、さっさと風呂入ってだらけようぜ」
達也は皿を涼に押し付け、浴室へ足を進め。光佑は葵が食べ終わるのを隣で待つ。
「皆、こうやって漆のこと言ってるけど心配してるだけだから気にしないで。いつもこんな感じだから仲良さそうで……気難しいような。変な感じだよね」
元心理カウンセラーが花屋を初めました。 無名乃(活動停止) @yagen-h
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