涼の素

 コンコンコンッと小さなノック音に涼はドアを開けると「あっ、あの……」と緊張してガチガチの葵。


「ん、どぞ……汚いけど」


 涼は花材を探していたのか広げていた花材を手に取り、箱を積み上げては道を作る。


「アンタ用の花材探してて広げただけ。残り少なかったけどあったから一式作業台に置いた。椅子に座って」


 涼は葵を手招きし作業台の椅子に座らせるとスマホが震え、「たんま」と見ては無表情で数秒固まる。


 内容は三件。

 漆からのメールと光佑からのメール。


『少年が楽しく作れたのなら私は嬉しい』


 ――と堅苦しいモノと光佑からの……。


『ボクは見たい!!』


 正反対の意見に紛れ込むように――


『俺は見せに来たら見ようかな。その方が心開いたって感じするだろ?』


 と、葵の成長を見守る発言。それぞれの思考の違いに「どうかしましたか?」と顔に出ていたのか心配する声に涼は「ん、何も……」とスマホをしまう。


「ハンドメイドに関して……技術とかはいらない。ただ、好きに作ればいい」


 そうさりげなく言って作業台に置かれているものを指差す。

 煮沸した瓶、プリザーブドフラワー(バラ1,4〜2,0㌢・アジサイ、カーネーション、ルスカス、カスミソウ、ユーカリなど)・ピンセット・コットン・その他ビーズや色付けされた麻などお好みのモノ。

 葵は「わーっ」と見慣れない花材に驚きながら手に取りじっくり見る。「あれ、ハーバリウムって液体入ってませんでした?」とたまたま飾っているハーバリウムと見比べ首を捻る。


「満足できなければ取り出せる。だから、満足出来たら入れるから傍には置かない」


「あ、拘りがあるんですね」


 葵の質問に涼はコクコクと頷く。


「とはいえ、自分はアンタに少し意地悪してる。カタログとは別のモノをちょいと置いた。アレは自分の感性で作ったからアンタはアンタの好きなように作って欲しい。色をベースに花材を引っ張り出しただけ。だから、此処からは作る人のセンスや好みになる」


 涼は瓶フタを開けると葵の目の前に置く。


「作り方は簡単。好きなように詰めて突っ込むだけ」


 ざっくりな説明に「えぇ!?」と葵が驚くと「あの、なんでコットンあるんですか?」と小さく手を挙げる。それに涼は「それいい質問。アンタ、花だからそのまま突っ込むと思ってるでしょ」とプリザーブドフラワーのピンク色のバラ手に取る。


「【プリザーブドフラワー】は、元々生花を特殊加工させたモノ。生花とは違って“一年ほど長持ちする”モノだけど“直射日光に当てない”“生花よりも高い”ことから好き嫌いが分かれる。

 いい点は他にもあって色が豊富で一工夫すると見栄えも変わる。そのことからハンドメイドや生花と同じ様にアレンジメントになることが多い」


 涼の解説に葵は小さく口を開けながらも必死に聞いており、時よりキョロキョロする仕草に「メモる? 使ってないのあるからあげる」と涼は部屋を漁って使ってないボールペンとB4サイズの大学ノートを手渡す。

 葵は嬉しそうに「ありがとうございます」とノートを開きメモを取る姿に涼は「努力家っすね」と口調を変えては「ヤベッ……素が」とわざとらしく咳をする。


「あの……もっと知りたいんですけど……」


 興味が湧いたのか説明聞きたさに出てきた言葉に涼は驚き薄く笑うと「いいけど難しいっすよ」と戻らない口調に髪の毛をグジャグジャにしては「ウルには自分が言葉崩してるの黙ってて欲しい。本当は『○○っすね』『○○じゃないっすかー』って言うのが本当の口調なんだけど『崩しすぎだ。少し直せ。チャラい』って言われてるから怒るとき以外矯正かけてる」の不意をつく言葉に「えっそうなんですか!? あっ……だからあの時――」と葵が少し認知してくれたことが救いか。涼は少しホッとしながら「ウルって自分犠牲にこと起こすから自分酷く苦手なん――だけど色がどストライクで楯突けなくて歳上だし文句も言えないから喋らない。甘えん坊気取ってるけど本当は面倒はダリラーなんすよね、本心は……」と目を棒にしながら嫌そうに話す涼。


「でも、ウルが自分に『直せ』とか『態度改めろ』とか言うの。舐められちゃ終わりだから色んな意味で」


 話が脱線し、妙な空気になり数秒沈黙に襲われる。それを切り返すように涼が「話戻す」と手に持っていたコットンを裂くように剥がす。


「プリザーブドフラワーの基本は【ワイヤリング】と【コットンで開花】させる。【ワイヤリング】に関しては“アレンジメント”や“花飾り”を作る時に必須になるから今回は使わない。

 ハーバリウムでやるのは【開花】。ピンセットで少しコットンを取って丸めて広げたい花びらの中に突っ込む。出来れば外側から内側に開くように。

 余談だけど“コットン”じゃなくて“グルーガン”でも出来る。でも、難易度高いから初めてならコットンがいい」


 話しながらピンセットで器用にコットンの綿を摘んでは量を調節し指で丸め、再びピンセットで摘み、花びらの中へと入れる。それはとても簡単そうで単純そうだが数回やって「変化分かる? 開いてるように見えるはずなんだけど」と涼は何もしてないバラとコットンを詰めたバラを葵の前に置く。


「なんか、少しぷっくりしたような気がする」


「自分が使ってるプリザーブドフラワーの種類にもよるから小さすぎるとやっても上手く見えないときもある。大きいのを買ったとしても瓶には入らないからアレンジ向けになったり。でも、開花させる時に注意をするのは花の向き。アンタにはまだ分からないかもしれないけど、花には正面に向ける場所がある。この場合は何処を上に何処を下にするか。

 生花だとユリや葉物などが分かりやすいはず。今ないんで……比べられないけどウルに話すと見せてくれる。色々と」


 涼の専門的な言葉に葵は「む、難しい……向きがわからない……」と顔色を変えるや「慣れ」の涼の言葉に「が、頑張ります!!」と小さくガッツポーズ。


「まぁ、今日は急いで作るんじゃないし。プリザーブドフラワーを観察する日ってのも悪くない。頑張らなくていい……マイペースで」


 葵の好きそうな色のプリザーブドフラワーのバラの他に”カーネーション“も並べる涼。


「あんまし、コレ使わないけど……使いたかったらどーぞ。ハーバリウムより使うのはアレンジなんすよ……あっ、失礼。アレンジ」


 気が抜け、ポロッと出す素が葵のツボに入り、クスクス笑う。そんな葵に「今のうち言葉遣い慣れておいたほうがいい。ウルみたいな人がいたら怖いけど、ウルみたいな人が少ないと思うからいい練習になる」と小さく言う。葵はプリザーブドフラワーのバラとカーネーションを見比べながら「涼さんにとって漆さんは大切な人なんですね!!」と笑う姿に「どーなんすっかね……あの人、地雷と爆弾抱えてるんで自分らも必要だけど、あの人の方が自分らを必要としてる――かもっすね」と涼はフッと笑い天井を見つめる。


「アンタも仲良くなれば分かるっすよ。自分らの秘密。聞いてどう感じるかはアンタ次第っすけどね」


 涼の発言に葵は「そういえば、皆さん同じことをよく言いますよね」と首を捻る。「ここに泊まる人によく言う口癖なんで気にしなくていい」とバッサリ切るや「んで、今日は少し花をいじる程度にやりますか」と椅子を持ってきては腰掛ける。


「何事もやって覚えるなんで失敗しても怒らないし、分からなければ教える。だから、普通に話しかけるように聞いて欲しい。というわけで意地悪する」


 涼はハサミとグルーガンを取り出し、プリザーブドフラワーのガクを外し、花びらを取っては丁寧に取った順番に並べる。全ての花びらは取らず途中で手を止める。ハサミを手に取り、花びらの付け根部分を取り除くように切ってはグルーガンを取り出す。


「え、えぇ……あの、花びら切ってもいいんですか? せっかく素敵な――」


 心配そうに見つめる葵に涼は「コットンじゃないやり方。さり気なく言ったやつ。でも、あえて完成品は見えない」とドア近くにあるコンセントに差し込んでは花びら一式を持っていく。


「えぇ~!! 見たいです!!」


「ダメ」


「見たいですー!!」


「コットン詰め詰め上手くいったら」


 追いかける葵と逃げる涼。まだ何処か距離のある二人だが後に漆が来て「何してるんだ」と突っ込まれ縮こまることになるとも知らずに――。

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