前職は……

「はい、では……夕ご飯と一緒に葵くんの歓迎会もしたいと思いまーす!!」


 ダイニングテーブルに並べられたピーマンの肉詰め、漬物、かぼちゃの煮物、芽キャベツのバター醤油炒め、みそ汁とご飯。みそ汁とご飯はお椀や茶碗に添えられているが、一人分と分かるようにお皿や小鉢に添えられ。

 あまり見慣れぬ食器の置き方に「旅館みたい」と緊張した様子で葵が料理を見る姿に漆が「そう言えば、キミは私達が同級生とやらに見えるといったが……そうではない」と緊張を解くために話を切り出す。


「話の前に座ろう。料理が冷める」


 ダイニングテーブルにしては珍しいソファータイプの椅子。背もたれがなく不安に感じるかもしれないが、不定期に発生する宿泊者のために対応できるように考えた末に至った答えだとか。

 漆と涼。達也、葵、光佑と二手に分かれて座り、料理をつまみながら時より漆が様子を見て話す。 


「皆、出会った頃はメンタルボロボロでな。生きるか死ぬかの状態で互いに助け合って行動してたら現在の関係になっただけだ。とはいえ、私と達也、年が離れてるが涼と光佑で分けると同い年だ」


 漆の発言に「ん!?」と四人を見る葵。


「あの……すごく失礼かもしれないですけど、漆さん達也さんよりも年上かと思いました……」


 その言葉に涼はクスクス笑い、光佑も「確かにそう見えるかも」と達也を見て笑う。達也自身も自覚はあるようで「よく言われるわ……」と溜息を付き続けて「正直な話、俺――漆の三十半ばかと……」の言葉に鋭い視線を向ける漆。


「あっ地雷だー達也、アウト!!」


 涼が楽しそうに達也をイジると「芽キャベツかふきのとう。どちらか一つ譲ってもらおうか」と達也の皿にしか乗ってない“ふきのとうの天ぷら”をガン見する漆。伸びる手を達也は押さえながら「やらねーよ!! つか、お前一人で隠れて食ってるくせに!!」と口論する二人。大人げない二人のやり取りに涼が「いつもこれだから気にしなくていい。山菜食べるのこの二人しかいないし」と葵を落ち着かせるように言い放っては光佑も「涼ちゃんの言う通りだから気にしないで」と困った顔で笑う。


「皆さん、仲いいですね」


「そう? この二人は相変わらずよく分からないけど」


 葵の話に光佑は丁寧に返しながら箸を進めると涼が「アンタ、嫌いなものあんの? あるなら」と皿をさり気なく動かし“乗せてもいいよ”とアピール。


「涼ちゃん、優しいね」


「苦手なものあって当然だし。駄目だったら食べる。というか、ウルのご飯好きだからたくさん食べたい」


 キリッとした顔に「まだあるからたくさん食べて」と光佑の言葉に葵はそっと芽キャベツの醤油バター炒めを口にした。

 芽キャベツの優しい甘さと醤油バターの香ばしさと旨み。短時間炒めただけなのに新鮮なのもあってか食感も良く、味がしみてる。


「美味しい……これ、好きかも」


 美味しさから頬を薄く赤く染め、流れるようかぼちゃのを一つ口の中へ。


「ん!! あまーい」


 目を輝かせ、パクパクと手を止めない葵に光佑が「それ市販のものなんだけど、何かと煮物が食べたくなって。まだここじゃ収穫できないから悔しいんだけどね。良かったね漆、市販のものか……って落ち込んでたけど公表みたいだよ」と嬉しそうにピーマンを噛じる。葵の楽しそうに食べる姿に漆と達也も口論を辞め「一つだけだからな!!」とふきのとうの天ぷらを漆に譲り、ぷんすか怒りながら漬物を頬張る。


「ウル、年齢詐欺できそう。三十ニかと思ってた」


 ボソッと涼は漆の顔を見ながら堂々と言うと漆は素早く涼の漬物を奪い、「私の中ではお前は学生だ」の言葉に達也と光佑が口を押さえて笑う。


「それな」


「僕、涼ちゃん見た時大学生かと思ったよ」


「えー酷くない。確かにあの時は無職だったけど」


 自然と盛り上がる話に葵は耳を傾け聞いていると時より驚いたり、難しい顔をしたり、笑ったりすることから感情を表に出すことは苦手だが、来たときよりは出やすくなっており「前職の話でもするか」と大体食べ終わったのを確認した後、漆がに言う。


「え、でも……それ。皆さんの地雷じゃ……」


 葵はビクッと大きく身を縮ませるも知らんこっちゃないと漆の態度に他の三人が少し気まずそうになりながらも箸を置く。


「構わん。地雷でも何でも……どうせ話す。私は“元”」


「自分、元“”」


「俺、元“”」


「僕、元“”」


 漆、涼、達也、光佑の順に言われ、葵は口ずさむように復唱しては「えぇぇ!! ぜんぜん違う!!」と一番誰に驚いたかはさておき勢いよく腰を上げる。


「驚きすぎだろ……」


 パクっとピーマンの肉詰めを食べる達也に葵は「達也さんがインストラクターって!!」と指差す姿に「大抵皆、俺の前職で騒ぐよな。そんなに意外なのか」の言葉に漆、涼、光佑、葵の四人は一斉に頷く。「おい、誰でもいいからそこは励ませよ」と味噌汁に手を伸ばす。


「でも、驚きました。皆さん、別の職業だったなんて。ん? あれ……漆さん花屋?」


 葵の視線に漆は「此処はの土地だ。それと、この世にはいない“”が『花屋を辞めてほしくない』と死に際に言われてやったこと。本当は花屋なんて嫌いだが花に罪はない」と手を合わせ、スッと無言で立ち上がる。


「え、あの……すみません。気分害すようなこと言って……」


 ソワソワしている葵に「違う」と静かに返し達也に視線を向け、気づきた達也が「なんか早くね」と時計を見て渋々席を立つ。


「二十時前なのに」


「暇人なんだろ」


 漆と達也は食器を片付け、玄関に向かうや「あの……光佑さん、ボク悪いことしちゃったのかな」と落ち込んでいる葵に光佑は「ううん、葵くんは悪くない。悪いのはだよ」と静かに怒り混じりの声で言っては達也が残したと思われる小鉢を手に取り食べる。


「此処、人里から離れてるんだけど稀に時間外に人が来ることがあってね。開園時にもあるんだけど引っこ抜かれたり、踏まれてたり……色んな人がいるから綺麗事並べてるように見えるのかなって。僕らは医者じゃないし、自然の力を理由にやってるから合う合わないもある。だから、ホント嫌な世の中だよね……」


 暗い話に少々静寂に染まる。だが、食べるでは止まらず様子を見て葵は話を切り出す。


「だから、SNS禁止してるんですか?」


「ん、それは漆から聞いたのかな。そうだよ。でも、もう一つ理由があって暗い話とか愚痴とかマイナスなモノは見ないようにしてる。僕達は感受性が高いから影響されやすいのもあるからね。涼ちゃんは特に漆には厳しく言われていて“投稿してもエゴサ禁止”だったかな。だから、基本コメントも何も受けつけないようにしてるよ。ネット販売関連は別だけどね」


 光佑の言葉に涼が「っか、SNSは自分性別伏せて活動。ハンドメイド関連は普通に出してる。アンタと光佑と自分少しに出て“可愛いもの”や“ハンドメイド”とか女性に人気なキーワードに関して男がやると差別的な面があっていんだよね。嫌いだからって文句言う人。だから、宣伝するけどコメント非表示。本当は普通にやりたい……でも、」と口にしては「二人が戻ったらデザート食べたい」と席を立つ。


「あっ、うん。そうだね。じゃあ、準備しようかな。葵くんはゆっくり食べててね」


 光佑も席を立ち片付け始め、葵は少し落ち着かなくなるもアイス咥えた戻ってきた涼は“変に話した”と反省しつつ「アンタ、手芸好き?」とさり気なく話しかける。意外な言葉に即座に頷き、箸を咥えたまま止まっている葵に「んじゃ、食べ終わったら部屋に来て。多分、二人すぐ戻ってこないだろうから」と約束と言わんばかりに続けて「これ、今販売してるの」とスマホを取り出しては写真で一つ一つ作品を見せた。

 ハーバリウム、UVレジン、プリザーブドフラワーとアーティフィシャルフラワーのアレンジメント、フラワーボトル、スワッグ、ドライフラワーとスライドさせると出てくるたくさんの写真。食べる手は止まり、興味津々に葵自ら画面に触れると「これ、可愛い」と指さしたのはピンクのハーバリウム。


「ん、在庫あるか確認してくる」


 涼は小さくスキップしながらリビングから去ると光佑が「一番葵くんに会うの楽しみにしてたの涼ちゃんかも」とクスクス笑う。


「え、なんでですか?」


「出店するとその場に合わせて作品とか体験とか組むんだけど。葵くんみたいに泊まり込みや涼のことを知って仲良くなると気分によるけど、今みたいに声掛けて負担無しでやってくれるから」


 食器を洗いながら嬉しそうに話し「ハンドメイド出来たら僕にも見せてね」と水を止めては「デザートデザート」と光佑は冷蔵庫を覗く。横目に「ごちそうさまでした」と食器を運び、二階に向かう葵の姿を目にしては「花屋として花を教えるのもアリなのかな。考え方違うんだよね」と一人呟き、楽しそうにケーキを取り出した。

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