詫びリンゴ

 収納スペースにある裏口の鍵を外し、ガチャッと押し開けると懐中電灯を手に暗闇を照らす。表と同じで花に囲まれているが、足元には飛び石。漆がさりげなく一人で進み畑、ビニールハウス、小さな果樹園に光を当てる。


「少し遠いが見えるか?」


「あ、はい。思ってた以上に立派ですね!! 置くまで続いててお野菜が薄っすら見える」


 暗闇苦手、という葵を裏口に残しながら漆は声を張りながら歩き出す。


「キャベツ、玉ねぎ、ネギ等、よく使うものを植えてるんだが時々失敗する。キミの近くに”ふきのとう“ないか?」


 遠目からの漆の声に葵はキョロキョロ見渡すや見つけたのか、身を乗り出す姿に目を向けながら漆は芽キャベツを見つめ、一つ二つと回収していく。その時「ギャー虫!!」と騒ぐ葵の声に思わず顔を向けるや「退治してやるからちょっと待ってろ」と達也の声に視線を野菜に戻す。


「虫、ダメなのか。これでもかなり少ない方なんだが……。そう言えばいい”アイツ“も非常に虫嫌いだったな」


 一人ぶつぶつ言いながら騒いでいる二人の元に戻ると小さい蜘蛛で騒いでおり、漆は沢山の芽キャベツを葵に渡しては外壁に張り付いていた蜘蛛をスコップで優しく叩き落とす。


「あ、ありがとうございます……」


 脅え泣きそうな葵を達也が頭を撫で慰める。それを見た漆は「達也、芽キャベツで軽くなにか作ってくれ。少し早い収穫だが食べれるまで育ってる。山菜が食べたかったら”ふきのとう“少し採ってくるが食べるか?」と”一人で行く“と示す言葉に「んー任せる」と曖昧に返すと漆は闇へと消える。


「漆さん、怖くないんですね……暗闇」


 あまりにも冷静で暗闇のように消えていく漆に葵は小さく言葉を漏らすと「夜だと余計に活発だからな……暗闇が好きだって言ってたし」と達也の困った声に目と目が合う。


「ん、収穫は漆に任せて。お前は料理の手伝いでもするか?」


 芽キャベツを手に取り確認しながら言う達也の声に「うん」と葵は返事をすると「何作ってるの?」と背を向けキッチンに向かう達也の背を追う。


「ピーマンの肉詰め、煮物、漬物、味噌汁に白米」


「えっ一汁三菜!!」


「なんだよ。そんなに驚いて」


「なんか今の時代にしては少し……」


 キッチンに行くと光佑と涼の慌てる姿に声がかけられず立ち尽くす二人。


「あーまぁ、よく言われる。光佑が”鬱持ってる漆のために“ってのもあって朝と夜は”一汁三菜“。昼は各自で食べるんだけどバランス悪くなるって漆の投げやり弁当なんだよな……プライドだけぇーから」


「ほわ……漆さんお母さんみたい」


「ある意味、オカンだろ。アイツ」


 その場で会話が完結すると「おーい、急いでる所悪いんだけど芽キャベツ。あと、俺の好きなふきのとうが後で来る!!」と達也が二人の間に入る。


「えぇーなんか増えたんだけど……明日じゃダメ?」


「ダメ。芽キャベツはバター炒めの方が葵食べやすいと思うんだよな。ほら、煮物とか苦手かもしれないし」


「そうだね。僕達の好みに合わせちゃってるから葵くん向けに少し多めに作っておこうかって……涼ちゃん、煮物食べないの!!」


「ウルの煮物うまうま」 


 大混乱するキッチンに数分遅れで漆が合流。


「何をそんなに騒いでる」


 土だらけの漆に「漆、汚れるから着替えてきて!!」とキッチン立ち入りを命じる光佑。それに溜息で答える漆。「少年、こっち来い」と首根っこ掴まれた葵は「あ〜達也さーん」と助けを求めながらリビングの隣りにある部屋へと連れ込まれる。

 真っ暗や部屋にビクビクしているとカチッと音がなり明るくなる。そこはシックな色をベースにした【和室】で洋室が多かったイメージの室内が一変した瞬間だった。


「私の部屋だ。キミが帰るまで好きに使うといい」


 スッと静かに指差された場所にはボストンバッグ。葵は見覚えあるカバンに駆け寄り、中身を見ると服や下着――と詰められた荷物に少し寂しそうに方をおろす。そんな葵を漆は視線を向けながら押し入れを開け、見られても構わんと言いたげにシャツを捲る。


「君を預かる、と断言した時は好き勝手に言われだが”何も変わらなければ無償でいい“と言った私もバカだと思う」


 さりげなくその経緯を話す漆に葵は顔を向けると上半身裸の姿に「ギャーすみません!!」とボストンバッグに頭を突っ込む。


「同性だろ。いや、苦手なやつには苦手か。それは気をつけないとな……」


 微かに鼻で笑っては「私はリビングで寝るから気にしなくていい。仕事が忙しいせいで部屋には必要な限り入らないんでな」とベルトを外しベルトループから引き抜くや「そのままで居てくれ」の言葉に「早く着替えてください……恥ずかしいです」と恥ずかしそうな声。


「いいぞ」


「ぷはっ……」


 葵は顔を真っ赤にしながら漆に顔を向けては仕事着とわからない姿に「き、着替えました?」と疑問の声。


「着替えた。なんだ、その疑いの目は」


「服が変わってない……ような」


「似たような服しかないからそうなるだけだ」


「し、私服って……」


「ないぞ、と言いたいが外出用のは持ってる。他の奴らが煩いんでな」


 真面目に答える漆に葵は『”仕事重視の人“なんだ』とポケーッとしていると漆の「仕事一筋の効率主義だが悪いか?」の言葉に見抜かれた気がし背筋を伸ばす。


「い、いえ!! むしろカッコいいです」


 慌てて返すと「変に気を使わなくていい。図星だろ」と確信ありで話す漆に勝ち目ないと思った葵。耐えられずボストンバッグに再び頭を突っ込む。その姿に漆は天井を一瞬見ては――「まぁ、キミが少しでも落ちつけば此方としては言い訳で親の解釈や意見等どうでもいい。キミがどうしたいか、どう感じたかが知りたいだけだ」と近づきあぐらをかく。


「キミは果物好きか?」


 夕ご飯前なのに違和感ある質問。


「え、あ……はい……」


 そう恐る恐る答えると「なら、ガミガミ言った私からの詫びだ」と漆の右手に真っ赤なリンゴ。


「先程試しに一個収穫してな。良かったら一緒に味見しないか?」


「え、食べてもいいんですか?」


「あぁ、このまま噛り付いてもいいが食べづらいだろう。少し嫌かもしれないがナイフ使わせてくれ」と漆は手を後ろに回し、軽く振って袖に隠していたナイフを握る。葵はキョロキョロとナイフを探しているらしいが「鋏よりもナイフの方がいてな」と漆は声掛け気を引かせると左手のナイフを見て葵は「ふぇ!!」と変な声。


「ん? なんだ。知らぬ間に。ナイフを握ってて驚いたか。自傷癖から身近にないと私の場合落ち着かなくてな。いつもは安全を配慮して玩具なんだが、着替えた時に振り替えた。が見たくて」


 冷静に返しリンゴにナイフを入れては半分にはせず途中で止め、一度引き抜き別の箇所からナイフを入れる。四分の一個では大きいだろう、と配慮のつもりは薄く切った一片をナイフの刀身に無言で渡す。


「え、あっ……ありがとうございます」


 ナイフにビビリながらも葵は薄切りリンゴを食べるとパアッと表情が明るくなり「美味しい!!」と笑顔。


「そうか。それなら期間限定または数量限定でジュースやアップルパイにしてもいいな」


 葵の笑顔に漆も薄く切り、シャリシャリとリンゴを食すと「漆さんって元軍人さんとかですか?」とナイフを扱う慣れた手付きにそう思ったのか。葵の細やかな疑問に「田舎育ちだからかもな」と否定。


「えっ皆さん同級生とかではなくて?」


「そう見えるか? なら食事の時に昔話でもするか」


 誰かの視線に漆はナイフを隠すように折り畳むと「出来たなら出来たといえばいいだろ」とゆっくり立ち上がる。


「いや、なんか雰囲気良かったから」


 爪楊枝を手に持った達也。それには芽キャベツのバター炒めが一つ刺さっており、漆はそれを見つめては「醤油をフライパンの周りから焦がすように入れろ。その方が美味いだろ」とさり気ない助言。それに少しムッとしては「わーったよ。ったく、焦がしバター醤油にすりゃ良いんだろ」と戻る姿に「キミ、味見してこい」と漆は葵の手を引き、背中を押す。


「えっ漆さんは?」


「キミがすぐ寝られるように、または過ごしやすいように部屋をイジる。気にするな、消えやしない」


 漆の言葉に葵は頭を下げ、達也達の元へと向かう。その間、漆は残ったリンゴを噛りながら「軍人と思われるとはそんなに私はカタブツか」と首を捻る。

 キッチンから聞こえる騒がしい声をBGMに漆はリンゴを食べるや押し入れから敷ふとん・枕を引っ張り出す。カバーを付け、中央にあるテーブルを部屋の端に立てかけ、テーブルがあった場所に敷くと「漆、ご飯だよ」の声に手を止めた。

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