花園にある隠れた四人の家

「じゃあ、そろそろ行くか」


 照明の消し忘れや閉め忘れが無いよう確認しながら、達也は葵と涼を外へ出す。入り口の鍵を締め、ガチャガチャと確認しては「行くぞー」と歩き出す。


「皆さんの言えば此処から離れてるんですか?」


 足元を照らしながら仲良く三人。少し無言だったが葵の言葉に「圏内にいる」と涼がさり気なく言う。「えっ」と声を漏らす葵に達也は「方向感覚混乱してるだろうけど俺ら向かってんの店の裏」と周囲を懐中電灯で照らして見せる。


「えっ……ボク、行って大丈夫ですか?」


 不安になる葵に涼は「ウルが良いって言ってるから良い。それじゃなければ、ウルにボコられてる。あ、ここ入り口」と指をさす。

 店裏に庭とは別に色とりどりの花を植えられ、高・中・低とバランスよく取られており、その後ろに行き止まりと言わんばかりに道を塞ぐようにフェンスとその後ろには綺麗に整えられたアオダモ。


「ん? 入り口何処ですか?」


「この中」


「この中って……入るんですか!! 無理です無理です!! お花踏んじゃう……」


 弱音を吐く葵をよそにドンドン進む涼。達也も「行けー」と葵の背中を押すも逃げ出しては達也の背に貼り付く。


「いやいや、大丈夫だってーの」


 プルプル震えている葵を達也はヒョイッと持ち上げ「よいしょっよいしょっ」と小股で進み、慣れた足取りで花と花の間を抜けていく。フェイスにたどり着くと涼が手を添えながら強く押し、隠れたように一部が押されドアのように開く。フェイスを抜け、人が通れるよう手入れされたアオモダとアオモダの間もスッと抜けるや目の前に広がるは“森”だった。

 樹木が密集しており、真っ暗で怖いと感じるが月明かりが間から差し込み、薄っすら照らされると嘘のように幻想的で思わず目を奪われる。初めはビクついていた葵だったが進めば進むほど木の数も減り、パッと突然目の前が開ける。

 季節の花が出迎え、その後ろに薔薇だろうかまだ花はないが整備され、剪定途中で止まっているのもあり、気になり見つめていると「げっ……やりっぱじゃん」と達也がバラに近づいては剪定を始め、軽く片付け始めた。涼はそれをスルーするように「此方」と葵の背中を押しては、薔薇の奥にまた別の花で囲まれてひっそり建つ一軒家。


「はい、到着ー。足元気をつけて、ウルが自棄糞になって色々投げてるかも……忙しいから。というか、花園に関してはウルが厳しくて一人でずっと手入れしてるから水やりとメンテナンス程度しかやらせてくれない。

たまに植え替えで企画を開催してみたり、通っている人に声掛けて少しだけ手を加えたり、来る人向けに花に触れる機会とかカウンセリングついでにやることが多いから自分らじゃ分からないし、謎なんだよね……」


 涼がブツブツ不満を言いながら家の前にたどり着くと、パッと防犯用の照明が点灯し「わっ!!」と葵が驚く。ビビっている葵に涼はツンツンと肩を突っつき、懐中電灯で外観を照らす。


「今は暗いけど明るくなると外観見えるから落ち着くと思う。朝起きたら見てみると尚分かる。自分、よく朝突っ立ってるから……」


 パチッと静かに照明を消し、玄関をゆっくり開けると室内の光が外に広がる闇を照らす。“他人の家に上がる”――という【緊張】と【礼儀正しくしないといけない】という勝手な固定願念にソワソワする葵だったが「普通にそのままのアンタでいい。ゴロゴロしててもいい、一緒について来て何かをやってもいい。この場に縛りなんてないから」と捨て台詞のように言ってはさりげなく笑う。


「自分は人と関わるのが下手で基本家にしかいないけど、それでもウルは自分を拾ってくれた。作品を褒めてくれた……だから、アンタも好きにしていい」


 ボゾボゾッと緊張を解こうとしたのか涼は微弱ながら自身のことを口にし「達也真っ赤か、早く。鍵閉める」と真っ暗闇に向かって声を張ると「待て待て待て待て!! 今行くから閉めんな!!」と照らすはずの懐中電灯を無視し室内の溢れた明かりを頼りに走ってくる達也。それを見た涼は少し意地悪でドアを軽く閉めると土で汚れた手が閉ざさんと言わんばかりに割り込む。


「テメェー何してんだよ……」


「疲れた。お腹すいた。ウルのご飯食べたい」


「それなら先に入ってろよ……ドア閉めずに」


 一瞬険悪ムードになるも「あ、おかえり。ご飯準備してるから、達也か涼のどちらか室内をあんないしてくれるかな? 手が足りなくて……」と光佑が笑顔で出迎えるも困った顔。それに「ウルのご飯つまみ食いできるならやる」と涼が靴を脱ぎ捨て目の前のドアを勢いよく開ける。それに光佑も後を追いかけると、残された達也と葵は顔を合わせる。


「あー……じゃあ、手洗いうがいして案内するか」


 達也は靴を脱ぎ、一つ一つ下駄箱にしまっては「ん」と葵の手を引く。緊張してガチガチの葵は靴を脱ぐもピシッと背筋を伸ばすだけで「お前……家でもずっと緊張してるだろ」と達也の言葉にカーッと顔を赤く染めてはボロボロと涙が頬を伝う。


「あーっすまん。地雷踏んだ!!」


 葵を抱きながら玄関を背に左手。収納棚が四箇所ありブラインドで隠されているせいか圧迫感はなくスッキリとした収納スペース。そこを抜けると階段・トイレ・洗面所と風呂があり、達也は軽く説明しながら葵を運ぶ。


「お家広い!! しかも、キレー!!」


「いや、狭い!! 漆に脅され片付けたんだよ。なんかうるせぇーと思ったらお前が来るって、はよ言えよって思うわ。いつもこれだからさ……ホント」


 不満たらたらの達也だが裏腹に緊張していた葵は男四人の家だからか普通の家にしては物が少なく、木目のフローリングに白い壁・所々に飾られた小さな観葉植物や花に目を輝かせる。


「なんかいい香りする!!」


「スイートピーとフリージアじゃないか? 所々に生花飾ってるからなぁー」


 見に行きたい、と飛び出しそうな葵に手洗いうがいをさせては「あっ、トイレを正面に右手のドアはリビングな。さっき涼が使ったドアがリビングと繋がってる」と思い出したように達也は言う。それに不思議と思ったのか葵が「この家、廊下はないんですか?」と首を傾げた。


「二階はあるけど一階はねぇな。漆が外の出入りをよくするからそれに特化した家だし。家の後ろに畑と小さな果樹園、花栽培してるから収納スペースに裏口あんのよ。あと、別の場所に小屋」


 達也の説明に「あの畑は理解できるんですけど……果樹園と栽培って……」と葵は目を点にする。


「あぁ、漆がやってんだよ。経費に金回したいっていうから季節に合わせて植えててさ。花も仕入れるが此方でも育てて売りたいって言うし。果樹園は気晴らしってアイツ言ってんけどマジなヤツだから。とはいえ、めちゃクソ美味いんだよな」


 目をパチクリさせる葵に自給自足していることを伝えると「うぇぇぇぇ!! 自給自足なんですか!!」と葵の驚く声に遠くから「そーだよー」と光佑の声。


「あ、光佑さんの声がした」


「お前の声が聞こえたんだな」


 料理の邪魔したかと二人は少し黙っていると「達也交代だ。二階の部屋紹介のついでに畑に行く」と漆がやってくる。


「マジかよ」


「マジだ。少年、此方だ」


 入れ替わりで交換になり、漆は葵を引き連れニ階へ。二階に辿り着くと左手廊下だが右手にクローゼット。少し珍しい間取り。


「クローゼットを背に右手の部屋が達也。達也の部屋の正面はトイレ。その奥に光佑、涼と続く」


 漆の言葉にトコトコ……と葵はさりげなく歩いてみると花の香に足が止まる。クンクンとドアにくっつく姿に漆が驚かせないようにドアノブに手をかけ開ける。そこには花屋とは規模が小さいが似たようなディスプレイになっており、光佑の好みのパステルカラーの家具やマットが敷かれていた。その光景に「わぁっ……」と目を開き、葵の見惚れる様子に漆は口を開く。


「光佑の部屋だ。アイツは切り花が好きでな。店で使えない、訳あって売れないが売れるにはもったいない花を飾るくせがある。これに関しては色関係なく飾ってるらしい。時に涼の部屋に置くときもあるが……」


 と、漆は流れで涼の部屋も開ける。天井や壁に吊るされた花々。奥に作業代もあり、少し散らかっているがケースや収納箱が重なっていた。光佑の部屋と違い、材料や花材、キャリーバッグ、ダンボールと荷物で溢れているが整理整頓されており、灰色ベースの壁とマットは涼らしさがある。

 ドライフラワーを始めてみたのか「えっ、花が逆さになってる!! どうなってるのこれ……」と恐る恐る部屋に入るやドライフラワーをじっと見つめる。


「この部屋はいくつも窓があって空気の通りがいいことから適しててな。夏は痛みやすくて控えるがそれがなければ手作りしてる。シリカゲルも使うが自然のものを第一に扱ってるからキミも興味があるなら聞いてみるといい」


 壁にもたれながら漆は花以外に“人”にも興味を持つように言葉でわざと気を引く。それを知らない葵は、まんまと知らぬ間に漆の作に引っかかる。


「え、別に興味は……」


「私と光佑と違って涼は営業担当。店ではなくハンドメイド等の出店をメインに活動させていて基本店には来ない。SNSは基本禁止にしてるんだがハンドメイドに関しての情報は有効にしている。

 ただし、私達の存在と場所は伏せ。購入者のみに名刺ぐらいは許可。意外と好評でネットの取引は好ましくないがハンドメイドサイトでは取引がチラホラ来るとか。私は詳しくは聞いてないが……アイツも少し苦労しててな。【男性がハンドメイド】というのを嫌うやつからアンチ受けるのをよく見る。だから、伏せるようになった……私達の存在も。花の好き嫌いなんざ、“”のにな。人間の固定概念は嫌なものだ」


 漆の言葉にハッとした葵は「涼さんも何か抱えて……」と口ずさむ。それを確認した漆はすかさず言い返す。「もしかしたら、キミと似たようなモノを涼は持ってるかもしれん。少しずつだが話しかけてみても損はないと思うが――自分の個性は簡単には捨てないほうがいい。少し周りと違ってもそれは悪いことではない。隠し通してもいいが出来るなら此処では隠さないでくれると助かる」と肩を叩き、今度は達也の部屋へ。


「お邪魔し――」


 勇気を振り絞って部屋を覗く葵だが眩しそうな顔をして漆に「目が痛い」と訴える。


「同感だ。眩し過ぎで入りたくないんだが……」


 嫌嫌ながら漆と協力してドアを開けると赤と黄色とオレンジベースの部屋。達也は涼や光佑とは別で家具少なめのシンプルな部屋。花もなく、テレビもなく――床にあるのは雑誌。なんの雑誌なのかは分からない。


「達也さんの部屋、男の部屋って感じする。なんか眩しいけどカッコいい」


「私の部屋と変わらんな……歳と好みでこんなにも違うのか」


「今知ったんですか!!」


 思わぬ発見に葵は飛び退く。


「あぁ、数年共にいるが部屋に入ったことがなくてな。部屋が“安らげる場所”と無心で決めてるせいか……。いや、私が家にそんなに滞在しないからか」


「えっ……」


「ん?」


 漆の“滞在してない”という言葉に葵は何かいいたそうな顔していたが「あ、いえ……なんでもないです」と隠す。まだ打ち明けてない、と距離を感じ「畑に行くぞ。嫌いな野菜があったら教えてくれ」と漆はそっと下へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る