花は心を映す鏡4

 園内を確認しながら三十分強の時間をかけ、人がいないことを確認した後少し早めに閉園。そのあまり時間に土が乾燥している花または乾燥しやすくて萎れやすい花に関してはさりげなく水をかける。二手に分かれ、ゴミの回収を行い店に戻ると歩き疲れたのか葵を覗いた四人が床に倒れ込む。


「なんか今日……すごく疲れた」


「テメェのせいだぞ、漆」


「私は知らん」


「ウルのご飯たべたーい」


 光佑、達也、漆、涼が緊張が溶けたのか喋り出すと“仕事の時は違う空気”と言いたいが“違い”なんてなかった。ピリつきも何もそのままの空気。


「あ、そう言えば葵くんの花を皆で見ようよ」


 思い出したように光佑が起き上がると葵は既に挿した花を持ってきており、カウンターに恥ずかしそうに置いていた。


「変……だけど……」


「いいの。変でも偏っててもキミの悩みや抱えているものが分かれば。もし、少し本格的にアレンジメントや花束、ミニブーケとか作りたかったら体験の一つとして教えるからね。まぁ、漆のことだから『使わない花とか好きに使え』とか言うかもだけど」


 光佑は葵が挿した花を見つめ「あ、“アレンジメント”じゃなくて“花セラピー”って言えばよかったかも……」と突然の自己反省に達也が「確かに。それな。次から気をつければよくね? というか、職業病で言っちゃうよな」と突っ込み半分同意した上での反省。

 知らぬ間に始まる反省会に葵はソワソワしだすと「アンタ、ピンク好きなんだ。へぇ……そういう雰囲気ある」と涼の言葉に少し恥ずかしいか。そーっとカウンターから消えるようにしゃがむ。


「こら、涼ちゃん」


「さーせん。でも、スタンダードカーネーションのピンクがあるから余程……」


 濁し黙る涼に漆が加えるように「ピンクベースの花がメイン。緑はルスカスのみ。誰かの優しさに触れたい、癒やされたい。その意志が強い。あとは、私の独断だが緑を入れることでピンクを引き立たせてる。その点は癒やしの効果を高めてる。そんな気もするな」と腕を組みながら言う。


「そうだね。葵くんが選んだ花は【スイートピー、スタンダードカーネーション、スプレーカーネーション、スプレーバラ、ルスカス、レースフラワー】。

“レースフラワー”は、カスミソウの代わりとして使うからこの場合だと僕達みたいな人に支えられてたい。人との繋がりを意味するのかもね。カスミソウは“脇役・引き立て役”。僕らのこと待ってたのかな? なんてね」


 光佑が優しく纏めると「恥ずかしい……」と葵の言葉にトドメ。


「形を見ると【低い】ことから“足止め”って意味があるけど多分自信がないとか不安や遠慮気味とかが出てるんじゃないかな。スタンダードカーネーションが二つ中央にある意味は、人間関係だからこれは確定だね」


 光佑の花から読み取った意味に「お、おそろしい……」と微かに顔を覗かせる葵。そのやや怯えた視線に「白とピンクって可愛い雰囲気出すから、そそは葵くんらしくていいと思う」の言葉にホッとしたのか表情は出てないがとても嬉しそう。


「少し隙間があるな何か色を足して補佐するのもありかもしれん。お前らなら何色を入れる?」


 漆が指で隙間を確認しては切り花に視線を向ける。


「漆、これって……アレンジメント要素抜いたほうがいい?」


「そうだな。メンタルケア重視とても言おうか」


 漆の言葉に四人は切り花の前に集まると相談しながら花を絞っていく。


「ウルと達也の色はパス」


 誰よりも先に涼が言う。それに続くように「涼ちゃんの色もパス」と手を上げる光佑。パステルカラーに絞られ、四人は記念撮影のように密着しては「私と意見逸れたヤツは炊飯しろ」の言葉に真剣な眼差し。

 数分経って各自決まったか。「せーの」っと指を指すと二手に分かれた。


 ・黄色のスイートピー

 ・水色のスプレーデルフィニウム


 漆と意見が一致した光佑はホッとするも達也と涼の顔が強ばる。


「そっちの意見から聞く」


 漆の静かな声に涼は達也の後ろに隠れ、仕方なく達也が「黄色入れたほうが気持ちも上がるというか前向きになるって感じがする。あと、入れたときの色の纏まりつーか……綺麗だなって思った。ちょっと待て!! 涼、お前は何かないのかよ……圧がスゲーわ」と助けを求める声に涼がチラッと顔を見せ「以下同文」と諦めているのか逃げ腰。


「光佑、お前は?」


「癒やしっていう条件なら青かな。元々、青には“落ち着きたい”とか“癒やされたい”って意味がある。でも、達也が言ってるのも間違ってない。黄色をいれるとスイートピーが柔らかいから喧嘩しない。むしろ、支え合うように馴染んでくれる。だから、これは……決めてもらおう」


 四人は葵も元へ行くと「葵くん、今の心理状態と気持ちを理解した上で決めてほしくて。見た目や直感、好みでもなんでもいいから『これだ!!』と感じた花を選んでくれるかな」と漆と達也が水色のデルフィニウムと黄色のスイートピーを手に見せる。じぃーっと興味深そうにみては「達也さんのがいい」の言葉に「お前は道連れだ」と漆が光佑の腕を掴み、まさかのお姫様抱っこのまま店の外へ。


「えぇー!! 連行されたぁぁぁ!!」


 突然の出来事に葵は驚き声を上げると「ご飯の担当決めてたから」と涼が漆からパスされたデルフィニウムを軽く振りながら教える。

「光佑あれだな何か言おうとして漆の圧に押されて何も言えなかったろうな……ゴメンな、光佑」と入口に向かって手を合わせる達也。


「漆さんってふざけるんですね……」


 意外な素顔にポカーンと葵が口を開けると「俺の場合は投げ飛ばされるな」と達也。「自分も抱っこされたい、羨ましい」と涼。一瞬、妙な空気になるも「挿してみるか」と達也が察し切り替える。

 形を変えず“隙間”にそっと添えるように挿す。それだけなのに黄色が入ったことで明るくなり、さらに可愛さも増す。


「わっ可愛い!!」


「レースフラワーが可愛いから同型の花がいいなっ思って。もちろん青でもいいんだけど……なんか大人しく感じるからモヤモヤしてな。どうであれ、気に入ってくれたのなら良かった」


 微かな笑いに包まれる店内。彼らが店を出て、家に戻るのは数十分後の話――。



          ※



「漆、わざと変に縛ったよね? それに僕が選ぶであろうとわざと選んだ……そんな気がする」


 抱かれたまま運ばれる光佑だったが、この言葉で漆の気分を見出したか。突然手を離され、アスファルトに尻を打ち付け、痛みで動けなくなっていると漆が静かに言う。


「試しただけだ……達也は言わないだろ。お前みたいに得意分野もなければ、私のような色が混ざり呑まれたら一瞬で消える。だから、たまにはアイツの強みであるムードメーカーで明るい“お人好しな”部分を頼ってみたくなる。私は何でもかんでも否定するが、アイツが私に盾をつく時怯んで入るが恐れ知らずに突っ込むところは嫌いじゃない。むしろ、見習いたい。仲良くはしないがな」


 漆はスッと光佑に手を差し出す。


「わざと引っ掛けた、お前を」


 漆の言葉に「ねぇ、僕や涼にはやるなって言うけど――時に敵になったりするのって“大切”なんだね。飴と鞭みたい」と手を握り、引っ張られながら立ち上がる。


「どうだか。私は見抜いて動いているからな……本来なら自分の意見を述べるのが正しいのかもしれない。だが――」


 苦しそうな漆の表情に光佑は近くの花を見て、ふと“”のことを思い出す。


「漆」


「なんだ」


「漆の《恋人》さん。喜んでるんじゃない」


 その言葉に「なっキサマ――」と動揺しては手の甲で口元を隠し顔を背け、「しらん、そんなの!!」と明らかに照れ、小走りで歩み出す漆を光佑はクスクス笑う。


「知らんって言うけど、本当は漆……嬉しいんだよね」


 漆に聞こえないようボソッと言っては「ねね、葵くんのお迎えパーティーでもしない?」と駆け出し背中に飛びつく。


「やらん、作らん!! 私は疲れた!!」


 不機嫌なガナリな声だが数秒経って「お前らがそう言うと思って作った」と弱々しい声。


「ん? ……作ったの? いつ?」


 白状しろー、と背中をくすぐるも効果はなく。何も言ってない、と言いたげな空気に押され光佑が離れると「さて、五秒やるから走って家に向かえ。私が追いついたら全ての料理を手伝え」と腕を捲くり、軽くウォーミングアップをする漆に光佑の顔が曇る。


「私が黙ってやろうとしたことをお前が自分から吐いたんだ。手伝ってもらうぞ」


 本気の気配に「いや、その……読み取ったんじゃなくて……たまたま言っただけで……」と否定するが「一……」と数える姿に全力ダッシュ。漆は一人冷静に数えては「五」と言った瞬間――地を蹴った。


「漆来ないでー」


 一人叫ぶ光佑に迫る漆。


「追いつくぞ」


「ムリムリムリ!! 運動苦手なのになんて――理不尽なぁぁ!!」


「私を怒らせたのはお前だ」


「イヤァァァー」


 人里離れた花園に響く声。

 それは楽しそうで何処か嫌そうで……。


「待って……待ってってば!!」


「待たん。いや、待ってやるか」


 人の流れを極限まで控え、四人の癒やしを詰め込んだからか。一番堅苦しい漆はこの時間が何よりも好きなようで――。


「鬼!!」


「何度でも言え!!」


 追い越しては立ち止まり、追い越しては立ち止まる。連鎖に呑まれた光佑は家につくまで漆の遊びにとことん付き合わされた。

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