最終話

 しばらく、はるちゃんの腕の中で泣き続けると、だんだんと落ち着いてきた。ボクはゆっくりとはるちゃんから離れて、彼女の顔を見た。

「手術室から医者が出てきたんだ。その医者が静かに首を横に振ったんだ。ボクはその時、手術室に駆けこむこともできず、崩れ落ちたよ。そしたら、ベッドにのせられた彼女が出てきた。その顔は安らかなものだった。苦しんだ様子もない。その時気づいたんだ。お腹がぺっちゃんこになっていることに。

 医者が説明してくれたよ。母体がもたなくなって、胎児も栄養が足りなくなり、二人とも体がもたなかったんだって」

「そうだったんだぁん。辛かったね、律希」

 ボクの頭の奥の方で女の人の悲鳴が聞こえた。頭が割れるかと思うほどの悲鳴。思わず頭を抱えてしまう。

 そのボクの頭をボクの上から抱きしめるはるちゃん。すごくあたたかくてホッとする。すると、頭の中で響いていた悲鳴がすっと聞こえなくなる。

 その姿勢のまま、ボクは話す。

「ここはずっと前に会う約束をしていた場所なんだ」

「そうなのん?」

「そう。……今日、会おうって。」

「その人って……さっき話していた?」

 ボクは言葉にできず、はるちゃんの腕の中でうなずくように頭を動かす。

「大丈夫だよん。……私が、いるから」

 はるちゃんに強く抱きしめられる。あたたかい。

「ありがとう……そういってもらえて、うれ、え?」

 ボクのお腹に冷たいものがさしこまれた感覚がした。冷たいもの、としかいいようがなかった。抱きしめられたまま、ボクはお腹をみた。

 はて、ボクのお腹から何かが突き出ている。

 これは、包丁……。

 何かがお腹の底から勢いよく上がってくる。のどが熱い。息苦しくなってせき込むと、口の中から液体がとびだしてきた。はるちゃんのコートにつく。

「あ、ご、ごぼぼっ」

 謝ろうとしても声がでない。というかこれはいったい何なのか。

 ボクのお腹から出てきている包丁の柄の部分に目線を動かすと、そこには誰かの手があった。ゆっくりとその先をみていくと、その手ははるちゃんにつながっていた。

 はるちゃんが、なんで……。

 はるちゃんがボクをみる。その顔はさっきまでのやさしく抱きしめてくれていたものとはまったく違っていた。細い、細いまるで針のような細さの目でボクを見ている。その目にはさっきまであった温かさというものがまったくなかった。

 怖い。

 今までみてきたはるちゃんとはまったく違う、感情が凍りついてしまったかのような表情のはるちゃんがいた。

 ボクは離れようとするけれど、しっかりとおさえられて動けない。力もはいらなくなってきた。

 はるちゃんはボクをみながら、ゆっくりと口を開く。その声は今まで聞いたどんなときよりも低かった。地の底から聞こえてくるんじゃないかと思えるほどに。

「……アンタはいったい、何人の女を不幸にしたのよ」

 そういってはるちゃんは自分のお腹を撫でる。その時の表情はやさしいまなざしを持っていた。だけど、ボクをみた時は凍りついたものに戻っている。

 そして、はるちゃんは最後にこういった。

「これで四人目よ……」

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公園で待つ 黒メガネのウサギ @kuromeganenousagi

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