月虹影(げっこうえい)Case.1 ――夜に舞う蝶――

ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者

2123年初夏から札幌にて物語は始まった

 七瀬サキ――癖の有る金色の髪を肩甲骨を覆う程迄に伸ばしたスレンダーな女だ――はバイクのアクセルを吹かすと車体をスライドさせ、左手に構えた大口径のブラスターを短く三発発砲した。


 狙い違わず前を行く車――大排気量のガソリン車だ――の後輪を吹き飛ばす。


 スピンした車は道路脇のコンクリートガードに当たって大破した。


 ドアはへこみ、重機でも無ければ開ける事は不可能だろう。


 しかし車の天井がハンマーで叩いたかのように連続的に下から押し上げられ――破られた。


 運転手ともう一人が飛び出してくる。


 車内には他の人間は居なかった。


 脱出したのは運転席にいたサイボーグと情報提供者の女だ。


 女は頭から血を流し、気絶していた。


 サイボーグの男は抱えていた女を投げ捨てると短機関銃ショートブラストライフルの狙いをサキに定めようとする。


 車が爆発する――ガソリンタンクに引火したのだ。


 サキは一瞬視界を塞がれた。


 男が連続射撃にしたライフル弾が左腕をかすめる――鋭い痛みが走った。


 しかしサキは慌てなかった――余裕をもって右手に持ち替えたブラスターを発砲した。


 男の右手が銃ごと吹き飛ぶ。


 サキは男に連続で弾を打ち込んだ――頭を残して身体が木端微塵になる。


 バイクから降りたサキは弾倉を外すと残弾を空に放って薬室を空にし、腰から下げた弾倉をブラスターに装填した。


 女に麻痺弾パラライザを打ち込み、サイボーグの脳が生きている事を確かめると、腕時計型の端末で上空に居る警察の人工知能搭載ヘリに連絡を取る。


 十分と経たずにハイウェイにサーチライトを照らした無人中型ヘリが舞い降りて来る。


 ヘリが来る間に傷の止血処置を済ませた。


 自分が賞金稼ぎである事、サイボーグが敵対国家から送られてきたスパイだという事等を報告し、ロボットが“証拠”を押収するのを見届け、賞金が自分の口座に振り込まれた事を携帯端末で確認すると、バイクを起こして自宅への道をまっしぐらに突っ走った――愛しの女が待っている我が家へ。


“今夜はスマートだった――シキは褒めてくれるだろうか”


 ルート36を北上する。


 真っ暗な空に星は見えない――最も断熱遮光ドームの天板に覆われたこの街で夜空を望むなど不可能な話だ。


 一時間も走るとスラム街の自分と姉の住む超高層アパートに着く。


 半地下のガレージの電気スタンドにバイクを突っ込むと四十七階にある自室の音声認証ドアを蹴とばすように開け、中に飛び込んだ。


 愛しの女――七瀬シキ、彼女の双子の姉――はソファーに横になって寝ていた。


 シキは髪はサキより短い、肩にかかるかかからないかといった長さだ。


 それ以外は全て一緒だった、碧緑の目も、雪白の肌も、背も、体型も。


「ただいま、姉さま」サキは姉の頬に口付けすると、彼女の睡眠を邪魔しない様ガンベルトを外し、賞金稼ぎの道具一式を音を立てない様テーブルに置き、服を脱いでシャワールームに入った。


 流れる湯に先程の戦闘で怪我した左腕が痛んだ――しかしサキはそんな事は気にしなかった。


“今度の賞金でシキに何をプレゼントしよう。高級中華のレストランか、流行りのモードのドレスか”鼻歌まじりに金の使い道を考える。


 節水モードになっていたシャワーが自動で止まった。


 もっと湯を浴びていたかったが、節水モードを使う事は札幌市全世帯の推奨――実質は強制だ――事案だった。


 サキは左太腿内側に入れたクロアゲハの刺青を撫でた――昨日はシキがこの刺青に口付けしてくれた――それだけで身も心も破裂しそうな幸福感に包まれた。


 髪と刺青だけがシキとサキを区別するものだった。


 サキはシキを在るがままの姿に留めて置く事に病的なまでに拘っている。


 全裸のまま居間に戻るとシキが瞼をこすって起きた所だった――生あくびをする。


「おはよう。サキ」眠気の取れない声でシキが言った。


「こんな夜中におはようはないでしょう。姉さま」サキの顔が明るくなる。


「何か食べる――?」


「姉さまは座ってて――冷蔵庫に培養肉があったはずよ。蟻のミートボールも」


 サキにとってシキはただの姉でも恋人でも無かった――この腐りきった世の中でただ一人信じられる女神だった。


 人造人間レプリカントやサイボーグ、貧困移民、そして汚職まみれの上級市民といった犯罪者の予備軍――サキにはそうとしか思えなかった――とは違う、血を分けたたった一人の家族。


 ――彼女を護る為なら世界全てを敵に回しても構わない――。


 キッチンの電熱調理器で肉を焼き、合成野菜の付け合わせを沿える。


 麦飯を盛って、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出そうとして、柔らかい感触が背中に当たるのを感じた。


「サキ、怪我してる」シキの手が左腕を撫でた。


 押し付けられた胸は自分のそれと同じ位大きく脈打っていた。


「シキ姉さま――今は待って」自分の気持ちを悟られない様必死に声を抑える。


 床を共にする事も珍しくないのに、シキも自分もどうしてこんなに昂るのだろう。


「姉さま――今度のプレゼントは――」話を逸らそうと言い掛けて、サキはこれ以上ないプレゼント――彼女にとってはだ――長年温めていた、ずっと秘めていた思いを打ち明ける事を思いついた。


 だけど姉さまは受け入れてくれないかも知れない――暫く迷った末、サキは思い切ってアイデアを話してみた。


 断られても仕方が無いとは思っていた――。


「良ければだけど、突然じゃ嫌かもしれないけど、私達の赤ちゃん、欲しくない?」サキは震える声で言葉を続けた。


「構わないわ。サキ」シキはサキの想いの重さなど知らぬげに、あっさりとサキの言葉を受け入れた。


「そうよね、いきなり言っても――え?」てっきり断られると思っていたサキには、シキの言葉は信じられないものだった。


「本当に――良いの?」


「良いわよ。可愛い妹の頼みですもの。それに私も貴女との愛の証が欲しい」シキの目には真剣な光が浮かんでいた。


「姉さま――」念願叶った喜びに、サキは思わずシキに口付けた――シキも熱の籠った目でサキを受け入れる。


 食べる事も忘れて、サキはシキと恋人の営みをする事に夢中になった。


 二人が満ち足りた頃には食事はすっかり冷めきっていた。


 愛の行為が終わった後、冷たい食事を笑いながら食べさせあう。


 この時代の技術をもってすれば、同性同士、特に女性同士の子供を授かる事は無理な話では無かった。


 妊娠する方の卵子を採取し、“父親”の遺伝子を入れた人工精子を受精させ、“母親”の胎内に戻せばいい。


 問題は社会だった――同性愛は生物の自然なありように反するとして法律で禁じられている。


 二人がここまで恋人同士の関係を続けられてきたのは姉妹という関係の陰に隠れて決してそれを表に出さなかったからだ。


 闇医者には施術を引き受けてくれる者もいるだろうが、料金は相当な額になる筈だった。


 それでもサキは五年越しで貯めてきた貯金の殆どをはたいて、病院に妊娠治療を依頼することが出来た――表向きは普通に営業しているが、裏で非合法の医療行為を行っている病院だ。


 苛烈な支配体制の札幌だったが、金さえ積めばその網をかいくぐることは出来た。


 法を無視できる金を持った政商や大企業関係者、上級市民、法律を運用する官憲や軍隊、そして世襲政治家が特権階級だ。


 一般市民は薄給でこき使われ、擦り潰される。


 基礎的所得ベーシックインカムが札幌では導入されていたが、財政規律を盾に到底暮らしていけない金額しか支給されなかった――嫌でも足りない分は働いて埋め合わせないといけない。


 市民は自己責任という言葉に雁字搦めに縛られ、統制され、管理され、法律で締め上げられ、税金や保険料を納める事のみを押し付けられる。


 企業や政府は限界まで庶民をこき使い、最低限暮らしていくのがやっとという給料しか払わなかった。


 公務員すら大半の業務は人工知能に置き換えられ、僅かに残った人間も人材派遣会社から送られた期限付き非正規雇用の貧困労働者ワーキングプアという有様だった。


 それから見れば自分は恵まれている――サキは実感せざるを得なかった。


 少なくとも自由になる金が多少あり、早朝から深夜まで休みも無く働きどおしにされる事も無く、自分の特技を生かした職に――賞金稼ぎが仕事と言えればだが――就いている。


 サキはシキをバイクに乗せて東区にある病院へ走る――シキの卵子を採取し、サキの人工精子を作る為だ。


 二人は一卵性双生児だからサキから精子を作る必要は無かったが、二人共そうする事に拘った。


 表向き生理不順の診察という名目で、二人は施術を受けた。


「本当に姉さまが産むの?」サキが確認する。


「仕方ないじゃない。サキがお仕事しないと私たち干上がっちゃう」シキはけらけらと笑った。


 施術を行うのは中年の産婦人科女医だった。


「自然分娩で産みたいと、そうおっしゃるのね」


「はい」二人は声を揃えた。


「妊娠期間は薬で調整する事も出来るけど受胎日から二百六十日から二百七十日ほどかかると思って。受精卵は早ければ二週間後にはできるわ。妊娠できなかった時に備えて予備も五つ作っておくわね。追加の料金は頂くけど」


 サキは医者のコンピュータディスプレイに映された金額の高さに驚いたが、それ以上に自分達の子供が出来る事が遥かに嬉しかった。


 術後の経過は順調だった。


 受精卵はオリジナルとコピーが有ったが、シキは一番安心なオリジナルで懐妊した。


 周囲にはシキは父親の分からない子を妊娠したことにしてあった。


 妊娠してからバイクでは無く、地下鉄で病院までの道を通った。


 妊娠八週目、超音波検査で胎児の様子が初めて映り、サキはその様子に感動と喜びを覚えた。


 四カ月を超える頃からシキは赤ちゃんが胎動するのが分かると言って笑った。


 シキとサキと赤ちゃん――検査で女の子と分かった――は順調すぎる程順調に日々を過ごしていった。


 シキは情緒不安定になる事も殆ど無く、まるで何度も子供を産んだことが有るかの様に落ち着いた日々を過ごしていた。


 愛の行為も回数は減り、激しさも消えたが完全に止める事は無い。


 赤ちゃんの名前も決めた――二人で話し合った結果アイという名前になった。


 シキは運動嫌いだったが医者の勧め通りに水中ウォーキングやサキの買ってきたエアロバイクなどに真面目に取り組んだ。


 サキも仕事は順調に進んでいた。


 そんな矢先、定期健診で通った病院でサキはそれだけは聞きたくない事実を聞いてしまったのだった。




「ええ、恐らく間違いないわ」シキの主治医の女医の言葉が耳に入った時、サキは思わず身を隠してしまった――賞金稼ぎの本能が出たのだ。


 角から覗く――主治医はシキ付の看護士と話をしていた。


「七瀬シキは――レプリ――」サキはその言葉に反応した——思わず飛び出して話を遮ってしまう。


「先生、今なんて――」この言葉は聞いてはいけない――サキの直感がそう告げていた――尋ねたのは相手に事実を告げさせない為だった。


「サキさん――いえ、貴女には関係ない事よ」女医は驚いた様だったが、すぐに冷静さを取り戻して言った。


 その言質にサキは表面上は安心した――しかし、疑念は拭えない。


 サキは人造人間レプリカントに本能的な嫌悪と恐怖を感じていた。


 法的にもサイボーグは人間だが、レプリカントはロボットの扱いだった。


 母体からではなく、工場から生まれて来る人間もどき。


 寿命を持たず、成人で生まれ、殆ど感情を持ち合わせない、人間以下の人造生物、命令が有れば自殺さえもためらわない、そのくせ主人に逆らい人を殺す。


 サキは主にサイボーグを狩る賞金稼ぎだった――サイボーグはレプリカント以上に常人離れした運動能力を誇り、その分賞金も多かった。


 レプリカントは外見では人間と見分けがつかず、専門家が光彩反応を確かめて判別する。


 その訓練を受けた者の内、警察の許可を受けてブラスターを携帯して、脱走したレプリカントを狩る者が俗にブレードランナーと呼ばれる賞金稼ぎだった。


 レプリカントはロサンゼルス市にある世界的大企業タイレル社とノヴォシビルスクに拠点を置くウォレス社が独占的に製造している。


 日本からも製造依頼を受けてアジア系の外見を持ったレプリカントを生産していた。


 サキにはシキがレプリカントとは思えなかった――そうかもしれないと思った事も有ったが、すぐに疑いは打ち消された。


 まずレプリカントは年を取らない――シキは幼い頃からサキと一緒に育ち、歳を重ねてきた。


 さらにレプリカントには特別なものを除けば生殖能力は与えられていなかった。


 高価なレプリカントだけ――それも依頼主がそう希望したスペシャルモデルだけだ。


 自分の親族にそんな金持ちは居なかった――居れば賞金稼ぎなんてあぶく銭を稼ぐ仕事に就く必要は無い。


 大丈夫――サキは自分に言い聞かせる、シキはレプリカントなんかじゃない――だけど。


 心配なら街の私立判別所で光彩を調べるか、或いは電子顕微鏡で髪を調べて刻印された製造番号が無いか確認すればいい。


 分かっていたがサキにはそれを確かめる勇気が無かった。


 ずるずると引き延ばしてきたある日、とうとうサキはレプリカントが札幌に紛れ込み、十年以上の長きに渡って人間として暮らし、あまつさえ結婚までしていたというニュースをテレビで見かけた。


 決定的にサキの心は揺らいだ。


 それでもサキは検査を拒もうとした――それを揺るがせたのは当のシキの言葉だった。


「サキちゃん、最近上の空。何か気になる事が有るの?」大きくなったお腹をさすりながらシキはサキに語り掛けた。


「姉さん――」狼狽を悟られない様テレビからシキに視線を移す。


「気になるの?」同じくテレビを見ていたシキはサキが何を気にかけているのか知っていた。


「いや、そういう訳じゃ――」言葉がもつれる。


「心配なら調べてもらえば良いじゃない――サキに疑われるのは気分が良くないわ。一回見てもらうだけでしょう。ずっとそんな顔されてたんじゃ生まれて来るアイにも悪いわよ」シキはむくれた。


「でも」


「行ってきて。これは姉としての命令よ」シキは髪を三本ほど抜くとチャック付きのクリアパックに入れた。


「分かった。分かりましたよ、シキ姉さま」サキは降参した。


「あ、今アイがお腹を蹴ったわ。サキも聞いてみる?」嬉しそうにシキが言った。


 サキもシキの腹部に耳を押し当てた――心音とは違う鈍い音がする。


「ほんとだ――」サキは今迄の葛藤が嘘のように消えるのを感じた。


 十分近くそうしていたサキは検査に行く決心を固めた。


「じゃ、行ってくるわ。多分夕飯までに帰ってこれると思う」賞金稼ぎの装束のベストにシキの髪を入れると部屋を出る。


 時速70キロで繁華街に向かう――韓国語、中国語、ロシア語、英語、アラビア語等の看板が立ち並ぶ中に目当ての店は有った。


 雑居ビルの十二階、遺伝子操作で生み出された自然界には存在しない生き物を扱う店だ。


「何か用かい」アラビア系と思われる女店員は出て来るとぞんざいにサキを迎えた。


「この髪が人工的に作られた物かどうかを調べて、ゲノム解析は必要ないわ」


「五十万」店員はパックをろくに見ないで言った。


「高いわ。三十万」


「四十五万、これ以上はまけれない」


「三十五万」


「分かった。四十万でいい。ただ前金で」店員はパックを受け取るとサキを奥に案内する。


 奥の小部屋に旧型の電子顕微鏡が据え付けられていた。


 店員は器用に入っている髪をピンセットでつまむと顕微鏡の観察台に張り付けた。


 部屋から出て来ると鍵を閉め、顕微鏡内を真空にし、電圧をかける為コンピュータのキーボードを叩く。


 暫くするとディスプレイに青い画像が映った。


 女は倍率と分解能の数値をいじる。


「よし。映ったよ。この髪は――」


 サキは目と耳を塞ぎたい衝動に駆られた。


 ディスプレイを見る――超拡大して映ったキューティクルには刻印が有った。


「ウォレス社製だね。製造年は2111年。これがどうかしたのかい?」


 サキは衝撃の余り何も答えられなかった。


 シキが人間もどきの人造人間レプリカント――?


「もっと詳しく調べるかい?」


「いえ、いいわ――」きっと自分は血の気が引いた顔をしてるだろう。


 上の空でシキの髪を返してもらい逃げる様に店を後にすると、バイクに跨って天を仰いだ。


「――ッ! 」やり場のない怒りが沸き上がってきた――バイクのカウルを叩く――何度も何度も。


 天を睨み付けたまま顔を覆って泣いた。


 ――ああ、神様はあまりにも酷い運命を私に与えた。


 シキは私を裏切った――。


 泣き続けるサキを暗闇が包んだ――ドームの遮光壁が夜間モードになったのだ。


 一気に街は闇色に染まる――街灯が点灯し始める。


 サキはバイクの電気モーターを回した。


 何処をどう走ったか覚えていない。


 気付けば自宅の前に来ていた。


 エレベータで自室に向かう間、サキはぼんやりと上を見つめていた。


 腰に吊ったブラスターが音を立てる。


 サキはブラスターを抜くと、冷たい銃身に頬を寄せた。


 自室の前で銃を構えると音声認証ドアに小声で暗証番号を告げる。


 自動ドアが開く。


 シキが迎えに来たら撃つ――そう覚悟して安全装置を外した。


 出てこない――部屋も明かりは点いていなかった。


 銃を構えたまま部屋に入る。


 あの日の様にシキはソファーに横になって眠っていた。


 足音を立てずに近づく。


 シキはまるで死んでいるかの様だった。


 呼吸音さえ聞こえない。


 サキはシキに跨ると腹部に横顔を押し当てる――胎動は無かった。


 胎児もろとも殺せるようブラスターをシキの下腹部に突き付ける。


 引き金に力を込める。


「……サキ……」シキが身じろぎした。


 不意にどっと涙が溢れた。


 シキとアイを壊してしまえればどれだけいいだろう――その思いがサキの体内を暴風の様に荒れ狂った。


 彼女と過ごしてきた日々が鮮やかに思い出された。


 サキは嗚咽しながらもう一度頭をシキに押し当てる。


 アイが動くのがはっきりと分かった。


 ブラスターが手から落ちて床に転がった――暴発防止モードが働き、電源が切れる。


 暖かいシキの身体に身を預けて、サキは子供の様に泣きじゃくった。


 ――夜はまるで永遠に続くかの様


 ――私達は夜の蝶、決してお日様の下を飛んではならない


 シキが中学に通っていた頃、書いた詩だった。


 暗すぎる――サキはそう言ってシキをたしなめた――その詩を書く前から二人は恋人同士だった。


「私達は夜の蝶――」暗闇の中サキはひたすら泣き続ける。


 いつか夜明けが来ればシキも私も焼かれて死ぬ――せめてその日まで僅かでもいい、幸せを。


「サキ、検査はどうだったの」シキがサキを抱きかかえた。


「姉さん。大丈夫、何も問題なかったわ」シキもサキを抱き返す。


 二人は熱く暗い口付けを交わした。


 ――もう二度と朝など来なくていい――


 ――私達は夜に舞う蝶――


 ――私達は――

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