第115話 弱者の抵抗/限られた選択(25)

 氷冷とまれ氷結とまれ遍在みな凍結とまれ


 遅延こおれ停滞こおれ全在みな静止こおれ


 氷花繚乱さきみだれる白麗輪舞しろいゆき――季節ときも、地形ばしょも、法則ことわりでさえも、万象律するを越えて降誕する雪化粧フリージア


 しかし、この暴風雪の中にある傭兵おとこたちは、といったところ。


 人喰いアニスの氷結領域とは、彼女のそのものを再現した現象だ。


 は、異物の存在に容赦はないが、


 この贔屓ひいきまみれの異常気象は、味方と認定した傭兵たちに、一切の影響を与えない。


 これこそ


 我らが隣人バケモノ、美しきの姫君がもたらした、世にも稀なる秘蹟に他ならない。


 本来なら、只の人など、とうに氷像と化しているところ、まるで寒さを感じない。


 視界をさえぎる吹雪の銀幕ですらも、うっすらと透け、先にある光景を見通すこと許している。


 この冬景色は、傭兵たちにとって、まさしくただの。壮大なる幻想奇譚おとぎばなし眺望ながめでしかなかった。


 つまり、押し寄せる木偶デクどもは、森と都市の間に陣取った傭兵たちからは


 人の形をしているけれど、細長い手足をと蠢かせる姿は、昆虫じみて不愉快だ。


 半ば凍りついているくせ、やけにせわしない。単純な造りのとも見えるのに、同時、妙に生々しい。


 執念を感じる。があって、がある。声はない。けれど総身を軋らせ、ひたすらにを鳴いている。


 理由も出自も不明だが、木偶あれらは、どうも傭兵おれたちが。つまり人形あれらは、傭兵おれたちに


 


 隊伍を組んだ千を超える兵隊おとこが雄たけびを上げた。


 今回の彼らの役割は、明確に防勢に寄っている。まさか、自分たちこそが目当ての生贄エサであるなどと理解していない。しかし、すぐ近くには、傭兵隊かれらの当座の寄生先であるがある。


 化け物どもがに害を及ぼすのは本意ではない。


 もちろん、いざとなれば、都市も切り捨てる対象ではある。しかし、その判断をするのは彼らの長ジョンだ。


 駒である兵隊たちは、


 “! !! エブニシエンと協力して、! 森から出て来た化け物ども、一匹の残らず始末しろ!!”


 命令オーダーは、明確だ。


 この事態は、。あらかじめ対処方法は、主だった指揮系統に共有されている。


 兵隊が横に広がる段列を形成。中央後方には、この状況下において最も重要な人喰いアニスかなえるもの、方形の囲いを置いた。


 森を含めた周辺一帯を覆い、厳冬の奇跡をもたらす代償として、――いま怪異の娘は、その形を大きく崩している。


 みずからの原風景、凍結銀嶺つめたいやまをこの地に降ろすため、彼女もまた原初の無形すがたに還っていた。


 姿


 が必要だった。


 事実上、いまや彼女は、この冬山というを構築するだった。正面戦闘に耐える状況にない。


 よって、肉弾戦を受け持つのは、あくまでもだ。


 傭兵おとこどもは、無邪気なもの。遠目に暴れる巨人の威容すがたに喝采する。


 あれこそ超越。あれこそ彼岸。この王国せかいに輝ける星々もの、――騎士を脅威の具象。


 おとぎばなしの“怪物”。


 すなわち王が認定した王国せかいの“敵”である。


 騎士が討伐すべき“魔性”は、――裏を返せば、騎士を於いて敵うものがない。


 馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。どこかの遺跡からとかいう太い石柱はしらはとても具合が良いらしい。


 横に薙げば嵐となり、縦に振るえば地鳴りが轟く。桁外れの重撃おもさは、きっと天地せかいそのものを脅かしている。


 まるで自律稼働する極地災害。怪異ものどもは、その一挙一動ごとに数十が砕かれていく。


 空と大地をとおして伝わる余波さざなみ。重く染み入るの余韻に、傭兵おとこたちは、肌をあわだたせ、全身を竦ませながら、――同時に高揚し、体感する。


 


 傭兵たちの中には、見た者もいる。そうでない者もいる。けれど、


 巨人の、――言葉を持たず、理知を持たず、ただ目にした生命を破壊するだけだったおおいなる地獄が、


 押し寄せる怪異を畏れることはない。


 もとより、この災いは、旦那あるじによって


 傭兵われらは、いま伝承ものがたりの中に在る。


 暴れる巨人の破壊デタラメ、――その試練を抜けてくる木偶デクに感心する。


 まるで、よく知っているのよう。


 なあに、相手は、既に怪物どもに追い立てられ、ほうほうの体の化け物だ。二つの試練を越えてきたは、必要がある。


 傭兵かれらとて、その手の機微ノリを理解できないほど無粋ではない。


「おらァッ!! 化け物どもが抜けてくるぞッッ!! 飛礫つぶてで歓迎してやれッッ!!」


 グレゴリの号令と共に、革紐スリングが風を切る音が虚空に連鎖した。


 後列のたちが太い腕を大きく振り回す。凶悪な石礫が一斉に解き放たれた。


 驟雨しゅううとなって降り注ぐ拳大の


 人喰いの銀嶺ふぶきと、巨人の暴風あらしを抜けてきたばかりの怪異を石礫いし弾雨あめが滅多打ちに

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