第114話 弱者の抵抗/限られた選択(24)

 ところ変わって、帰らずの森の“外”。


 “獄卒”と仮称された怪異。樹枝で編まれた細長い人型。木偶デクの大群が手に手に凶器を持ってへ侵攻する。


 号令も、ときの声も、そして、駆けるさまは、幽鬼にも似て。されど、地を踏みしめるは、騒々しく、重々しく、どこまでも現実感リアリティに満ちている。


 この人形ひとがたは、端的に見れば、さしたる


 一体一体の基本仕様スペックは、成人男性の数倍程度の膂力を有するのみ。


 を側面として備える神から生まれたに相応しく、身体を断たれようが、潰されようが、平然と再生するものの、


 相応の燃料あぶらを用意し、全身を燃やしてやれば、行動不能に至らしめることができる。


 思考は、責務つとめに殉じる単純。ただひとつに閉じていて、他なる要素を受け入れない。もちろん、痛覚や恐怖などというは、はじめから切除オミットされていた。


 要するに、一体ないし、少数ならば、――、只人でも対処できなくはない。の怪異でしかなかった。


 となるのは、


 そして、此処に現れたのは、


 死なず、恐れず、止まらない。尽きず湧き出す木偶デク人形。ただひたすらに、咎人いのちを食い荒らす。それだけの責務もくてきに特化した害虫いなごの大群だ。


 もとより兵士に求められる資質とは多くない。獄卒かれらのような余分を削ぎ落した量産品で事足りる。獄卒かれらは、充分に


 よって、な手段で止められる道理はない。


 だから、――対抗する手段もまた、


 と、と。そして、と。


 身を切り、圧し潰す白銀ゆきが空と大地を覆っていた。


 人喰いアニスかなえるものが発生させた凍結領域は、、――すなわち、でこそより激しく吹き荒れる。


 雪を被り、零下に動きを鈍らせる程度では済まない。かの怪物が棲んだ冬の山嶺に


 


 だから、――擬神かみから生まれたものと言えど、母体から切り離されたにとり、これは正真の天災わざわい獄卒かれらが苦難と化すのは必然だった。


 猛吹雪を侵攻するうち、樹枝にて編まれた獄卒かれらの体躯は、表面から着々と。極めて重いが加速度的に進行する。


 再生を試みようにも、極冷幻想つめたいゆめに侵蝕された各部位は、細胞単位の活動すら阻害される始末だ。


 硬く、脆く、鈍くなった人形たち。と身体を軋ませながら、それでもなお不撓不屈とまらない


 向かうは、金で殺しを請け負う傭兵つみの群れ。生命を謳歌し、猖獗する罪過クズを前にして、獄卒かれらが止まることはない。


 獄卒かれらは、常にだ。とてもで、だ。時折、凍った足がと折れて、這いずる個体があるのは、ご愛敬。さらに腕が捥げても気にしない。芋虫みたいに腹這いで進んでいく。


 勇者の行軍。あるいは、害虫の行列。いずれでも良い。


 これは、神代かつて摂理ことわりをいまひとたび王国せかいに現さんとする栄誉の。たかだか、妖精一体があらわした揺籃はじまり万象つめたさごときに堰き止められるはずもない。


 だから、


 


 凍りついた統一規格の木偶デク、量産された災いの先兵ゆびさきが微塵のと飛散する。


 

 


 まるで、脆く儚い硝子ガラスを踏み躙るよう。


 、―—


 破砕は連なり、おとを成す。破砕を重ねて、合奏しらべを謳う。


 連なり、重ね、やがては伸びる


 生命いのち停止おわりは、高らかに。澄んだ死想曲ねいろ真冬ましろに溶けて、消えてゆく。


 


 かつて、旧神ふるき樹海わざわいに沈んだ領邦くにに生き、そして、――凄惨くるしみの末に果てたよ。


 此処に、其方らを呑んだを砕く協奏おとがある。


 獄卒かいぶつは、狩場へと出たのではない。迂闊にも、領域なわばりへ誘い込まれた。


 帰らずの森を出て、――冬山やま


 とある伝承にいわく、人喰いの悪神かいぶつ棲まう


 そして、――この白嶺領域つめたいやまにて、破壊しらべを奏でるは、只人では攻略不能な直感暴力。


 彼方ほしぞらより墜ちたを、王みずからが再定義した空想伝承かいぶつ


 単純至極シンプル質量おもさ速度はやさで、あまねく脆弱よわきを叩き潰すだった。


 荒縄と針金を何十にも撚り合わせたかのような、いびつで過剰な筋骨。死体にも似た蒼白い肌から、蒸気のような熱気が放散されている。


 城壁にも匹敵する巨躯は、重々しいくせ、。敏捷に躍動する超重量は、凍てつく銀幕いぶきを切り裂きながら、という形の停止おわりを振り撒いていく。


 巨人エブニシエンに右腕それは、小人あるじによって断たれたときに献上した。そして、いずれ来るべき責務つとめがための


 隻腕の巨人は、片手で易々と、石造の棍棒もどき、――辺境に残った遺構から引き抜いてきた構造体ストラクチャ殿を振り回している。


 もはや局所発生したも同然だ。渦巻く破砕領域プロセッサに巻き込まれていく獄卒たち。凍りついた身体は、を経て氷塵ちりと化す。


 もとより、此の怪物ふたつは、


 “絶対かみ


 ゆえに、擬神かみから生まれた怪異ものと言えど、領地を出たなど歯牙にもかけないのは当然だった。


 しかし、氷結では完全停止に至らず。また巨人の仕事は


 いきおいが多数発生していた。獄卒の側も巨人を避けて、はじめている。


 もし、これが只人の集団、――野盗、兵隊の類であれば、とうに戦意を失い、逃散していることだろう。


 しかし、獄卒かれらには、自己を保存するという本能かんがえがない。損壊に対する動揺もなければ、躊躇もない。

 

 獄卒かれらにあるのは、返報というだけ。たとえ、凍りつこうが、手足がげようが、その身が砕かれようが、稼働の余地ある限り、返報しかえしのための前進を止めない。


 知る者はない。そのが、が、が。擬神の素体ディアドラ記録メモリに残された誰を模して形成されたかを。



 氷結と巨人。ふたつの試練を越えて、なお寄せてくる樹木の化け物ども。


 正しくその脅威を測り、――禿頭の大男、グレゴリが呟く。近くにいた初老の傭兵、アントンが合いの手を打った。


「ほっほう、どうも旦那、今回は派手に。いきなりときは、なんじゃと思うたが、――これ、あれじゃろ、じゃ」


「なんだがな、……」


 じゃねえんだよ、というのがグレゴリの正直な感想だ。


 旦那ジョンについていくと、ときおり奇妙な事態に行き会うことがある。


 もちろん、この世は“”なんていう超越者がいる王国せかいだ。傭兵として戦場に出れば、かの者たちの姿を目にすることもないではない。


 けれど、所詮、只人ひとたる我らは舞台の端役ですらない背景。主役を張る騎士かれらの大一番を飾るため、


 只人は、。傍観者か犠牲者が似合っている。


 なのに、ここにある傭兵たちは、と行き会った。


 と行き会い、美しい娘の姿をしたと行き会い、死んでもとも行き会い、――樹木を操るとすら行き会った。


 “手を貸せよ、負け犬ども”


 “お前たちの復讐におれが力を貸してやる”


 


 まだ旦那かれの差し伸べたに応じたときから、――に行き会った傭兵グレゴリたちは、ずっとの中にいる。

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