第113話 弱者の抵抗/限られた選択(23)

 黒狼の。油断なく周囲を警戒する。


 脅威の大半は、愚かな同族ひとごろしどもに向いている。しかし、――あえて、敵対行動をとった少女デヒテラは、いまだと認定されていた。


 という性質上、この樹怪は、貪欲のみならず、もまた尋常ではない。そして、――


 ッッ!!


 人間なら舌打ちの一つでもするところ。吹雪く白化粧から、新たに顔を出したのは、大樹、――ではない。まるで巨大な人間ヒト百足ムカデの混成。


 上半身がひと、そして下半身がむしだ。霊樹を素材として、連なり体節と数多節足が緻密に造形されている。


 もはや植生という自然発生ではない。ではなくの段階に移行している。繁栄ひろがりの本能を超え、脅威排除のための形態かたちを整えはじめた。


 しかも、岩石じみた荒々しい樹皮を重ねてまとい、巨大な木剣を携えた様は、甲冑で鎧うにも似て。


 黒狼の肺腑で弾ける石火。燃焼現象もえるきよめは、瞬く間に内から溢れる業火として喉を通過。


 


 炸裂する衝撃は、樹怪衛兵を一撃の下に打ち倒す。のみならず、かの穢れを脂とし、思うさま燃え盛る。


 しかし、――のたうつように悶え、炭化して末端をと崩しながらも、衛兵は


 、返報の意志を宿し、百足ムカデ這う俊敏で襲い来る。


 帰らずの森の面目躍如。は許す。けれどはけして許さない。まして、理由不明ながら邪魔立てする同類かみ眷属つかいとあれば、なおのこと。


 が伸び、子ども二人をかっさらう。と共に跳び退く黒狼。


 間一髪。


 代わりに衛兵の打ち下ろした木剣を受け止めた大地が。弾け飛ぶ土砂おもさ。刻まれた亀裂の深度ふかさ。まともに受ければ、真正の眷属バーゲストとて無事では済まない。


 なお面倒な事実は、あの冬の山で生まれた人喰いのにあってなお、この性能。確実に弱体化はしているはずなのに。


 災厄がはじまった過日。こんな化物ものが跳梁跋扈する閉ざされた森を一人さまようがいた。


 自らの無力を分際として刻まれ、すべてをなげうち、穢れた責務のろいを背負い込み、――ただ一人だけ、生きて暗い森を出た。


 そんな過程エピソードもあったらしい。


 感傷は余分だ。ここは死地。戦士たらば為すべきを為すだけ。鼻と耳と肌は、こちらを取り囲むが既に三十一体に上ることを捉えている。そして、


 ふと、ぴんと立てた耳が


 駆け抜ける。予測からのを避けるため。気ままランダムな方向転換を織り交ぜて。


 なのに、追うように墜落してきた貫通体。天高く山なりの軌道にて来るは、鉄柱じみた木目の矢。が連続する。


 出鱈目デタラメな衝撃と共に土煙が上がる。地面に打ち立てられる即席の。威力もさることならが、


 あの鴉頭には、弓矢の心得はなかったはずだが。


 悲嘆なげきとは、つまり弱者ひと。怨嗟の大海に溺れるばかりではない。


 いよいよもって面倒な事実が積み重なっていく。なるほど、こうしてみれば、あの鹿のいわく、なるものも鹿にならない。


 他所への被害と迷惑を省みなければ、実際とても有用だ。次があるなら、事前通告を怠るな鹿が。


「いったい! なにが!


 どうなってるのー!!」


 荷物の片割れ。男のの方が騒ぎ出す。


 実際、訳が分からないだろう。けして頭が悪いわけではない。だからこそ、この庇護者ディアドラとの関連を読み取り、なお混乱に拍車をかけている。


 少女の方も何か言いたげな雰囲気があったが、――口をつぐんでいる。


 賢明だ。。最低でも言葉は選べ。厳選が必要だ。


 次代つぎ


 わかるだろう。。業なのだと心得よ。


 と、あの馬鹿に勘づかれたら、命はないぞ。一度、命を救ったからとて、そんなことは関係ない。それこそ彼の者の決意と覚悟なのだから。


これを為したのは、あの処刑人だ』


 。ああ、億劫だ。とてもとても億劫だ。


宿痾やまい。平時は抑え込まれているが、いたずらに刺激すると、このとおり。


 森のあやしと化して暴走する、――大方どこぞの馬鹿が奴の心を乱したのだろう』


 “はずかし最愛の人たいせつなひと!!”


「あいつッ!!」


 少年ルグの声に明確な怒気と憎悪が宿る。


 この馬鹿げた復讐劇さわぎから生まれる憎悪ものは、すべて彼の者が引き受ける。それこそ彼の者の責務けついであり罪過かくごなれば。


 少女デヒテラは、黙して語らず、――と思ったが、懊悩と共に、口を動かそうとする気配があった。


 少女よ。


『案ずるな。。やらかした馬鹿にとっても、これは想定の内、対抗そなは用意されている。


 


 関係かたち


 言外ことば意味うら少女デヒテラが硬直する。


 気づいたか。わかるだろう。


 眷属おおかみの瞳に憐憫あわれみはない。それこそ、地獄を此処ここまでたどり着き、――に対する最大の侮辱なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る