第116話 弱者の抵抗/限られた選択(26)

 通常ならば、この結果はあり得ない。只の人が使用する投石器スリングによる飛礫つぶてでは、せいぜい程度だ。当たれば、獄卒とて少々の傷を負うかもしれないが、それだけだったはずだ。


 枝で編まれたからは、剛性にも靭性にも優れている。稼働になんら影響を及ぼすこともなかったうえ、すぐに修復されてしまっただろう。


 しかし、ここは、冬山やま。入った。外敵ならば凍てつかせ、生贄であれば捕食する。単純一途な法則ルールで運行される、ずっと閉ざされたままだった孤立停滞ひとりぼっち妖精郷アルカディア


 “人間わたしを食べて、生き延びて”


 口減らしの冬山にて、母体ははの願いを聞き届けた胎児こどもは、あらゆる理屈を越えて、人間を喰べ、生き延びる現象へと変貌した。


 ひとりの悪が訪れるまで、百年の永きに渡り、不壊を続け、――母娘おやこ定理やくそく


 この氷山を踏破するには、を超克する怨念のろいが必要となる。


 持たざる外敵ものは、凍りついて、地に撒かれる。それが、とある辺境においてと畏れられた妖精の定理やくそく決定ちかいだった。


 愚直に突き進むことしかできないなど通過する時点で既に


 だから、この凡庸な破壊ですら、最後の一押しとして通用してしまう。


 石礫つぶて弾雨あめすらも、なおも抜けてくる個体には、横列を形成した兵隊から無数の槍が突き出された。


 整然と並ぶ槍衾ファランクス、――集合したにみずから突っ込むような喜劇的な光景だ。


 重く、硬く、するどい鋼の穂先に、と裂かれ、と削られ、と砕かれる樹枝人形。


 手足も胴体も頭でさえも、すべてを失い、砕かれ、完全に稼働の余地を奪われながら、――なおも、みずからの躯体からだを苗床として、最期の悪あがきと噴出した細いつた


 兵隊の絞首を目論み疾走する執念つたは、けれど、けして責務ねがいに届くことはない。零秒未満で凍てつき、ぼろぼろと崩れ去る。


 いずれ土へと還り、また巡るの助けとなるだろう。


 されど、森から湧いて来る後続に継ぎ目はない。恐れを知らず、飽くことなく、状況の不利なども知ったことではないと、――まるで、どこかの誰かのように、無謀を執念ひとつで乗り越えんと押し寄せる人形たち。


 しかし、応じる傭兵たちに動揺はない。畏怖もなれば、躊躇もない。総体システムに組み込まれた個体パーツとして、所定の仕事タスクをこなしていく。


 隊のとなった者たちは、もとは戦に追い立てられ、生命おのれ以外のすべてを失ったで、――後から追加された者たちも、結局、似たような手合いが多い。もとから、


 その素性からして、彼らは、集団行動によく慣れていて、ままならない天候ものに耐えることを知っている。


 そして、秋に実りを得て、冬を越すためには、春夏に汗を流し、土に塗れる意義と価値を体得している。


 戦に向かう姿勢スタンスも同じだ。


 頭目ジョンによって、機能を果たす戦闘単位ユニットとして作り直される、――ほど繰り返しされる練兵の過程に耐えている。


 ここにあるのは、でありだ。


 敵性存在ひとごろし排除つみという役割のために配置され、組織され、構築された機能的構造体ストラクチャ


 ただ無闇と増え、集るだけの、自然発生な個のではない。

 

 全にして一なる連結体。一ではなく全の目的を志向するは、此処に確かな境界線ラインを敷く。


 淡々と、粛々と、そして轟然と。想定された事態に対し、想定された対処をただひたすらに実行する。


 王国せかいに漏れ出した、――もうふる神代じだい、王と円卓の騎士によって、踏破され、排斥され、復讐のろいを押し留め続ける。


 ここに示された事跡は、まぎれもないの所産。でしか術を見つけられなかった、たったひとりの抵抗がもたらした結果だ。


 狂気とは、伝染するものだ。


 きっと、この地は、たったひとりのに汚染されていた。

 

 傭兵おとこたちの中には、自覚している者もいる。みずからは、復讐劇おとぎばなしに感染したのだと。呪われた旅路に巻き込まれたのだと。


 詳細は知らないし、わからない。けれど、正常まともな思考能力があれば、それが極めて深刻な危険リスクであることくらいすぐに思い至るだろう。


 なにせ、この舞台に登場するのは、に、に、に、に、だ。しかも、自分たちがつくのは、騎士ではなく、


 きっと、命を失うくらいでは済まない。


 この舞台の閉幕、――とは、つまりそういうものだろう。

 

 ならば、なぜ悪党について行く?


 勘違いをしているのだろうか。圧倒的な怪物どもと道行きを共にするうち、みずからもまたになれるのだと。そんな子どもじみた空想にとらわれてしまったのだろうか。


 。そんな稚気とは、とうに縁を切っている。


 軍隊に必要とされるもの。勝利と金と女を与えてくれるから?


 。けれど、必要条件であって、充分条件ではない。


 つまり最も根本的なところとして、傭兵おとこたちが破滅ジョンについていく理由とは。


 ここで、――


 “手を貸せよ、負け犬ども”


 “お前たちの復讐におれが力を貸してやる”


 グレゴリが、トーマスが、アントンが、隊の中核を成すが聞いたの言葉。


 戦によって住処を焼かれ、土地を追われ、家族も、連れ合いも、、――すべてを失った難民に差し伸べられた、だった。


 言葉を聞いた誰もが疲れたように笑った。


 そして、――


 再起の理由は、怨念うらみではなかった。そんなものは、とうに燃え尽きていた。それは、稼働に足る理由ではなかったのだ。


 ならば、そこにの姿を見たのか。つき従うべき、偉大なるを見たのだろうか。馬鹿馬鹿しい。そんな、断じてあるわけないだろう。


 


 人間とは、群れを成す社会的動物であり、集団におけるに極めて鋭敏な感覚を有している。


 同類が果たして、自分より上位うえ下位したか。従うべきか、抗うべきか、理屈ではなく、感覚で見極め、数多ある選択肢からを選び取っていく。


 だから、少年の手を借りて、


 グレゴリたちは、自分たちこそが王国せかいだと思っていたけれど、――そこにいたのは、ちいさくて、傷だらけで、襤褸ぼろっちくて、泣き笑いのようなかおをした、ひとりぼっちの少年こども


 少年こども


 だから、きっと最適解だった。

 

 負け犬であっても、を選ぶ権利くらいあるはずだから。ほんとうに、つい魔が差したように。


 悪党こども罪過こと


 どうせすぐに終わるはずだったから。


 なのに、――その日から、ずっとの中にいるようだ。


 いいこともあった。わるいことの方が、まあ多かったかもしれない。


 驚いたのは、あの少年こどもが、本当に多くを成し遂げたこと。


 途中で脱落する者や、このを知らない者も増えたけれど、――いつしか一端の悪党クズになったは、確かに只の人には見合わない力を手にして、彼があらがう運命なにかのため着実に力を積み重ねている。


 此処に現出した怪異がそのなのだとしたら、傭兵かれらもまた積層されたが一として、威を振るうだけだ。


 傭兵かれらは、悪党ジョンの物語を知らない。語られない以上、知るはずもなく、天与の資格を持たない以上あばけるはずもない。


 知る必要はない。


 彼らは、はじまりに見た


 の、――中途半端で、くだらなくて、ひとつ所に定まらない、くてわるい、混ざって灰色なにものにも成れないをこそ信じたのだ。

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