第106話 弱者の抵抗/限られた選択(16)

 。連なる斬刃が敷く境界線ライン


 拮抗する生と死の背反。火勢をもって押し寄せる神秘の樹海は、――されど境界やいばを越えること能わず。触れるすべてが等しく分割の対象だ。


 変幻自在の骨刀。刀身は神経と直結されている。ゆえ接触した切断面からはという信号パルスが流れ込む。


 原初の命令コマンド増殖うめよ増大ふやせよ猖獗地平ちにみちよ攪乱かくらんされる。瑕疵エラーが混じる。限りない細胞の増殖に鎮静と停滞が発生する。果てに、枯朽を導き、崩壊をもたらす。


 不正信号ウイルス中身コード単純シンプルだ。


 理由は知らない、由来は問わない、条件なんてどうでも良い、――


 神秘を駆動する因果なげきが漂白される。安息の祈りは、強固にして頑迷。


 ひどい矛盾もあったもの。


 多くの殺戮つみを為した者が犠牲者いけにえの鎮魂を祈る。誠実であればあるほどに、極めて悪質な諧謔かいぎゃくだ。しかも、と来ている。


 されど、この祈りは、どこまでも。なによりも、彼自身がその矛盾に根源たましいを嘔吐し、行為てのひらの穢れに発狂しながら、寝ても覚めても繰り返し続けてきた。


 つまり、


 おそらく人が認識し得るをいくらか越えている。。彼の矛盾は歴史レコードを更新する悪辣だ。測定するなら、人の為し得る営為ではなく、星の地層を解析する単位を持ち出すのが相応しい。


 擬神かみを駆動する悲嘆なげきは、尽きず絶えない大海。しかしながら、攻勢の先端に乗るのは、その一滴に過ぎない。


 。荒れ狂う衝動を平衡へと均す。怨念を強制的に鎮静へと導く。


 。まるで暴徒の鎮圧だ。


 、犠牲者の末期さいごの意志を、原因の如何によらず、ことごとくゼロへと置換していく。


 


 疑う余地のない悪性自我あしきもの我意おのれ一念ひとつを貫き通す原初はじまり人間性けもの


 ゆえにこそ為し得たのだ。。神話の森庭に己が。死が確約された空間に


 しかして、この状況は、


 強固なは、その実、思考領域リソースから次の行動に移行する余地バッファすらも奪っていた。


 “


 なのに、いつの間にやら、――ジョンは、も終えていた。意識もしないうちに終えていた。


 根を張ったように固定された足が動く。


 自我は、自らの祈りに漂白されている。だから、いま彼を動かすのは、彼自身も意識しない、深層に埋葬された衝動ねがいだ。


 人喰いアニスかなえるものが聞き届ける願いに。ただ、望み欲する者に相応しい結果ちからを与える。


 これは明確な反則だ。、――このは、王国において、騎士にのみ許された奇跡なれば。


 ジョンの歩みは遅い。けれど、何よりも重く、あくまでも果断だった。


 歩みに連動し、樹海を拓くが前進する。切創が通過するわだちが道を成す。


 舞い踊る刃は軽やかだ。は、担い手が措定した領域を思うままに。人骨という不似合いに宿ろうと本質は、いささかも損なわれない。


 賢い犬は、飼い主の願いをそれと察知するもの。隠し事はできない。祈りに占有され、五感を閉ざした担い手ジョンを導いていく。


 たどり着き、――視覚がを認識した瞬間、


 不純ノイズ


 途端、怒涛の攻勢が押し寄せる。猛烈な圧力が境界を侵し始める。ぎりぎりと握り潰すように、剣理結界やいばのことわりを圧縮していく。


 二心うわきは禁物だ。


 全身全霊すべてを懸けたからこそ、犠牲者いえにえは膝を折り、擬神かみもまた無価値な感傷に付き合っているのに。


 


 ジョンは、その危機を認識しない。


 今の彼は、極端に思考が制限されている。必要と不要をまともに弁別する機能さえ停止していた。


 ジョンが目にしたのは、――気を失い、地に寝かされたままの少年ルグ。傷ひとつない。


 狂乱する神話の森。原罪いのちの生存を許さないこの絶滅空間において、――しかし、最優先の標的となったのは、ジョンであり、次点であえて敵対を選択したデヒテラだった。


 多くを語る必要はない。


 は、確かに示された。


 すべてを棄てて、みずからが最も嫌悪する悪性ものになろうとした、過去いつかの少年は、――確かに


 現在いまを生きる少年いのちを救ったのだ。


 つまらない感傷だ。


 予測し、実行し、想定したとおりの結果が出ただけ。としての価値はあれど、けしてそれ以上足り得ない。確認すべき点検項目をひとつ潰しただけ。


 なのに、――ああ、大事な義姉ねえさんの窮地に寝ていられるなんて、ずいぶんと良いご身分だな。


 漏れたのは、めいた八つ当たり。諧謔ユーモアは、重要だ。どんな閉塞した状況でも、これだけが思考に稼働の余地すきまを与えてくれる。


 肩甲骨から生えた怪物サブ骨腕アームが稼働。内心とは裏腹だ。わりと丁寧な。すくい上げて、握りしめる。


 いつか訪れる破綻。帳尻合わせの精算ばつに期待して、見ない振り、聞かない振り、――知らない振りで、量産した罪過つみ


 中には、こんな姉弟かたち、いくらでもあっただろう。


 本当に不思議だ。どうして閉ざされた思考リソースにこんな異物こどもが混じっている。


 “むすめを。あのこは、かならず


 “あなたにから”


 失敗の原因は、あのははおやだ。


 賊の住み着いた廃城。地下牢での邂逅であい。死に至るまでの時間は、わずかだった。


 あの女は何を見た? 何に気づいた? ぼくの外装に瑕疵ミスはなかった。完全性を保っていたはずだ。なのに、いったい何に勘付いた?


 理不尽おかしいだろう。どう考えても、そのに至る要素なんて見出せないのに。


 くだらない興味だ。


 あの女の娘なら何かの役に立つかも、なんて考えたのが馬鹿だった。ものの見事に罠にまったわけだ。


 だから、――とうに見飽きた、つまらなくて、ありきたりな絶望に焦点フォーカスが合ってしまった。、いつもどおり通り過ぎることができたのに。


 賊に襲われ滅びゆく村、在ったのは、――復讐を祝祭と熱狂する弱者むらびと、罪過の精算に叫喚する生贄とがびと。そして、けして敵わない強大ちからを前に末端こどもを切り捨て、総体の存続を図る小賢しいだけの無能おとなだ。

 

 どうということはない。


 あの村で行われたことは、ぼく。だから、ぼくの選択に何一つ間違いはない。あの村の人々こそぼくの正しさを証明する。そうとも、ぼく。聞けば必ず理解してくれるだろう。


 どうやっても■■■かった復讐の女神に平伏し、生贄を捧げることでしか、人類鏖殺みなごろしの破滅を回避できなかった、弱くて、つまらなくて、くだらないぼくを。


 そうだ、。わかるだろう。それしかないだろう。それこそ弱者の生存を許す唯一のだ。このこそが、弱者たる我らの未来を約束する。たとえ、未来そこが何の価値もない地平だったとして、つづきを望むことの何が悪い。


 。あのとき、あの場所で、ぼくも彼らも。戒律ルールによって形成された合意の下に行動していた。


 。君たちだけが、弱者の戒律ルールを否定した。


 犠牲の運命を悲嘆なげきではなく、慈悲ゆるしでもって受け入れる少女ものよ。


 少女あねの犠牲を諦観あきらめではなく、反逆あらがいでもって拒み続ける少年ものよ。


 ぼくは、君たちが餓鬼ガキ


 なら、――未来さき


 君たちに凡庸な結末など認めない。いまだ少年少女ものたちよ。


 。かつて、あの兄弟クズがそうしたように、英雄きみたちの旅路に能う限りの祝福のろいあれ。


 我は、悪徳の総軍レギオン。王国から排除されたにして、であり、神話否定がために


 弱者みんなによって望まれた、


 簡単なことだろう。


 未来さき


 きっと末路さいごまで呪い続ける。

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