第105話 弱者の抵抗/限られた選択(15)

 を中断する。


 


 自らの行動がジョンには、信じられない。あってはならない違背だった。


 こんな中途半端では、悪性みずからの生贄としての有効性、――災厄わざわいの誘因性も鎮静効果も十分に測定することができないのに。


 かん


 そして、この行動は、悪性たる自己に


 悪とは、あらゆるを省みず、己が欲望ねがいを貫き通す自我エゴなれば。


 法理おうも、摂理かみも、人倫ひとも関係ない。犠牲となる共同体みんななんて、どうでも良い。


 


 最中に起こる外界との。自他の願いに内在する。其の、他なる願いを踏みにじり、を超える衝動をこそと呼びならわし、――超えるため、人間けもの悪心ちえを口にした。


 兄弟クズが/兄弟イヌが。


 ゆえに、矛盾つみを超えて――責務ねがいを始める。


 この瞬間においてのみ、咎人ジョンは、あらゆる縛鎖から解放される。


 埋め込んだ、人喰いアニスかなえるものを駆動した。 


 願い命じるは、原点復帰リスタート原型オリジンたる死解回帰には、とうてい届かない。なんて不出来な贋金フェイクだろう。けれど、――只の人には充分過ぎるだ。


 がれた腕、断面が赤く沸騰し泡立つ。


 新たに伸びるもの。まず、骨が形成され突出する。血を飛沫しぶかせながら、剥き出しの神経が紡がれ、肉が絡み付くように組成されていく。


 王国せかいだます詐欺行為。疑似的な時間じかん遡行そこうに生じる痛苦は発狂に値した。どうでも良い。正気など、とうの昔に捨てている。


 人喰いアニスかなえるものの真価を引き出す危険性リスク。知ったことか。自我をに漂白される程度だ。自己の継続など罪過かくご責務ちかいのふたつがあれば事足りる。自我同一性アイデンティティなどいぬにでも喰わせてしまえ。


 擬神かみの胎内である此の樹海において、――眷属つかいたる彼に、


 だから、根源的自己たましいの損壊さえ無視できるなら、多少のは通るし、も曲がる。


 つけ加えるなら、彼は、烙印を負う者。ゆえに、王国せかいからのも些少ならば、が期待できる。


 原点復帰の不条理が、皮膚を形成し、肉を覆うころには、――復旧された人間ひとの掌は、つかんでいる。


 迫り来る樹海せかい眷属の翻意やるきを鋭敏に察知。地を、流動する大樹へびの群れが押し寄せる。


 形成されるは、包囲と飽和の十重とえ二十重はたえ。全方位のすきを埋める稠密ちゅうみつ構造。


 し潰し、き潰して、り潰す、純粋なる物量。さながら、植生みどり大海嘯おおつなみだ。


 多少、構わない。苦痛いたみ悲嘆なげきを感じる機能さえ残されているなら、眷属いけにえの価値は永遠だ。


 激震する擬神を、――ジョンの単眼が見据える。


 武装形成かたちをさだめる領域措定やいばをのばす迎撃開始ひていをはじめる


 稼働したジョンの


 直線ラインが走る。曲線カーブが躍る。幾何学模様ジオメトリィが乱舞する。さながら、画布画台キャンバスに描かれた色彩いのち短刀ナイフを入れるよう。


 蠕動ぜんどうし、覆い被さる擬神の内部構造はらわた、――地形環境フィールド


 担い手が意志した。措定されたに侵入するが寸断される。


 間合いも、軌道も、鋭さも。背中から生やした異形の腕など比較にもならない。


 当然だろう。彼は、みずからの弱さを超克するため、を振り続けた求道者だ。


 の扱いをこそよく心得ていて、――怪物そのままの器官うでなんて、急場を即興の手妻てづまでしかない。


 迎撃はじまりの直前、――デヒテラは見た。


 ジョンの傷跡で埋め尽くされた両手。握られていたのは、かろうじて、――しかし、確かに“剣”という範疇カテゴリに属した二振りの骨刀やいば


 反り返る片刃。刀身は短い。まるで、、鋭く痛ましい造形かたち


 なのに、まるでだ。熱情ねがいに導かれるまま、溶けるがごとく。あっという間に固体のかおを忘却する。


 したたっては、――元の形状など、はるかに超えて延伸。帯のようにひるがえる。直線ライン曲線カーブから成る切創を描く。


 刻々こくこくと、冴々さえざえと、なめらかに。


 連なり続いて、豊穣みどり分割わかつ。のみならず切創きずを負った有機体いのちが、――


 尋常な武装ではなかった。


 材質も、形状も、物性も。どれひとつとして正常まともと言える要素がない。


 まがしい畸形きけい。営々と剣を研鑽けんさんしてきた者にとってこそ唾棄だきすべき呪物だ。


 けれど、には、何の問題もない。


 担い手ジョンにとり、、すべては自らの手に馴染む凶器やいば


 重要なのは、ただ一つ。鋳型かたちジョンが


 それさえ満たせば、自動的に、――あの日を、あの刹那を、感触こうかい


 何度でも、何度でも、何度だってッ!!


 消えず、離れず、へばりついている。


 残響きみたち


 凡人たる彼が、によって辿り着いた極地。御霊いのちの痛み無き安息おわりを対価につかんだ剣理ことわり天嶮いただきの果てを目指しながら、奈落くらがりへと墜落した、至高にして最低の絶刀。


 どうか、安らかに。安らかに、――


 安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに。安らかに安らかに安らかに安らかに


 思考領域リソースは、単一に漂白されている。


 これこそ


 自我エゴ抹殺ころして、一念ひとつを願う強迫狂騒スタンピード


 なればこそ人喰いアニスかなえるものが骨刀は、限界を越えて駆動した。


 そのには、神話否定かみごろしのため重ね続けたがあり/そのには、生贄なげき安息おわりを祈り続けた矛盾つみがある。


 だから、人間と怪物の交雑から生まれたこの流動ながれる斬刃やいばは、――を糧とする復讐のにとり、二重ふたえに重なるだった。


 。長い旅路。かれが意志し、延々と積み重ねた営為から導かれる予測可能な展開みらいに過ぎない。


 けれど、根源もとを辿れば、――あるのは狂気くるいすら超越する凶念おもい。つまるところ、クソの役に立たない塵芥ごみだ。無間の奈落くらがりで堆積し続けるだけの無価値くだらなさだ。


 もし仮に、感情おもい一つで願いが叶うなら、とうの昔、世は願いの飽和により、愉快な最期おわりを迎えていることだろう。


 無価値な塵芥おもいが、ふたつと無い意義やいばを形成した矛盾。、此に至るまで積み重ねられた足跡を


 たとえば、――かつての、どこか。


 とある口伝に曰く、呪われた地。帰らずの山。口減らしの廃棄孔にして、――


 ただ一人、挑んだ。


 相対したのは、理解を隔絶した現象にして生命。母体ははの願いを叶えんがため、怪物となったかえらじの揺籃たまご可能性かなえるものいたを刻んで、従えた。


 苦難の旅路、そんな物語もあったのだ。


 誰もみんなが知らない/擬神わたし


 だから、この切創やいばに重なる意義いのりは、きっと二重ふたえに止まらない。


 ゆえに、ここにあらわされたのは、苦難つみ意義いのりで鍛造された、――特定個体あなたひとりに標的を絞った三種混合の否定呪詛トリプル・トキシン


 なればこそ、激甚のとなって、神話の攻勢を押し止める。


 不実であり、不義だった。


 矛盾であり、背反だった。


 けして、ゆるされざる違背だろう。眷属かれのために越えてきた苦難を、――擬神かみ自らが認めているなんて。

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