第097話 弱者の抵抗/限られた選択(7)

 宣言は、罪の自白であり、信仰の告白。


 曰く、個体わたくしがいままで積み上げて、これからも打ち立ててゆくものは、――どこかの異常だれかの模倣であり、名も無い群体あなたの示した悪意なのです。


 そして、行為の主体は、個体わたくしには存しません。共同体みんなという総体、曖昧あいまい模糊もことした蜃気楼あなたたちにこそあるのです。


 公約数あなたたちは、嫌悪わるいという概念ものの具象を請い願われた。打ち据え、挫き、損なったとて、その行為一切を、恥じず、悔いず、惑う必要のない敵性個体わたくしを。


 ならば、被害者わたくしは、器として加害者みんなの示した意志あくに導かれるまま、嫌悪ねがいに相応しく振る舞いましょう。


 それこそが、わたくしに残された、――


「ふざけるな!!」


 いまは、叫ぶべきではない。理解しながら、傍聴人たる少年ルグは、の一人として叫んでいた。


「あんたは、笑ってやっただろう!


 姉ちゃんに人を殺させようとしたときも!


 アニスとかいうをけしかけたときも!


 大勢の兵隊で取り囲んで酷い目に遭わせようとしたときも!


 差し出せるものがない村のを脅していたときだって!!」


 すべては、悪性だれか不出来な複写バッド・コピィ皆々様みんなが心置きなく不明なにかを願ったものだから、叶えているだけ。


 被害妄想も甚だしいだ。そんな馬鹿げた動機に巻き込まれた被害者みんなは、苦痛いたみを、恐怖おそれを、悲嘆なげきをいったいどう処理すればいいというのか。


「いい加減にしろよ! お前!」


 ジョンが何を言っているのか、ルグは、理解しない。まったく、これっぽっちも。理解なんて、してやらない。


 となった原初はじまり罪過いたみも。過去かつて行き会った奇跡のろいも。結末はてに与えられた責務やくそくでさえも。


 ジョンがディアドラをと呼んだ所以だって、――加害者かれの背景も、過程も、目的も。たったひとつだって、聞いてやらないし、理解なんて、してやらない。


 知ったことではないし、関係ない。すべては、罪を犯したものの語る妄言。他者みんなに理解や同情、優しさを求めるのならば、はじめから


 。ぐるぐると巡って、


 だから、理解はできない。代わりにわかったことは、一つだけ。


 烙印の獣は、自らが属した小さな共同体コミュニティから受けた苦痛いたみを、恐怖おそれを、悲嘆なげきを、拡大解釈して、王国すべてへの返報しかえしをはじめている。


 実態かたちのないという言葉を弄んで、、標的を王国せかいすべてにえているのだ。


 それでいながら、そんな大それたことをしていながら、――罪過せきにんの所在でさえも、という総体になすけている。


 なんておぞましい虚偽虚飾いつわり。こんな悪意瑕疵まちがい王国せかいに在ることを許されている。その事実が子どもには、信じられない。


「そうだ、ルグ。君は、ただしい。君には、ぼくを非難する権利がある。


 あの村で、だれもみんなが諦める中、たったひとり、お義姉さんデヒテラを守るため、悪にあらがった。


 。集団に押し流されることのない、一個の意志を持つ気高い孤立ひとりだ。


 だれもみんなが無謀と非難し、だれもみんなが憧れる、その矛盾。


 


 君が示した背反こそ、騎士たたかうもの深層しんじつ原初はじまり体現すがたであり、未来おわりまで続けていく意義だ」


 少年の非難に、獣は穏やかに応える。微笑んでさえいた。次いで、言葉もなく青ざめている少女にも柔らかな眼差しを向ける。


「デヒテラ、君もまた同様に。愚かにも犠牲を拒んだあの村において、たった一人だけの犠牲となることを甘受した。


 さらには、自らのと引き換えにしてすら、何の価値もなく、あだへの殺意を否定した。


 君は、集団に同化する無貌だれかではない。みずから孤立ひとりを選ぶ犠牲いけにえだ。


 恐怖おそれを抱きながらも、排斥ひとり自壊おわりを受け入れる寛恕ゆるし慈悲いつくしみ


 そのただしさ、いったい誰が否定できる」


 言葉を尽くして、言葉を重ねる。価値をたたえて、意義を言祝ことほぐ。それでいて、……理解など一切求めていない。


 これは、一方通行の宣言だ。、それすなわち。


「君たちは可能性だ。。どうか変わることなく、ぼくが、


 あくまでも少年少女ふたりとしてしか見ていない。身勝手な物言いにルグの全身の血が沸騰する。


 さらに言い募ろうとしたとき、……つないだ手が強く握られる。


 ルグは、ディアドラを見上げる。ディアドラは、相変わらず


 けれど、揺らぐ黒衣、たおやかな背が告げていた。


 少年の怒りを正しいと認めてなお、いまこのときは、……


 ディアドラが、再び、ぽつりと口を開く。背を向けたまま、彼方かなたで閉ざされた孤立ひとりぼっちを投げかける。


「あなたは、いつもそう。


 


 ディアドラの指摘あきらめ、ジョンが、きょとんと眼をしばたたかせる。


「手を差し伸べる。手をつなぐ。


 ただ、それだけの行為ありきたりが、あなたにとって特別だった。


 だから、ただ、という一事をもって、――この期に及んで、


 だから魔女は、示す。。なんて、あっけない。たったそれだけの何気なさで、ジョンの信じた奇跡かすがい、子らとのつながりを証すものが断たれる。


 からすの被り物。父から受け継いだ処刑人ひと外皮がわを剥ぐ。


 死に損なってより手にした処刑なりわい、精神を凪へと固定する常軌を逸した量オーバ・ドーズの麻酔剤、……そして、罪人いけにえ


 魔女の戒律いましめ/獣の罪過つとめ

 

 言葉を交わすことのないが暗黙のうちに続けてきた


 罪と罰の円環いとなみに覆い隠され、鎮められていた、ふるい秘蹟。宿痾やまい


 仮初めに保たれていた処刑人ひと偽装いつわりにとって、本当は、わずかな感情発火だって許されないのに。火種に加えて、煮えた油まで注いだ馬鹿がいたから。


「もう対話ことばはいらない。それがあなたに不義うそ不実いつわりしか許さないのなら。


 初めから、こうしていれば良かったんだ。私には、


 


 冴え冴えとした美貌。傾城けいせいの美姫。敬愛をもってひざまずいた憧憬あこがれ。そして、―—義姉あねと慕ったひと。


 、―—真紅いろどり


 罪過つみけものかた虚像うつろへ、――


「――


 かつて、の下に集いし、数多の戦士つるぎ筆頭ひとふり、――字名あざなされた、最後に残った忠臣ただひとり


 もはや誰一人知ることのない、にして、誠に大儀でした。ゆえ、―—恐怖おそれ


 いまひとたび。この災厄わたしの前で、、――


 騎士と交わした誓約やくそくに懸けて。地に打ち棄てた、みずからの矜持ほこりに懸けて。


 責務つとめ! 我と彼われら!」


 これより、はじまるは、


 あり得ざる/あってはならない。


 その未来つづき

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