第096話 弱者の抵抗/限られた選択(6)

悪性おれは、外装そとがわだけ。ぼくという個体ひとりには、そも何の意義も価値もない。才も無ければ、能も無い。


 貴女が知るとおり、肝心なときにこそ何の役に立たなかった、


 。貴女が真に憎んでくれるようにと、一生懸命、悪性あいつ、結果として、ただの小悪党、―—不出来なに成り下がっている。


 けれど、ディアドラねえさん


 こんなぼくだけど、まちがいを繰り返す中、ようやく気付くことができたんだ。


 ぼく共同体みんなぼく個体ひとり。知っているでしょう?


 


 獣の烙印。。強者の強者たるをこそ尊ぶ王国せかいに対する特別背任うらぎり。もはやものに刻まれる証。


 幼年期こどものころ


 烙印を負った彼は、共同体より、多くの恵み悪意を得た。恵み悪意は、幾重にも積層された。


 粛々と。営々と。延々と。


 彼は、善なる恵み悪意により、―—


 この停滞した王国せかいにおいて、絶対たる王が保証し、共同体せかいの成員もまた肯定する正しき義、――こそ、彼にと望まれた姿かたち


 彼は、その鋳型すがたを知っている。誰よりも深淵に。誰よりも広範に。彼方にある、彼岸のこたえを知っている。


 彼は、みずからが受けた仕打ちを一つ残らず記録しているから。眼球に突き刺さる色鮮やかで。心臓しんに迫る躍動をもって。寸分たがわぬ複製画コピィとして。苦痛いたみを、恐怖おそれを、悲嘆なげきを永遠に固定している。


 共同体の定める法律ぜんあくなど不要いらない。このしんしんで学習し続けた憎悪こたえから導かれる行動規範ルールこそ、真なるまちがいを定義する。


 すなわち、


 他者の持ち得る意義そんげんの一切を剥奪し、勝ち得る価値たいせつのすべてを焼却して、何一つ、恥じず、悔いず、惑わない。我意我執ただしさを極めたどもの在り方を。


 貴方たち、みんなが示したただしい行為。


 幼年こども個体ひとりに集積され、醸成され、普遍化した悪意/憎悪こそ、かつての少年かれが否定し、いまの青年かれが肯定する唯一無二のだ。


ぼくは、器だ。みなが望んだ嫌悪まちがいに相応しい罪過を為す。


 ぼくは、獣だ。ぼくが願った憎悪ただしさに相応しい復讐を為す。


 この双極ふたつは真に別ち難く結びついている。このは、双方の合意に基づいている。このをもって、ぼくひとりでは、けして届かなった責務やくそくに、総軍みんな願いちからで手をかける。


 

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