第093話 弱者の抵抗/限られた選択(3)

「だ、旦那様」「――」


 デヒテラが声を震わせ、ルグが唇を引き結ぶ。ディアドラは無反応、――が、わずかに身を硬くしたようにも見えた。


 あきらかに歓迎されていない雰囲気。しかし、めげることなく、愛想の良い笑顔をジョンが、そこにいた。


「まあまあ、そんなこと言わずに、ほら、見てみろよ」


 ジョンがしめした先は、兵隊と巨人が築いた砦の門。都市に入る者たちに比べれば、もちろんずいぶんと少ないが、……それでも商いの品々をたずさえた人々が飲み込まれていく。


「はじめは、なかなか寄り付いてくれなかったんだが、そこらの傭兵どもと違って俺の兵隊は


 きちんと取引ができると分かれば、普段から付き合いのある酒保のやつら以外でも、ああやって物の売り買いにきてもらえる。


 都市の周辺地域を定期的に巡視して、ことでだけじゃない。


 そうやって稼いだ金をつかって、ここいらで買い物をすることで、この周辺一帯にも利益を還元しているわけだ。


 ほら、も安心して暮らせるし、お金もモノも回る。必要ない、だなんてとんでもない。


 いま、この地において、おれたちほど必要とされる人間は、他にはいない!」


 ジョンは、営々と築き上げられた、みずからのちからを見ながら、実に調子よく口をすべらせる。


 が、しかし、――ディアドラが少年少女と手をつなぎ、静かにその場から離れはじめていたのに気づき、……そそくさとあとを追った。


「いやー、そんなに冷たくしなくてもいいだろー。


 今日は、きちんと用があって来たんだ。めずしく都市の呼び出しがあったんだ。


 せっかくだから、使たちも連れていって、都市の中を見せてやろうと思ってさ。こうして、声をかけにきたんだよ」


「――」


 ぴたり、ディアドラの歩みが止まる。あわせて、デヒテラとルグの歩みも止まる。


 処刑人は、振り向かない。しかし、あきらかにジョンの提案になんらかの関心を抱いた証左だった。子どもたちは、からすの頭を恐る恐る見上げている。


「お前たちも見てみたいんじゃないか? 都市の中」


 ジョンが、ルグとデヒテラにまで、気軽に水を向けてくる。少年少女は、ぎくりと身を強張らせた。


 振り向きたくないけれど、―—処刑人と手をつないだまま、傷跡の目立つ青年に振り向いた。


 ついこの間、処刑人の仕事を手伝わせるという名目で、ただの度胸試しのを強要しようとし、拒否すれば、“人喰い”の怪物をけしかけ、……終いには、あまたの屈強な兵を集めて、にしようとしたはずなのに。


 まるでそんなこと、、ジョンは気安い。いったい、かれの中で、先の出来事は、どのように処理されているのだろう。


 もちろん、……都市の中は、とてもとても気になっている。見てみたい。。そんな思いは、当然だ。


 しかし、提案してきたのは、このジョンという人間ひと外装がわを取りつくろった悪性けものだ。


 かつて、垣間かいま見た悪意。


 その意味不明ろくでもなさ病理衝動おぞましさ


 知ってしまった以上、まさか気軽に肯定できるはずもない。


 顔を強張らせたデヒテラが、それでも、おずおずと口を開く。


「せっかくのお申し出ですけれど、でご迷惑をおかけしてもいけませんので」


 少女の大人びた物言い。ジョンが、おどけたように口笛を吹いた。


「すごいなぁ、どこで覚えてきたんだ。そんな言葉。


 大人が使ってたの聞いてたのか? 別に市内を歩くのに行儀作法なんていらないぞ。


 お偉方に会うときも、基本黙っとけば、別にどうってことはない。静かにするくらいはできるだろう?


 ここのお偉方は、


 すこしくらいなら、きつめのでも、笑って許してくれるさ。気を遣う必要なんてない」


 なにか面白いことでも思い出したのか、ジョンは少し肩を震わせている。


 それにしても、のある者に面会するのに、気遣いはいらない、なんて。


 デヒテラは、故郷でジョンにひたすら村長おとなのことを思い出し、心がしずむ。


 そびえる巨大な壁上構造物を見た。こんな大きな共同体ですらも、この青年が備えた恐怖ちからの前では、おびえる他ないのだろうか。


「べつにそう悪い話でもないだろう?


 ディアドラ、お前が、この子どもを小間使いとして使うなら、都市の中について見知ってもらっていた方が良い。


 最近は、処刑しごと


 それに、俺たちと一緒にいるところを見てもらっていれば、鹿にちょっかいをかけられる可能性も減る。


 お偉方に顔を覚えてもらっていれば、これも何かの役に立つかもしれない」


 軽々しい物言いには、うさん臭さがぬぐえないものの、一定の理はあった。


 しかし、ディアドラを翻意ほんいさせるまでには至らないのか、いまだ彼女は黙したまま。


「……ああ、そうか! ディアドラ、お前が心配することもわかるよ。


 つまり、おれが道中でをつけて、その子どもたちを殴るだの、蹴るだの、あるいは、もっと企みごとで泣かせるとか、そんなこと思ってるんだろう?


  安心してくれ。そんなつもりはない。


 というなら、誓うし、それでも疑わしいんなら、――


 つまるところ、そこが目的なのか。うまく丸め込めるとでも思ったのか、ふふん、と得意げだった。


 逢瀬デートの誘い方としては、最低最悪どころではなかったが、……だからこそ、ジョンがディアドラに求める関係性、はたしてかたち


 疑義を差し挟むと言えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る