第090話 救済悪夢/跪くもの(2)

 元より、大した統制の取れていない人間けだものの群れ。ひと殺しがすこし得意なだけの力自慢ども。


 怪物たちの超越ちからを前に、あっという間に先陣は、した。


 そして、すこし遅れていた本陣も。


 地響きと共にやってくる巨人に。風と炎を巻いて駆ける黒狼に。凍える停滞をまとった人喰いなにかに。


 遭遇/接敵された瞬間、一方的な殺戮に崩壊していく。


 やつらは、ただの人間けだものだ。勝てない相手かいぶつに勇気や使命で挑む英雄せんしなんかじゃない。


 位階を違えた暴力ちからを前にして、戦う意義を見出す者など一人もいない。まるで、災禍に見舞われた難民/弱者だ。


 恐慌と本能に導かれるまま、蜘蛛くもの子みたいに惑乱してわらわら離散してばらばら、逃げ始める。


 その有象無象ですらも。


 次々に始末/されていく。


 怪物の派手な殺戮演出パフォーマンスに気を取られる内、いつの間にかを終えていた軍勢もの


 真に統率された屈強にして野蛮。あまたの兵士ひとごろしどもが形成する網に。


 あっけない。


 これが、都市を脅かしていた、たちの末路おわり


 暴力が、より強い暴力によって払われる、弱肉強食の結末だった。


 …。

 ……。

 ………。


 ―—ちがう


 


 のは、きっと選び抜かれた無法者つみけがれ。やらかしてきたことの清算、ここより始まる。


 が司る、めくるめく凄愴にして、粛然の儀。


 という名の恐怖劇かいぶつが、くちを開ける。


 都市を囲む防壁の外、高く高く、打ち立てられていくもの。樹立/林立していく、先が尖った


 先端には、にされた屍骸しがい。ていねいに、下の穴おしりから入って、上の穴くちから抜けている。


 過剰嗜虐オーバードーズ陳列物オブジェクト。次から次へと生えていく。十や二十ではきかない。まるで群生する速贄はやにえだ。


 この狂気にして凶気の産物。数えることなんて、無理だったけど、―—きっと百を超えていた。


 死臭を嗅ぎつけたからすたち。美味しそうに陳列されたをついばんでいく。祝祭に捧げられた供物を拝領する。


 黒い羽が舞い散る。とむらうように/あざけるように。鳥葬に伏されていく、つみけがれ。


 わたしたちが見たのは、


 けれど、悲鳴が、聞こえていた。のもたらす音律しらべが。生命を万力で振り絞り、やすりで削り尽くしていくような絶叫が。


 まだ生きたいと/はやく死にたいと。


 だから、これは、きっと生きたまま行われた。生きた人間に、狂人いかれが存在する。


 そんな現実、受け入れられない/受け入れるしかない。


 目にしたとき、わたしは、吐いた。お腹の中にあったものを、臓腑はらわたまで、みんなみんな吐き出すようにして。


 気持ち悪くて/笑っていた。


 ざまあみろ、ざまあみろ。それがお前たちのの帳尻合わせだ、けだものども。


 爽快感など皆無。み、ただれ、れ上がったような熱狂があるだけ。


 笑っていなければ、とても正気など保てない。笑っている以上、きっと正気ではあり得ない。


 たぶん、都市にいる同胞みんなも程度差はあれ、似たような気分だろう。


 この惨劇。道理から外れた暴力ちから嗜虐けがれ


 抗うなど、とうてい思いも寄らない。わたしを含めた“風の寄る辺”という共同体みんなは、この瞬間に心が折れた。


 妨げるものもなく、―—妨げるなんて、どうしてできる―—都市の大門を通って現れた悪しきもの。意外にも小柄な優男だった。


 しかし、仔細に見れば、恐怖に相応しい、傷跡ばかりが目立つ凄惨いたみ。沈殿する影のような、たった一つの黒い眼球。合わせたかのような、黒い髪、黒い装束。


 ただのいかれたのくせに、まるでを飾って、凱旋がいせんする騎士みたい。いかにも作ったような、不義と不実をたたえた微笑みを浮かべている。


 このとき、わたしは、どうすればよかったのだろうか。いや、正確を期すならば、―—は、いったいどうすればよかったのだろうか。


 さかのぼれば、この地を取り囲む御山を越えて、喰い散らかすだけの傭兵けだものが群れをなしてやってきたとき。いやもっともっと前。


 お父さまが、言っていたじゃない。


 


 かつて、この地を統べた“恵み深き”御方が我らに“他者を害する爪牙はいらぬ”、と厚く守護された時代とき


 享受するばかりで、って立つ自らの手足ちからを失った


 お父さま。お父さまは、やはりいつだって正しい。


 騎士が支配する世にあって、禍つちから世界みんなをむしばむ悪性腫瘍つみけがれ


 けだものたちのように、


 病巣のろい兆候きざし。皮膚の下、じくじくと熱をもった患部はめつに触れる心地どきどきがした。


 きっと、もっとを企んでいる。


 なのに、自らを守る価値すべ意義いしもろくに持たない愚か者、―—大半の市民は、この暴力ちから嗜虐けがれの前に帰依し、ひざまずいた。


 一方で、……さかしい者もいた。都市の運営を司る参事会の連中。


 こいつらは、お父さまを除いて、。あざやかに、ひそやかに。


 だれにも気付かれることなく、煙のように消えて逃亡どろん


 抗う手足はなくとも、逃げる手足は、なかなかのものを備えていたらしい。恥も外聞もへったくれもない。


 ついでに、同胞みんなをあっさり見捨てた面の皮の厚さも、大したものと褒めてあげる。


 あの古狸と若狐ども。


 わたしは、メイブ。


 年老い、病を得て床に伏した参事会長おとうさまの名代として、仮初めに都市“風の寄る辺”の命運を預かる、ただの


 そして、けがれた獣にひざまずく他なかった、ただの弱者がひとり。

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