第089話 救済悪夢/跪くもの(1)

 夢を見ていた。


 わるいユメ/あかいウツツ


 やましい幻覚おぼろすがしい実存たしか


 たくさん、人が死んでいく。たくさん、たくさん、ついえていく。


 人の死に。


 恐怖し、焦燥している/喝采し、歓呼している。


 みにくい感情のるつぼにして、博覧会。


 人格わたし外殻からをゆさぶり、突きやぶろうとする、とびきり熱くて冷たい衝動。


 お父さまに、多くの人々に手を引かれ、授けられ、育んだ倫理わたし。踏み潰しては、打ち捨てていく苛烈な


 生命けだものの原初。生と死。獲得と喪失。強者と弱者。


 単純で揺るがない二者択一の法理ことわりがもたらす色彩いろ躍動おと


 わたしの人格なかみを、まっ黒/まっ赤にぬりつぶしていくようで。


 恐ろしい/昂っている。


 われらが故郷、“風の寄る辺”にたかる総勢三千近い破落者ならずもの


 くさくて、きたない。うるさくて、おおきい。しつけのなってない、凶器を帯びた数多の傭兵けだものども。


 この地を治める領主、のウィリアムが、領地安堵に極めて無関心だなんて、、やってきた


 さんざんに都市や周辺村落をおどしては、金品を恐喝し、調子に乗っていた輩ども。


 けれど、盟友たる都市“精錬渓谷”に迫り、友達リネットを喰い散らかしたものよりは、いくぶんましだったかもしれない。


 どこまでのなら許されるか、やり過ぎれば、さすがに領主たる騎士が動き出すかも知れない、そんなふうに考える程度の慎重さはあったようだ。


 わたしに対してまで、俺の女にしてやろうかなんて、ほざいていたけれど、―—それを実行に移すまでには至らなかった。


 そうなる前に、けだものどもは。


 


 おわりを、たまわった。


 訪れた、爪牙ちからによって。


 の先触れは、せいぜい、百かそこらの小さな集団だったのに。


 、つねに暴力のはけ口をさがしていた傭兵けだものども、嬉々として、楽しそうに三千みんなで出陣した。


 血に飢えた連中、まるでお祭りに出かける子どもみたいで気持ち悪い。


 まずは、ひときわ我慢の効かない、せっかち。柄の悪いの中から選び抜かれた、急先鋒。群れから、我も我もと突出しては駆けていく。


 祝祭の活況わくわく喧噪ざわざわの中、お小遣いを握りしめ、屋台でお菓子をもとめるように。


 口に入れて、噛み砕いて、美味しいと笑うように。むさぼり、喰い散らかすよろこびにあふれながら。


 をなぶりに襲い掛かって。


 なのに、――


 そう、だ。おとぎばなしに出てくる。“騎士”が対峙する怪物あれだ。


 小勢の中から、ほんとうに忽然こつぜんと湧いて出た。都市をぐるりと囲う防壁をも越える、そんな巨大。


 巨人は、破城槌みたいな大きな丸太を携えていた。で軽々と振り回す。


 一振りごとに、水気をたっぷりふくんだ芋虫がつぶれていくみたい。あかい絵の具が、大地キャンバスをまだらに塗り散らかしていく。


 ばちん、とか、ぶちん、みたいな、聞いたこともない衝突音。おぞましくて/ほほえましくて、肌があわ立つ。


 、という常軌を逸した死に様。叫喚する傭兵けだものたち。


 なのに、逃げ足は、遅い。


 まるで、動きが緩慢にぶい。空をつんざく叫びとは裏腹、行儀良く、弾ける順番を待っている。


 逃げる代わりなのか、巨人にぶんぶんと斧やら槍やら手当たり次第に投げているけど、鋼線を撚り合わせた野太い綱みたいな筋肉の塊には、一切通用しない。


 そもそも死人じみた青白い肌ですらも、傷一つ付いていなかった。


 死を恐れ、生を望み、終わりにあらがう者たちの調子はずれな悲鳴合唱しにたくない


 不思議だ。耳に突き刺さる、うるさいだけの響きなのに、―—もっと聞いていたいだなんて、わたしは、きっとどうかしている。


 歩兵は、もうだめだった。どうしようもないほど、組織としての、群れとして体裁を壊されている。


 だから、騎兵が、まだ辛うじて動く馬を叱咤して、我先に逃亡しようとした判断は、正しい。こちらも動きは、のろのろとしていたけど、それでも離脱することは可能だろう。


 そう、これで脅威/悪意が品切れならば。


 戦場に轟く


 朗々と空間を満たす。まれなる捕食者の兆し。、馬が恐慌パニックにおちいる。


 多くが暴れる馬に、振り落とされる。巨人に潰されるのをただ待つ身となる。


 そうでない者は、―—黒い迅雷となってに突入した新たな暴威に引き裂かれた。


 縦横無尽に駆ける、漆黒の肉食獣。


 その軌跡に残るは、爪牙に裂け爆ぜた血肉の朱、―—


 煌々と連なり続ける。めらめらと真っ赤。燃え盛るいくつもの業火。


 生命が燃え落ちるかがやき。まぶしくて、瞳が痛かった/瞳が潤んでいた。

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