第062話 怪物ども、こぼればなし(2)

 ルグとデヒテラが処刑人の庇護下に入ったその翌日。


 合流を遂げ、大所帯になった傭兵隊は移動を始めた。


 数多の兵の他、料理番やら勝手に着いてくる酒保商人。そして、どこかにいる怪物たち。


 状況次第でここにも混じるはずだが、今回は、小勢での遠征。


 しかも、盗賊退治で街道外れの森やら山に分け入る必要もあってか、宿に残っている。


 締めて四百を超える人々に、多数の馬車も列をなして行軍する。


 当然に処刑人と庇護下の少年少女もその列に加わっていた。馬車の御者台でディアドラが手綱を握る。その右側、子どもたちが大人しく並んで座っていた。


 引き馬は、栗毛の美しい見事な体躯。波打つ毛並みが馬体の隆々たる力強さ、陰影をもって描き出している。


 ルグは、ディアドラの装束や真っ黒に塗られた架室をちらと見た。


 そして、視線は再び、栗毛の揺れる尻へ。自らの髪と同じ色。ちょっと親近感。尻への視線に気付いたのか、馬がちょっとこちらを振り返る。なんだよ、ひひん。


 時折、石を噛んでは、がたごと揺れる。とはいえ、座面には、綿入りの敷物が敷いてある。晴天も手伝ってか、概ね快適な道行と言えた。


 故郷の村の住人すべてを足しても到底及ばない数の兵ども、並んで歩き続ける。


 もちろん多少の雑然さはある。しかし、様。どこか村人総出で畑を耕していた光景を思い起こさせた。


 改めて意識すれば、ただ、それだけのことが少年少女にとっては驚異であり、――奇異にも映った。


 ここに集った者は、けして素朴な農民ではない。本来は、秩序や統制とは真反対。暴力と混乱の具現であるはず。


 。そういうもののはずだ。


 おまけに上に立つは、あの性根の腐った悪意の権化。


 あるいは、ルグが兵隊の行軍を納得のいかない気分で見詰めるのも致し方ないところだろう。


「――兵が、行儀良く行軍しているのが不思議?」


 ふと、頭上から風に紛れるように漂ってきた囁き。ルグは視線を上げる。


 相変わらず奇っ怪なからす頭の被り物をした処刑人。


 その視線は前方に据えられたまま。少年を見ている風情ではなかった。


「え、いえ、はい」


 思わず要領を得ない返事をしてしまったのは、――撫でてくれた、てのひらを思い出してしまうから? それとも美しい素顔を思い浮かべてしまうから?


「傭兵を行儀よく従えるのに必要なものはいくつかあるけれど、分かり易いものは二つ。“力”と“金”」


 処刑人は、少年の戸惑いを他所に手綱を握ったまま、素っ気なく答えを提示する。


 本当は、極めて分かり易いもう一つあったのだが、そこは黙っておいた。


 付き合いが長続きするなら、そのうち気付くだろうから。いまはここにはない


「あなたたちも見たあの《巨人》。あんな“怪物ちから”がこの隊の長に従っている。強大な力があるなら、その傘の下に入りたいと思うのは、ごく自然なこと」


 ルグも、そしてデヒテラも納得する。


 あんな強大に過ぎる“力”。おとぎばなしに出てくる騎士様でもあるまいし。誰も逆らおうだなんて考えない。だって、簡単に踏み潰されてしまうだろうから。


 そして、その傘の下にあることができるなら。きっと、これ以上は望めないほど心強い。分かり易い、暴力による安全保障。


 そして、言うまでもなく、怪物はその一体に留まらない。


 昨日、クリスと共にどこかに消えた《人喰い》。そして、少年少女を庇護し、……見棄てた《黒狼》。


 理由は不明ながら、怪物たちはジョンに付き従っている。バーゲストだって積極的にではないにせよ、ジョンに対して協力の姿勢を示していた。


 隊列の中、捜してしまう。黒く艶やかな流れ。優美にして悠大な姿。


 これだけ人がいるのに、すこしだけ、すきまがさみしい。


 少年少女は、自分たちの身体の小ささを思い出したみたいに身を寄せた。


 昨日の朝まで、バーゲストは傍にいてくれたのに。


 デヒテラは、


 面倒くさがり屋なところがあるけれど、とびきり優しい狼さん。


 そういえば、今朝起きたとき、


 まったく似ていない二者の、妙な符号。デヒテラは、何か寝ているうちに、と不安になりつつも、少し可笑しくなって笑ってしまう。


 ディアドラは、頭を前方に向けたまま。けれど、瞳だけでデヒテラの笑顔を見た。


「あと、この隊は金払いは良いのよ。兵の給金は相場よりずいぶんと高いはず。その分、多くを求められるのだけれど、釣られる者がこれだけいる以上は充分に魅力的なのでしょうね」


 淡々とした雑談の最中も進んでいく隊列。


 ディアドラは、いささか情や熱に乏しい。けれど、それがわけではないと少年少女にもわかる。


 処刑人としての機能を十全に備えながら、人としての当たり前の感性を捨て去っているわけではないと。


 だから、デヒテラもルグもおずおずとしながらも、二言三言と、つっかえつっかえ、彼女と遣り取りを継続することができた。


 繰り広げられたのは、おそらく“日常”と呼べるもの。続けていると、急に胸がつかえてくる。必死になって目を逸らしていたこと。ひたひたと心の隅からやってくる。


 


 賢い子。薄情な子。どうか喪失ぼくを置き去りに、前に進みなさい。きっとそれこそが、の辿るべき轍なのだから。

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