第049話 くだらない/くやしい(5)

 この状況で言うか、この耄碌爺もうろくじじい。グレゴリは、内心で頭を抱えた。


「二人でやっていけるって、……でも、この賊の若造、つまりその嬢ちゃんにしたら父親の仇なんじゃねえか?」


 ひとまずは、常識的な理由でもって控えめに拒否の姿勢を示した。


 つまり、逆説として、状況如何によっては、受け入れるのもやむなし、そう頭の隅では考えていた。


 傭兵になる者など、訳ありや、すねに傷持つ輩どもと相場が決まっている。実際、似たような手合いも、ちらほらと。


 問題は、大抵の事をへらへらと流す頭領が鬱屈うっくつした、こと。


 こうなると、何を仕出かすか見当がつかない。処刑人の禁ある以上、滅多なことはないと思いたかった。しかし、ジョンの悪辣あくらつなる思考過程とその表出。土台、実直なグレゴリでは測り切れるものではない。


「いや、いや、このは、父娘おやこを襲ったときは参加してなかったそうでな。だもんで、後んなって、仲間がっちまった、言うたから、それもめた原因らしゅうてな」


 アントンが胡麻塩ごましおあたまをかきかき、説明する。状況を気にした風もない。やはり、彼は馬鹿だった。ある意味において偉大だった。


「それで終いが、さっき言うた娘っ子をの仲間割れよ。賊仲間は、儂ら旦那の言いつけどおり、全員ってもうたけど。このは、どうもそういう訳ありで、小突いてみても嘘ついとる感じものうて……


 “もう、みぃーんな、る気のうなってもうてなぁ”


 気安く、どこか疲れたように述懐した。


「かと言って、仕事じゃから、見逃すんはできんし。で、まあ、ふん縛って連れてきたんよ」


 ここで、―—ようやくジョンが口を開く。三文芝居の寸評をわらって。


「囚われた女のため、剣を振るった誇り高い男が、今度は金のために殺しをやるのか? 意に添えない強請ゆすたかりをやるのか? しかも、?」


 くつくつ、喉を震わせる。


「笑えるな。哀れだな。惨め過ぎるだろう。せっかく立派な誇りをお持ちの旦那なのに。そんな始末こそあんまりだ、――誇りに殉じて、野垂れ死にさせてやれよ。それこそ慈悲ってやつだろう?」


 アントンは、点々みたいな円らな小さい眼をぱちぱちさせた。ジョンが拘るその点が、彼にはまるでわからないと。


「いやいや、旦那、こんなの言うこと為すことなんぞ、気せんでええ。旦那の言うたとおりよ。この時勢、こんなの言うことなんぞ、気にせんでええんじゃ」


 瞳には真摯しんしな光が瞬いていた。表情に、おべっか、ごますり、こびへつらいの気配もない。元よりそんな機能、彼は備えてすらいなかった。


「そこいくと、旦那は、間違いなく、悪党よ。悪党の中の悪党。大悪党じゃ。


 “旦那ほど殺した男、儂は、他に知りゃあせん”


 “旦那ほど奪った男、儂は、他に知りゃあせん”


 “旦那みたいに恐ろしいども、従えてる御方なんぞ――以外に見たこともない”


 まるで祝詞のりとを唱えるように。素朴なをもって語る。


 ジョンという名の悪性。老兵は、それを確かにあつおそれていた。


 地層のように、確固たるものと見ていた。空のように、広く遥かに覆うものと見ていた。風のように、どこまでも追いすがるものと見ていた。

 大いなるもの、……仰ぎ見て、おそれ、敬うべき、禍福あざなえる、


 それは、原初的で、何ら飾るところのない信心。まるで、初めて火を得た人にも似た心的作用。


「儂らも同じよ。そこのと同じ、半端もんなんよ。旦那がおらなんだら、悪党あんたせがれらの仇も取れんと、取ろうともせんと、飢えて、野垂れて死んどった」


 かつて、どこかに在った、ありふれた無情。過ぎ去ったいつかが、老兵の瞳を過ぎる。


「それだけの、つまらん男らよ。旦那がおったから、一端の兵を気取ってられるんよ……なあ、旦那、そこのも一端の男にしてやってくれんかいの」


 このとおりじゃ。そう、数十も年の離れた小柄な青年に深く深く頭を垂れる。


 価値無き死にして、意義無き死。果て無き悲嘆を前にして、それでも殺意に染まれなかった無価値なわれら

 

 そそのかし、ひとごろしへと仕立て上げたおぞましい悪心、どうして畏れずいられよう。


 ゆえ、請うのだ。願うのだ。価値ちから、与え給えと。


 悪は、信徒をじぃっと検める。彼の瑕疵かしを、遺漏いろうを、誤謬ごびゅうを捜している。追い詰められたねずみ猜疑さいぎでもって、じぃっと見詰めていた。

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