第42話 拭い去れない不明の悪意(2)

「どの道、もうその企みには使えないでしょう。そこの賊、あなたの裁量で処しなさい。を関わらせないで」


 処刑人のに、グレゴリは厳つい強面をしかめて見せた。


「あー、処刑人殿、何か勘違いしてるようなら訂正しときたいんですが、俺の雇い主は、あんたじゃないんだ。結果どうなるかなんぞ関係なく、俺に直接指図するのはやめてもらえませんかね?」


 ディアドラの望みなら、ジョンは、ほぼ例外なく叶えようとするだろう。まこと残念ながら、平生の入れ揚げようを見れば、それが妥当な推測だ。


 しかし、そういう事情は関係なく、とグレゴリは唸る。お前がすべきは、俺じゃあなくて、


「――代わりに、しばらくすれば、は解放する」


 そう来たかよ。巨漢は、実に大儀そうに頭をく。グレゴリとて立場上、雇用主が虫のように潰されているのは座りが悪い。


 ジョンには、とっとと、みっともないなりから復帰してもらわなければ困るのだ。


 ゆえ、処刑人の提案は、そう悪いものではない。


 なにせ、彼は自ら申告したとおり、怪物などであり得ず、力も持ち得ない。本当に体格に優れるだけの、ただの人に過ぎないのだ。


 怪異によって立ち昇った大樹、グレゴリを睥睨へいげいするかのごとく騒めいていた。所詮、尋常の理に住む者は、怪物やら魔女といった道理を外れた力に抗う術はないのだと。

 

 しかし、―—グレゴリには、魔女の脅威を理解しつつ、はかりに掛けなければならない物がある。


 荒くれ、成らずの集団たる傭兵にとり、最重要と言える物の一つは“面子”。


 これまた残念なことに、それを放棄しがちな我らが長に代わって、その手のを担うのが、自身の仕事の一つと巨漢は心得えていた。


 雇用主ジョンが判断を示せる状況で、彼がへこへこしているならば、よほどのことがない限り、あえて異議など唱えない。だが、いま現在は、判断を示すどころか、かさかさうごめくのが精一杯と来ている。


 明らかにこちらを態度のかいぶつに対し、はい、わかりました、そのように、と引いてしまって良いものか。生命と面子の均衡を量る天秤、ゆらゆら、ゆらゆら揺れていた。酷く、面倒で悩ましい。


 だというのに。


「――死にたいの?」


 グレゴリの思考を理解し、機微は無視した言葉の釘。お前らの解体処分なんて、とても容易いのだと。


 巨漢は内心、舌打ちする他ない。


 くそったれめ、余計なことを、退。厳めしいいわおに、とうとう戦意が宿った。


 ごつごつとした手に握られたのは、並みの男なら持ち上げることすら困難な戦斧。


「そんなつもりはなかったんですがね。ったく。……ああ、確かに俺ひとりじゃあ、処刑人殿にどうあっても敵わんでしょう」


 彼我の力関係、常軌を逸した魔女の業。それを知りながらいわおの面差しに恐れは見えない。恐れが無いのではない。ただ、彼もまたを飲み下し、立ち向かう意義を知っているだけ。


「だけど、俺を殺せば、いくらか後に続く奴はあるでしょう。俺たちがそういう輩だっていうのは、処刑人殿もご存じのはずでは? そういう面倒まで負う心算はお持ちで?」


 一触即発。処刑人の次なる一挙一動にて、まこと不毛ながら、同時に必要不可欠な血が流れる運びとなった。


 周囲の兵らも色めき立つ。


 本気なのかとグレゴリを見て、その退転の意志なきを読み取って、各々、道を考え決めていく。


 得物を抜き放つ者、ちらほらと。ひとまず静観の構えを見せる者、おおよそ。げえっなどとうめいて逃げていく者、まぁ少し。


 思惑は様々に。群れは、個々の我を保ちながら、しかし総体として、グレゴリの意志に寄っていた。


 静かに煮えてゆく緊張、その最中。


 ――おや、……おやおや、……これは、なんと物騒な。


 ろと、陰々と、木霊が笑う。諸人小人の緊張なんて、あっさり束ねて、っ千切り。


 轟然ずどん! と大地を砕かんばかりに揺さぶった。


 丘の上、軽々と飛び上がって現れた、稀有けう壮大そうだいな質量塊。慮外りょがいの圧力に屈した地面が喜劇のように陥没する。


 処刑人が成した大樹をも超えてそびえる。あるべきが欠けた不完全なる人の型。


 死人めいた青白い肌の下、過剰発達した歪な筋線維、ぎちぎち、ぎちぎちうごめいて。荒縄じみた筋の束、さらにたくさんり合わされる。無闇で、矢鱈やたらで、法外な、金剛こんごう不壊ふえの肉の隆起へと至る。もってあらわされるは、たるの化身。


 あまりにも単純シンプルな暴力の具現。傭兵隊が備える最大の凶器。


 隻腕の巨人、エブニシエン。


 柔らかな眼差しをもって、傭兵と処刑人、そして子どもを見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る