第43話 拭い去れない不明の悪意(3)

 追加で降って来た巨人やっかいごと


 そもそもこの短時間に面倒が多すぎた。


 隊長がくだらない悪巧みで子らをもてあび、けしかけられた人喰いが子をかばう仲間を殺し、ために呪われた人喰いが奈落へ消え、極限まで追い詰められた少女が涙し、蜥蜴とかげの少年がまるで怪物のように変異し一矢報いて、大人気なく兵の群れで子らを取り囲み、処刑人が魔女の業で小悪党をお仕置きしたかと思えば、子どもと処刑人の心温まる一幕が流れ、たかだか賊一人のために面子を懸けた虐殺が始まろうとしたところで、――いま埒外らちがい場塞ばふさぎが、さらに舞台の容積リソースを圧迫した。


「……何しにきたんだよ、エブニシエン?」


 いい加減、グレゴリですらも真剣に職務放棄を考えた。


「いえ、いえ、……どうもディアドラ様が……ご立腹のようにお見受けしましたので……大事にならぬようにと参上した次第……そんな目はおやめください、グレゴリ様……揉め事なんて起こしませんとも……ええ、ええ、……あのお転婆ひとくいでもあるまいし……ここはこのわたくしめにお任せを」


 任せるも何も、この直感暴力の具現にできることなんて、後にも先にも一つ切り。


 すべて潰す、平らにして、破壊する。


 それ以外、できることなんてないだろう。グレゴリは、頬を引きらせる。


 とは言え、この怪物がやる気になっている以上、もはやただの人であるグレゴリの出る幕はない。大事な“面子”もこいつが取り繕ってくれるはずだ。多分、おそらく、いや、きっと。


 グレゴリは、空を仰ぐ。大樹と巨人がとても邪魔だったが、――目に飛び込む茜の色彩は、痛いほどに鮮やかで。頭なんてもっと痛かった。


 ふと、もう随分と遠い、郷里で畑をやっていた頃を思い出す。ただ、土と作物と家畜と向き合うだけの、平凡で、退屈で、つまらない、けれど何ものにも代えがたい日々。


 なんて、かけ離れた幻想に迷い込んでしまったのだろう。ああ、そういえば、息子たちが小さい時分、連れ合いが話してたにもいたっけな、巨人に魔女。


 現実逃避おもいでにすら押し入ってくる怪物ども。グレゴリは、鬱屈うっくつとした諧謔ユーモアを感じて、ふと笑う。笑うしかないだろう、こんな馬鹿げた悪夢。


「……ああ、任せた。あとは好きにやってくれ」


 少なくとも自らの職分と責務にかけて、為すべきは為した。だから、もはや後事めんどうは巨人に投げて、グレゴリは舞台を降りる。


 最後にちらりと、身の安全と引き換えにと関わってしまった子らを見る。束の間、瞬いたのは、微かな情けの残滓ざんし。果たして、運があるのかないのか、この坊っちゃん嬢ちゃん。


 一方の少年少女。強面の感慨に気を向ける余裕なんてない。ぎゅうっと、大人のてのひらを、強く確かに握りしめる。


 後は、唯々ただただ、巨人を仰ぎ見るばかり。かつて故郷で見た折とは、状況が違った。存在として顕現した化け物。


 デヒテラとルグは、直感していた。。どうやったって敵いっこない。そもそもこれは戦うなんて思考で向き合うのものじゃない。


 これと対峙する羽目になった、盗賊たち。彼らが味わった絶望がどれほどのものか、とても瑞々しく彩り豊かな実感リアリティが子らを圧倒する。


 巨人は、自らの存在におののく子どもに目を細めた。しかる後、向き合うべき、いま一つの化け物どうるいに視線を移す。巨大で円らな瞳、きょろきょろと。世にもまれなる美貌を検めていた。


「しかし、これまた珍しい……ディアドラ様が……その御顔を見せるだなんて」


 鯨波げいはは感嘆と見えて、その実、当事者にしかわからない揶揄やゆが込められている。


 処刑人のかんばせに、情動の色も熱もない。しかして、そびえるは、無視もあしらいもできない圧倒的脅威。義務的に口を開く。


「用件は?」


「言わずとも……わかるでしょう?」


 対する巨人、小首などかしげて見せて、滑稽ユーモラスに。


 大きな城から突き出た煙突みたいな隻腕。肩の高さで水平に伸ばし、掌は上に。開かれた広大な掌、ゆっくりと握る。めきりめきりと筋が鳴る。筋が脈打つ。たったそれだけで、城壁すら容易く打ち崩す質量兵器が完成した。


「やるというのなら、受けて立つわ」


 まるで気負いないディアドラの答え。子どもたちが目を見開く。


 如何に不思議を操ろうと、こんなに細くて綺麗な人が、あんな馬鹿げた巨大かいぶつに立ち向かうだなんて想像もできなかった。


 子らの心配を他所よそに、ざわざわ、ぞわぞわ、さんざめく。樹々は、数多に放埓ほうらつに。増殖を積んで、重ねて、繰り返す。緑の深秘しんぴが伸びていく。丘の上、呪わしい魔女の領域が広がり始める。


 手出しをさせない。約した以上、たがうことはない。


 無言の内に語る処刑人。誓約のてのひら、差し出し、握られたもの。その重さは最大の怪物にすら比肩し得るのだと。

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