第040話 きっと泡沫の救いの手(2)
子どもの瞳、真ん丸に。こぼれて落ちる間際まで。その有様が
新雪のごとき純白の面は、唯々美しかった。年の頃は二十をいくらか過ぎたあたりか。
長い銀の睫毛に縁取られた、伏せがちの、透徹した湖水の彩を湛えた瞳。細く、すらりと通った鼻筋。唇は、血が透けたかのような真紅。
頰から顎に至る輪郭は、さながら名工が生涯を賭して作り上げた彫像のそれ。
各部分の造形や色彩も見事だったが、なによりも感嘆すべきは、そのすべてが調和し、ひとつの麗しさとして成立していること。
まるで硝子細工めいた、硬質にして
麗人は、件の
そっと屈み込み、子どもたちに目線を合わせる。
およそ表情というものがない無機質さ。しかし、今このときにおいて、湖水の瞳には、邪なる汚濁はわずか足りとて見出せない。
「私は、ディアドラ。この隊で処刑を請け負う者」
驚きのあまり言葉も出ない子どもたち。恐ろしく
「処刑は、私だけの生業で、業で、
そして、急に飛び出した難しい言葉。子どもたちが瞬時、むむ、と難しい顔に変わる。
「――つまり、私がすべきことで、子どもの手を借りるつもりはない」
意外とあっさり分かり易く言い直す。瞳には、幼子たちの理解を測る思惑。
処刑人、
子どもたち、
「その上で、日ごろの生活には不便を感じている。水汲み、洗濯、食事の用意。ここの輩どもとの関わりは極力少なくしたい。けれど、そうはいかないところがあるの」
なるほど水場は、共有せずにはいられないだろうし、元より集団での日常生活ともなれば、不意の接触はどうやっても避けがたいもの。
だが、――本当に?
「貴方たちにその気があるのなら、ただの小間使いとして雇ってあげる。私の元にいる限り、ここの輩は誰一人手出しできない」
思ってもみない申し出。少年少女は、混乱し、言葉に詰まって、目をぱちぱちさせるばかり。
黒の革手袋。処刑の折にも使われていたそれを外す処刑人。現れた手は、細かい傷の跡があったけれど、美貌と同様、眩しいほどに白い。
「けれど、よく考えなさい。処刑人と共に暮らすということは、あなたたちに烙印を与える、――衆目は、同じ
“それでもいいなら、この手を取りなさい”
どうしてだろう。差し出された両のてのひらは、子どもたち以外の誰にもわからないほどのわずかな震えがあった。告げられた最後の
おかしな話だ。これでは、まるでどちらが救いを求めているのか、
幼子には、まるで“絶対”と映る力を示した、おとぎばなしの魔女。
幼い
なのに、こうして選択を求めてくる。
自らを、自らの意志でもって選び取りなさい、と。どうか、この醜い
背反する教えと願いをもって、幼子に与え求める。
罪を裁く無情の殺戮機巧たるを曲げて、もたらしたもの。あり得ざる、救いの手。
それは、ひどくありきたりな、失笑にすら値しない、弱さを隠した人のようで。
だからなのか。
子どもたちは、
それしか選べないからではなくて、――
子どもたちが、救いを与え/求める手を拒むだなんて、そんなことはできない。
それが、どんな呪いで祝福なのかなんて、知らぬまま。救いの手を、救うように握り返す。
――そう。契約成立ね。
握られて、握り返す、てのひら。ひどく冷たかったけれど。包み込む柔さには、きっと当たり前の想いの彩があった。
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