第34話 善意の奈落(3)

「実は、お前たちには、


 少年にも少女にも、そんな心の準備なんて、できるはずがない。聞きたくもない。

 なぜ、この人はそんな恐ろしいことを、さも世間話のように口にできるのか。


「知ってるか? 処刑って、結構な重労働なんだ。豚やら羊やらを解体するときのことを考えてくれたら、わかってもらえると思うんだけれど。しかも、ただ潰すだけじゃなくて、、その手間は馬鹿馬鹿しいほどに跳ね上がる。だってのに、うちの処刑人は、そういう段取りだとか、準備だとか、執行まで何でも一人でやりたがる。ほんとに手が足りないときは、兵の手配を頼んでくるんだが、それにしたって労力を考えれば、ひとつでやるものじゃない。もう少し人手がないと大変だと思うんだ。だから、助手でも付けないか、って提案してるんだけども聞いてくれない。まあ、事情があって、うちの兵たちみたいな、は、お気に召さないっていうもあるとは思うんだ」


 ぺらぺらと薄っぺらく、饒舌に。どうしてこうも気負いなく、人を殺すという行為について語れるのだろうか。


「だから、いっそのこと、お前たちみたいな可愛らしい子どもたちなら、受け入れやすいかと思ってさ」


 子どもたちに秘められた価値を、この上ないやり方で冒涜ぼうとくしようとする。


「お前たちにとっても悪い話じゃないと思うぞ。処刑人は、汚れ仕事だけど、世に必要とされて、しかも成り手の少ない職だ。、特に男の子の方、み者のお前にとっては、? 将来的にどこかの都市で雇ってもらえたら、


 されど、幼子たちのをも考えた決定であるという。


 なるほど、子どもに求めるのは、残酷で、卑しい道ではある、―――しかし、真にということのみを思うならば、百歩ゆずってそういう考えがないこともない。


 だが、その言葉をそのまま受け入れるには、あまりにもジョンの顔は、真剣味に欠けていた。上っ面を取り作っただけ、その下にある本音は、少年少女の運命への無関心。関心があるのは、道具としての価値如何いかん


 もちろん自身でそのことを自覚していて、子どもにもそれを見抜かれているだろうこともわかっている、そんな不誠実。


「ただ、向き不向きっていうものはある。というときにすくんでしまうようじゃあ話にならない。男の子の方は、現に俺を一回殺そうとしてくれたわけだから、大丈夫だろう。けど、女の子の方はまだやったことないだろう? そんなわけで、ひとつ度胸試しというか、一回くらいは、経験を積んでおいた方が良いんじゃないかと思ってさ。試し斬り用にこいつを連れてきたんだ。。抵抗しないように、これこのとおり縛ってあるしさ。これなら、簡単だろう?」


 わかってくれたか? なんて、故郷を襲った盗賊の一味であるという青年を示しながら、軽々しく、デヒテラに同意を求めてきた。


 何を言っているのか、なんて。少女には、ぜんぜん、まったく、これっぽっちもわからない。

 そんな理由で人殺しをさせようとする思考がまるで理解できない。

 目の前にいるのは、本当に人なのだろうか?

 ただ、その皮を被っただけの恐ろしい悪魔の類なのではないか?


 あまりにも、理解不能なおぞましさ。


 幼いデヒテラだって、恐ろしいものを見たことはある。卑しいものを見たこともある。いとわしいものだって、見てしまった。


 


 こんな気味の悪いもの、少女にとって感性でも理性でも許容し得ない。


 仮に何か、この青年を理解する論理があったとして、それでも、けして理解したくはない。


 


 デヒテラが当てられてしまったのは、そういう類の病だった。気持ち悪くて、思わず、嘔吐えずきそうになるのを必死にこらえた。


 デヒテラの脳裏をぎるのは、つい先日、。ちらりと視界の隅に映ってしまった惨劇の残滓ざんしがデヒテラを縛り付ける。


「―—―処刑のお手伝をするのは、俺だけではだめなんですか?」


 ルグが言葉を挟む。彼にできる最大の妥協点でもって。

 蒼白い顔のまま。それは、さきほどの正体不明の凍えのせいなのか。処刑人として、手を汚し続けるという暗い未来さきに対してか。


「ルグちゃん、なにを―――」


「まさか、互い親を失い、天涯孤独のお前たちを分けて扱うなんて、―—―そんな可哀そうなこと、俺にできるはずがないだろう。姉弟、仲良く処刑人になればいい」


 少女をさえぎるように、ジョンがにべもなく答えて。


「嫌です。姉ちゃんが、人を殺すなんて、そんなの許せません」


 さらに押し殺すようにして、しかし、はっきりとルグが抗弁した。


「そうか、―――聞き分けないなら、


 の選択を祝福するように、獣はわらう。

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