第31話 仮初めの庇護(9)

 そうして、馬車に揺られること、さらに三日間。


 デヒテラにとっては、気の抜けたような、同時にどこまでもまとわりつく不安を抱えた時間。


 不安を抱えながらも平静でいられた背景には、ふにゃふにゃと優しく笑うクリスや、気さくなトーマス、やっぱり手伝いをさせてもらうことになった料理番たち、―――そして、バーゲストの存在もあったろう。


 彼は不思議な狼だった。デヒテラやルグなど一呑みに出来そうな体躯でありながら、常に悠々としていて、荒ぶるところや吼えるところなど一度も見たことがない。


 四六時中、一緒にいるわけではないが、食事時と寝るときには必ずふたりの元を訪れて、何をするでもなく、ただ寄り添ってくれる。

 彼とルグと眠るときは、デヒテラは、いくらか心安らかにあることができた。


 このまま、……どうか、このまま。何事もなく、穏やかに月日が過ぎ去ってくれますように。血を滲ませるように、望み、願い、祈る。ただ、ひたすらに。


 なのに、だというのに、―――幼い弟妹の元に、とうとう、彼らの運命をもてあそぶ者が現れる。


 部隊は、街道の道半ばで停止し、その傍らで待機。天幕まで張って野営の準備を始めた。

 もはや逃げ出す意志はないと判断されたデヒテラとルグも、細々とした雑用をこなしていると、―――周囲が、がやがやと騒がしくなって来るのを感じる。


 人が、増えている。それも、子どもたちが見たことのない規模で。


 別行動している部隊と今日合流するのだと、そうトーマスが言っていたことをデヒテラは思い出す。


 今日まで行動を共にしていた傭兵たちは、仲間との再会を喜んでいる風情。そう長い別離ではなかったのだろうけれど、彼らの生業なりわいの血生臭さを思えば、そういう感慨を浮かべるのは道理だろう。


 夕暮れ時、周囲が少し乱暴な安堵と笑いの喧噪けんそうで包まれていた。

 作業が一段落したデヒテラとルグは、見覚えのない、これまた強面の男に呼び止められる。


「お前らがデヒテラとルグだな」


「はい」「そうです」


 デヒテラとルグが素直に返事をする。もっともルグは幾らか顔が強張っている。

 男は、そんなルグをしげしげと見返す。


「着いてこい。ジョンの旦那がお呼びだ」


 それだけ告げて、背を向け、さっさと歩き出してしまう。


 一瞬の躊躇ためらい。わずかな停滞。最中に、ルグがデヒテラの手をぎゅっと握った。


 だから、デヒテラもそこからは、迷わず急ぎ足で男の背を追った。

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