第26話 仮初めの庇護(4)

 うーん。

 

 は、悩んでいた。


 とても男性とは思えない、物柔らかではかない、少女めいた佳容かよう。ほっそりした真白い指、綺麗なおとがいに添えられた。

 

 彼は、傭兵隊に起居する身であれど、兵ではない。ゆえあって、道行きを共にすることになった第三者。


 されど、曲りなりにもある以上、果たすべき義理はあるわけで。いろいろと酷い目にいながら、彼らに協力しているのだが、――自身も傭兵隊の一員だと言われると、わずかばかり抵抗がある。ちょっと唇を尖らせる思い。


 そんな抵抗感のひとつが形を為した今回の事態。ジョンが盗賊退治の報酬として、少年少女を身請けしたということ。


 倫理観を持つクリスとしては、そういう人買いじみた、というかそのものの振る舞いは許容し難い。


 どうせ聞き入れはしないだろうとわかっていたが、彼らを解放するよう、ジョンに多少の説得をしてみたものの。


「いやいや、お前、奴隷を商うなんて、騎士様でもやってる奴、いっぱいいるよ。俺、何回も見たもん。俺らみたいな貧乏人に比べたら、騎士様方の方がよほど浪費家じゃないか、奴隷売買でさんざん稼いでいる奴なんてごまんといるだろう? たかだか餓鬼ふたりで目くじら立てるなんて、なんて器の小さいなんだ、お前は」


 返るのは、浅薄な言い訳ばかり。けれど、その後に続いたのは。


「それにさあ、。もう、あの餓鬼どもは、終わってるんだよ。仮に俺が突然、慈悲に目覚めたとか言い出して、あの村に餓鬼を返したら、どうなると思う? ほぼ確実にどこか別のところに売られるぞ。今度は、ふたり別々に。ああ、あのルグとかいう利かん坊は、面倒を起こす前に始末されるかもなー」


 きっと、否定はできない意見だ。ただ、ジョンは、自分に都合の良い側面だけを拾って語っている。


 クリスが、というか傭兵隊の誰もが知る、。分かっていながら、その点にはまったく触れない。


「ほら、そう考えたら、俺が身請けしたっていうのはある意味、あの餓鬼どもにとったら運が良いって言えなくないか? 俺は、きちんと働く奴には、相応の対価を支払う。俺のそういう信条はわかってるだろう? あいつらだってそう。もう使い道もきちんと考えてある。ちゃんと働くんなら、生活を保障してやったって良いと思ってる。使えないなら売るけどなー」


 さりげなく、、と奴隷売買の仲間に、クリスを含めようという魂胆こんたんまで見え隠れする。


 少なくとも、この傭兵隊はいままで奴隷売買には手を染めてはいなかった。


 それは、ひとえにこのジョンなる青年が自身でも、時折、吹聴ふいちょうするように奴隷の身であるためとばかり思い込んでいたが、―――この軽さを見るに、認識を改める必要があるのか。


 いずれにせよ、幼子の身を案じるなら、ジョンの言い分にも一定の理はあるのだ。 明確な反論ができない以上、現状をいたずらに否定もできない。


「ああ、いま考えてる用途に使えないようなら、お前に売ってやってもいい。小間使いとして使ってやれよ」


 クリスから、小言の類が出なくなったことに気を良くしたのか、最後にはそんなことまで言い出す始末。


 回想を終えて、どんよりとため息を吐くクリス。


 当のジョンは、さっさと別部隊と合流すべく、出立してしまった。


 つまり、


 さて、そうなると誰が適任か。


 周囲にいる兵たちは、とかくいかつすぎる。意外にも気の良い者が多いのだが、賊によって故郷を略奪された少年少女にとって、いかにも荒くれ然とした兵たちは恐怖の対象でしかないだろう。


 かといって、他にいるのは、あの怪物たちか、もしくはあのからす頭で黒ずくめの処刑人か。


 兵にしろ、怪物にしろ、処刑人にしろ、――絶対に面倒を見れないとは言わないが、さりとていきなり投げ渡すのは、人としてどうかと思うクリス。


 つまり。


「とりあえずは、僕しかいないよねぇ」


 消去法で決定する。


 とても気怠そうだが、それは常のこと。別段、面倒臭がってはいない。


 血の気が失せ、目の下に濃いくまのある、細く小さな身体は、今日も今日とて絶不調。


 風に吹かれる花びらのはかなさ。頼りなく、ふらふらと。子どもたちが軟禁されているという馬車へ漂っていく。


 割と良さげな戦利品を運ぶための、ほろではなく、木製の貨物室を備えたごつい馬車。


 ステップに足を掛けて、貨物室後部の扉をノックする。


「お邪魔しまぁーす」


 間延びした挨拶の後、返事も聞かずに、よいしょと扉を開く。


「――うわぁ」


 気の抜けた驚き。扉をばたんと閉じた。大粒の紫水晶アメジストにも似た瞳をぱちぱちさせる。最前に見た光景を解釈しようと努める。しかし。


「ま、いっか」


 すぐに疑問を頭から締め出す。


 人間生きるのに大切なのは、いろいろとこだわらないことだと思うクリス。


 念のためもう一度ノックをしてみる。中から「ど、どうぞ」という子どもの声。クリスは、再び扉を開いた。


「ええと、こんにちは?」


「はい、どうもお世話になっています」


「こんにちは、ええと、兵隊の人? ですか?」


「んー、とね、僕は兵じゃないよ。いまは事情があってこの隊に同道させてもらっているんだけどね。まー、生活の面倒みてもらっている見返りにいろいろお手伝いさせられている小間使いだと思えば良いよ――名前はクリスっていうんだ、よろしくね」


 へにゃりと力なく微笑み、クリスは手を差し出す。しかし、少年少女が手を握り返すことはない。


 弛緩しかんした笑顔のまま、クリスが小首を傾げた。くしが通されておらず、乱れ気味の、けれど細く繊細な髪がさらりと流れる。


「ところでバーゲスト、君、何やってるの?」


 貨物室の床に、と伏せた脅威の獣。遭遇そのものが、死を意味する重圧……だったはず。


 重厚にして悠然たる体躯。その腹の下、ルグとデヒテラが頭だけを覗かせている。小さな二人の首から下。黒狼の下にもぐり込んで、見えない。


 いったい、何があってこうなったのか。まったくもって、クリスには理解できなかった。言葉だけでなく、視線でも、この不可解の所以を問いかける。じーっ。


 果たして、バーゲストは、ふい、とクリスから頭を背けた。

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