第23話 仮初めの庇護(1)
命に比ぶれば、尊厳なんて安いもの。
人の形をした家畜が売られ行く悲哀は黙殺されて、ジョンたちは、大手を振って枯れ落ちる間際の住処を後にする。
続く街道は、やはりうらぶれ、寂れていた。傭兵たち以外に行く者は見えない。
黒く塗られた四台の馬車と、いくつかの荷馬車がゆったりと進んでいく。それを取り囲むのは、徒歩の屈強な兵が四十ほどに、馬に跨った兵が十ほど。
件の巨人をはじめとした怪物たち、そして、
収まりのつかない巨人はともかく、それ以外のものは馬車の中、といったところか。
今回、本来の雇い主から依頼され、治安維持に赴いた兵の総数からすれば、この小部隊はごくごく一部。
代わりとして、只の人に向けるには、過剰に過ぎる戦力を抱えていた。扱いも、使いどころも難しい
ジョンという青年は、常々思う。
切れ味鋭い名剣があったとて、ただ飾って眺めて、悦に浸るだけなんて、もっての他。道具とは、用途に沿って使うからこそ意義を持つ。
せっかく
その本位に従う振る舞いをさせてやらないなんて、もはや罪だ。
そんなわけで、治安がいま一つな地域に遠征する、せっかくの機会。なるべく獲物が怯えないよう、こうして少数のお忍びで活動。
しかる後に化け物を解き放ったという次第。
首尾は上々。やり過ぎるのが玉に
とはいえ、これは予測したとおりの結果が現出したということだけ。何も問題はない。
むしろ懸念すべきは、別のところにあった。
今回は、割合と回る場所が多かったため、この慣らし以外にも同時並行で、ごく普通のただの
果たして、――伝令から、彼らも首尾良く、害獣駆除を済ませたとの報を受けたジョン。
ほっと、息を吐く思い。彼らは、皆、屈強な兵ではあるものの、やはり怪物と比べれば、か弱い赤子も同然。
予想外の損害を被る可能性がないではない。ために、臆病を自認する彼としては、こうして別行動させると気が気ではない。
まあ、死んだところで適当に補充すれば良いだけで、――その手間が大層面倒なだけに過ぎないのだか。
それはさておき、簡易の報告だけでは、尻の座りが悪い。自らの目で成果と損害を確認すべく、ジョンは少数の兵を伴って先行。別部隊との合流に動いた。
こうして、
財物、—―つまりは、事実上、奴隷として身請したのだが、だからといって、十かそこらの少年少女をどうこうするような異常性を持つ者は、この小部隊の中にはいなかった。
そして、これまでジョンは、奴隷の売買に手を出したことはなく、よって兵もこの少年少女をどう扱うべきか測りかねている。
奴隷なら奴隷らしく扱えば良い、なんて単純な話でもない。彼らの主人がどのような意図を持って二人を身請けしたのかが不明である以上、
ジョンは、良くも悪くも、変人奇人の気があるのだ。
唯一、ジョンが殺されかけたことに激怒していた人喰いが不安要素であったが、―――これはジョン当人から余計な手出しをしないよう、しつこく言い含められていた。
元より彼女が喰うのは、ジョンが喰って良いと見なした連中だけ。
賊の類か、敵兵か。要するに成人男性が大半。子どもを取って喰うような光景は幸いにして、ここにいる兵たちはお目にかかったことがない。
そして、少し前に
ゆえに、現時点において、という但し書きさえ付ければ、少年少女に明確な危険はない。
そんな中途半端な状況も相まって、――故郷から売り出され、物のごとく運搬される少年少女は特に拘束されるでもなく、暴行を加えられるわけでもなく、ただ、馬車の中で軟禁されるのみ。
馬車は、村にあったおんぼろのそれとは違い、無骨ながら車体を含めた全体の造りがしっかりしている。揺れも少ない。時折、小石を踏んで揺れる程度。
二人がいたのは馬車の貨物室。荷物の類は別の馬車や荷車に集約しているのか、子ども二人がいるスペースとしては広過ぎるくらい。
飾り気はないながら、厚い敷物も敷かれており、居住性にも気が配られていた。
だが、それをもって、いま彼らのある環境が良いとは、とても言えない。馬車の中に同乗するものの存在がデヒテラの心胆を寒からしめていた。
尋常の領域を超えた体躯を誇る肉食獣。黒い狼。
バーゲスト、そう呼称される怪物だった。
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