第022話 弱者の生き方/無価値な抵抗(6)

「ああ、村長殿、お待たせしてすいません」


 村長たちが待つ村の広場に戻ったジョン。


 その肩には、ぐったりと動かないルグが無造作に担がれていた。


 少年の首には、くっきりと絞首の手形が残っているものの、死んではいない。意識を失っているだけ。いまだその未成熟な生命は小さく息をしていた。


 傍らには、声もなく涙するデヒテラの姿。そこには抵抗の意志など、欠片も見られない。


 ジョンの姿を認めるや、村長は駆け寄り、勢いよく地に伏した。口から泡を飛ばしながらまくし立て始める。


「お、お許しください!! このたびは、とんだ、ご無礼を!! ですが、ですが、どうか釈明の機会を、この、この、ルグというみ子は―――」


「ああ、別に構いませんよ。しつけのなっていない子供なんて、いつでも何処でもごまんといるものでしょう。戦さ場なら、なおのこと。仕事柄、こういうことには慣れていますので。子供のやることに、いちいち目くじらを立てても仕様がありません」


 ジョンは、弁明を吠える村長を鷹揚おうようさえぎる。


 さらには、肩のを近くにあった兵に渡した後、村長の手を取って立たせてやりさえした。


 いまこの瞬間にも、そこに控える屈強な兵や、なにより広場の外に立つ巨人による殺戮さつりくが始まってもおかしくない―――そんな破滅的な焦燥に駆られていた村長としては、ジョンの意外にも穏やかな対応に呆ける他なかった。


「それにしても、なかなか悪戯好きな坊やだ―――皆さんも、さぞかし手を焼かれているのでは?」


 明らかに悪戯好き、という段階を逸脱いつだつした少年の行動。自身が殺されかけたというのに、ジョンの声にはいくらか楽しげなものが入り混じる。くつくつと肩が震えていた。


「い、いえ、普段は素直な、とても素直な良い子なのです。ただ、ただ、なんといいましょうか。本人が言ったとおり、この子の親はもうおりません。母親は、生まれて間もない頃に、父親は昨年に、この度とは別の賊に襲われて、………以来、このデヒテラの母親が面倒を見ておりました」


 そして、そのデヒテラの母も……。


 その先を言葉にすることはなく、村長は、ただ疲れた吐息を漏らす。


「そして、また、姉同然であるデヒテラも……思い余ったのでしょう。どうか、どうか、お慈悲を、……」


 怨敵おんてきの処刑に熱狂し、傭兵の取り立てに恐怖し、身内の凶状に焦燥しょうそうして、――すっかり草臥くたびれ果てた村長の独白。乾き果てた雑巾から、さらに絞り出すようにしたうめき。


 しかし、ジョンの様子は、村長とはまったく裏腹。どことなく機嫌が良さそうに、ははあ、なるほど、なるほど、と相槌を打つ。そして。


「互い親を失い、天涯孤独てんがいこどく。そんな姉弟同然に育った、仲の良い子どもたちを引き離すなんて、ああ、なんと忍びない話でしょう―――」


 いたいけな幼子を哀れみ、嘆く、傭兵隊長。似合いもしない、やけに芝居がかった、なんともわざとらしい所作。この青年、生憎と役者の才はないらしい。


 ジョンの妙な変転の意図が見えず、村長がはぁ、と、困惑した声を漏らす。


「報酬として、そのお嬢さんを貰う受ける、というお話ですが、―――おまけにその坊やも付けてもらうということでどうでしょう?」


「そ、それは―――」


「だめですっ!!」


 デヒテラが悲鳴を上げた。ただでさえ大きな瞳をこぼさんばかりに見開いている。


「こ、この子は、……この子は、とにかく言うことを聞きません、悪戯も、喧嘩もしますし、我儘わがままも言います、みんなを困らせるようなことを沢山します。。で、ですから―――」


 少女は、必死だった。必死で自身に残された最後の家族を守ろうとしていた。たとえそれが、自身にとって、家族との永遠の別離になると理解していても。


 幼さに不似合いな覚悟は、ただただ悲しい。およそ心ある者であれば、憐憫れんびんを憶えずにはいられない。


 傭兵隊長もまた感じ入るものがあったのか、少女に向き合い屈み込む。視線を少女の高さに合わせて微笑んだ。


「それは、よーくわかってる。なにせ、ついさっき殺されかけたばかりだから――ただ、そういったことは、


 その台詞のどこに安心する要素があるのか。内容を抜きにして、その口調だけを評価するなら、いっそ優しげに響くことも、なお不気味で怖気が立つ。


「とはいえ、無理やりというのは確かに良くない。それじゃあ、この村を襲ったあの盗賊どもと同じだ――さて、どうします、村長殿? 子ども二人で済ませるか、それとも残されたものをすべて差し出すか。選択肢は二つに一つ。ああ、いっそのこと、そこのルグのように村人総出で抗ってみますか? さしたる手間でもなし、気が済むようにお付き合いしますよ?」


「――ルグも差し出しましょう。どうか、それでお許しいただきたい」


「ブ、ブラウンおじさん!! それじゃ、話が――」


 庇護者ひごしゃであるはずの、大人の非情な裏切り。少女の顔が苦痛と悲哀に歪む。


 だが、少女には苦しみに喘ぐ暇すら許されない。だって、もう彼女は、


 ジョンに視線で指図された傭兵のひとりに、ひょいと抱え上げられ、彼らの乗ってきた馬車へと連れ去られていく。ルグもまた同様に。


 はなして、おねがい、ルグちゃんだけは、徐々にか細く、小さくなっていく少女の嘆き。


「……許しておくれ、デヒテラ、ルグ」


「いやいや、そんな悲しそうにされなくても。まさか俺たちに預けるのが、―—―それほど不幸だとでも?」


 ジョンが冗談めかして、村長の肩を叩く。


 どう答えたものか、わずかな間を逡巡しゅんじゅんした村長。しかし、いいえ、いいえ、滅相もない、なんて。すぐに愛想の良い返事をした。


 

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