第011話 裁く獣、裁かれる獣(11)
ただひとつ、吐息のように――でひてら、と。
ジョンには解析できない
それきり、もう女は口を動かすことはなかった。まだ死んではいなかったが、もう自発的に動くことは叶わないのだろう。
あとは、もうただのものに変わるのを待つばかり。
さて、この女がどんな意図でもって、己に先の願いを申し出たのか、ジョンは素朴な疑問を感じるところではあったが、重要なのはそこではない。
ただ、この女の娘なら利用価値はあるかもしれない。ジョンの中の利害を測る機能がそう判定を下した。
「では約束しよう。貴女の願いに、可能な限り沿うように取り計らう。そのように努力すると。――ただ、だからと言って娘さんの幸福を約束することはできない。なにせ世は、どんな理不尽も
ぶつぶつと、急に何か
「さて、これって、どうしようかなー?」
改めて、ひとりになったジョン。目の前の惨状。たったいま死体になった女とそれ以外の腐乱して
ジョンにとっては見慣れて
けれど、常識的な感覚を持った者なら、
特に臭気は、鼻のみならず、体全体を刺す強烈な刺激そのもの。
かの盗賊たちは、部屋のお手入れには無関心か、あるいは
もしかしたら、監禁した者が死んだことに気付かず、腐敗し出してしまって、――でも、腐敗した死体を片付けるのは、面倒で、とてもとても面倒で、……、最終的にはこんな状態になったのかも知れない。
「死体くらい山の中に捨ててくればいいのに。
そう考えれば、あの盗賊たちはジョンの一党が討伐に来るまでもなく、自滅していた可能性がある。
ただ、ジョンにとってみれば、この討伐は小遣い稼ぎのようなもの。である以上、彼らの諸々の行いを別段、非難するつもりはない。
需要があるから、供給が成り立つのが世の常。雇用安定のためには、ジョンたちが介入し易い暴力沙汰が世に適度に提供されていることが望ましい。
だから、盗賊のような無軌道な暴力を振るう者たちは、ジョンたちにとっては有難い存在。
「このまま運び出すのは、ちょっとなぁー。なんか、やばい病気でも持ってたら嫌だし、ここはやっぱりバーゲストにでも――ん? 気が効くな、命令する前から来るなんて」
音もなく、暗い闇よりなお黒い、
「ははは、お前の鼻なら、上にいてもこの状況はわかったか? しかし、よく我慢できるな。うん、そう不満そうな顔をするなよ」
顔を
その獣の眼にあったのは、――いかなる感情か。瞳に無惨を焼き付けた後、緩やかに
黙した時間は長くない。狼は瞳を開く。
変わらず映るのは、人々の苦しみの果て。ちらりと視線を変えれば、それをごく在り来りのものとして捉えた、ある傷跡だらけの男の顔。
「やってくれ」
軽い声。
応じるように、黒狼の口腔から輝かしく眩しい光が、――否、白い炎が放たれる。
白炎は、木製の格子を一切焼くことなく通過し、――まるでそれ自体に意思あるかのごとく、奇妙に枝分かれして
不思議なことに、腐肉などが焼ける不快な臭気はない。熱も肌を炙るそれではない。閉所でものを燃やしているというのに、呼吸が苦しくなることもなかった。
白々と、
白炎に、燃え盛る激しさはない。
もし、この光景を見た者が彼らの他にもいたのなら、何気ない家の灯を、あるいは、穏やかな
瞬く間に、俗世の
次いで、白炎は、遺骨たちを中心に外へと広がっていく。
牢内を掃き清めるように、石畳の床から、壁、天井に至るまでを薄く広く覆いつくし、人にとっての苦なるものたち、
後に残ったのは、人として、最低限の誇りを取り戻した、人々の欠片。
そして、血に、汗に、垢に、臓物に、
「――ご苦労様。ほんと便利だな、お前たちって。こんな地下室で、盛大に物を燃やすなんて、正気の沙汰じゃないんだけどねー。あれだけ焼いたのに、煙も匂いもないなんて、どんな原理なんだか」
まともな人間であるジョンからすれば、不条理とも言える大狼の炎。
黒狼に向けて、労いとも、呆れともとれる感想を漏らす。
そして、うーんと伸びをした後、欠伸をひとつ。奪った鍵で牢屋の錠を開く。
「さて、骨だけなら、六、七人分程度。まあ、後始末の一環だな」
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